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zoom RSS ゲンカク 3

<<   作成日時 : 2016/05/02 18:30   >>

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明け方の空気は冷たい。
宇宙船の中にいるとはいえ、故障した場所や完全には閉じないドアの隙間から冷気がしみてくる。
モニター上で四分割されたうちの、東側を映している部分。妹はその下から徐々に赤みがかってくる夜空を見つめていた。
ガスマスク越しでなければ、もっと綺麗な色なのだろう。
――自分達が救急隊を待つ身でなければ、ここが凶暴な住民の惑星でなければ、素直に感動できたのに。
姉と交代して操作席についた妹は、そんなことを考えてちらりと姉に目をやった。
隣の操作席に座った体勢のまま、姉は仮眠を取っている。操作席のシートは固く、おまけにガスマスクをしたままではお世辞にも寝心地は良くないだろうが、姉は平気なようだ。

九十分置きに交代を繰り返して、今起きている妹は夜が明けるまで見張ることになっている。
昨日出した救難信号への返信はまだない。
早く信号を拾って、助けに来てくれないだろうか。
無音で点滅を続ける救難信号のボタンを恨めしく思っていると――その静寂を、ピーピーという高い音が引き裂いた。
この音が鳴り響く時、一体外で何が起こっているかを妹は知っている。
急いでモニターに目を走らせ、妹はぎょっとした。
まだ暗い南側の岩の辺りに、暗い人影がうごめいているではないか。昨日やってきた男達が戻ってきたのかと思ったが、冷静に数えてみると、その人数が増えている。
どうも逃げ帰った後、仲間を集めていたようだ。

「姉さんっ!」

妹は慌てて姉を揺り起こした。

「……ん、何だい」
「何かじゃないよ、あいつら、また来てる! 昨日より増えてる!」

寝ぼけ眼の姉を揺すりながら、妹はその様子をモニターに大きく映してみせる。

「なんだって。まだ夜も明けていないっていうのに」

ことの重大さに気づき、姉は青ざめたが……モニターの下部に目をやって、ふっと笑った。

「安心しな。見なよ、ガスの濃度は下がってないだろ。あいつら、また幻覚を見て逃げ出すさ」

確かに姉の言うとおりだ。モニターの下部に映る数値は、警告を発するレベルではないと示している。

「心配性だねえ。ま、どれだけ慌てて逃げ出すか、見てやろうじゃないか」

姉は操作席の固いシートに座り直し、どこか楽しげにモニターを見つめた。

男達は岩の陰からしばらくこちらの様子をうかがっていたが、お互いに何かを伝え合うと、武器をかまえて前進し出した。
姉妹はガスマスクの下で、そろって呆れた顔をした。

「あいつら、学習能力ってものがないのかね。昨日と同じことやってるよ」
「本当。ちょっと人数が増えただけじゃないの」

男達は昨日と同様にじわりじわりと武器をかまえて近づいてきたが――ある程度進んだところで、一斉に絶叫を上げて逃げ去った。
失敗を見直して作戦を練り直すということを知らないのか、と疑いたくなるような光景である。

「な? 心配することなかったろ」

姉は小さく肩をすくめ、妹を見る。

「うん、焦って姉さんをたたき起こしたりして、あたし、馬鹿みたい」

二人は安堵の息をつき、それから笑った。
その心の奥底には、「未熟な文明の星の連中なんて、所詮こんなものだ」という侮蔑があった。

「まだ夜は明けてないね。じゃ、あたしはもうちょっと寝るとしよう」
「うん、おやすみ姉さん」

姉はシートに身を預け、寝直しにかかる。
妹の方はモニターを四分割の状態に戻し、見張りの仕事に戻る。

――が。

衣擦れの音を聞き、妹はひょいと姉の方へと顔を向けた。

「どうしたの、姉さん」

声をかけても、姉は操作席で起き上がったまま微動だにしない。
妹はガスマスクの下にけげんな表情を浮かべたまま、姉を見つめた。

「姉さん、具合でも悪いの?」

しばらく姉は返事も身動きをしなかったが、やがて一言、かすれた声で妹に尋ねてきた。

「……あいつら、昨日どこまで宇宙船に近づいてきた?」
「え?」
「あの岩から、どのぐらいこっちに来てた?」
「どのぐらいって……」

明確には覚えていない。映像の記録から距離の算出は可能だろうが……妹は姉の発言の真意がわからずに戸惑っていた。

「あたしの勘だけど……あいつら、昨日より近づいてた気がする」
「そんな馬鹿な」

妹は嫌な汗がわいてくるのを感じた。
まさかそんな、という気持ちでいっぱいだった。

――男達が、昨日よりも宇宙船に近づいていたというのが事実ならば。

ガスの濃度は一定値以上を保っている。にも関わらず昨日より近づけているとすると……彼らには今のところ、わずかな時間ながらもガスを無効にする手段がある、という見方ができる。
一体どんな手段を使ったかは定かでないが、少しは効果があったと知れば、おそらく次からはそれを強化してくることだろう。

「姉さんどうしよう。もしかしたら、そのうちあいつらにガスが効かなくなるかもしれない」

妹はぶるぶる震えた。恐怖と不安のあまり、うっすら涙が浮かんでくる。

「……まだ、そうと決まったわけじゃないよ。あいつら、息を止めて近づいてきただけかもしれないし、まずは映像を調べてみよう」

もはや寝直す気になどなれない。
姉は操作席に張り付いて、一心にパネルをいじり回し始めた。

「あたしは距離を計算してみる」

(どうか、姉さんの考えすぎでありますように)

妹は祈るような気持ちで、昨日と先ほどの距離の算出をする作業に取りかかった。

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