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<<   作成日時 : 2016/02/07 10:59   >>

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夜道を歩いていたら、落ちている鍵を見つけた。
個人用のロッカーの鍵みたいだ。キーホルダーかな、先の方へと緑色にグラデーションする細長い赤い石が三つ付いている。
ああ、子供の頃、何かのおまけでこんなの見たことあるな。
確か……と思い出すまま振ってみると、ちりりりん、と風鈴みたいな音がした。心が慰められるような、澄んだきれいな音だ。記憶の通りだ。

しかしこれ、一体誰のだろう。どこぞの人が通勤中に落としたのかな。鈴を付けていたら、落とした時に音がして気づいたかもしれないのに。
見れば鍵には388という数字がある。388個目のロッカーの鍵ってことかな。

こっちは残業でくたびれてて、早く家に帰ってダラダラしたいとこだけど……同じ勤め人として、ロッカーの鍵をなくす苦労はわかる。合い鍵を作ることになるからお金がかかるのよね。
ちょっと引き返せば交番があるから、届けておこう。このまま道に置きっぱなしにするよりは、落とした人も見つけやすいよね。
やみくもに歩いたところを探す前に「落とし物で届いてませんか」って行きそうなもんだし。

そうと決まればさっそく行きましょ。
くるっと振り返って、元来た道をいそいそ歩き出したその時、

「お嬢さん」

背中にぞくっと寒気がしたと思ったら、誰かが声をかけてきた。
男の人とも女の人とも思えない、ボイスチェンジャーでいじったような声だった。口調自体は何というか、紳士的だけど。

「この辺に鍵を落としてしまったのですが、見かけませんでしたかな」

率直な感想。怖い。関わっちゃまずいって本能が訴えてる。でもこのまま知らんぷりして逃げ出したらもっとまずい気がする。

「もしもし、わたくしの言葉が通じておいでですかな。はあ、やはり地球の発音は難しいものだ」
「な、なにごとでございますでしょうか」

錆びたボルトのようにぎぎぎっと顔を向けると、そこには変な真っ黒い合羽みたいな物を着た奴がいた。
ぱっと見たら格好がおかしいだけの人のようだけど、よく見たら手が細い。細すぎる。枯れ枝みたいだ。
……これ、絶対人間じゃないよね。
嫌な汗がじわりと体からにじんでくるのを感じる。

「良かった、通じておいででしたな。実は鍵を落としてしまいまして、探しているところなのです。388と書かれている小さな鍵なのですが、ご存じありませんかな」

そいつは枯れ枝みたいな手をぷらぷら振りながら語りかけてくる。
鍵? 心当たりありますよ。ついさっき拾いましたもん、それ。

「こ、これですかね」

ぶるぶる震えながら、さっき拾った鍵を指先でつまんで差し出してみる。
キーホルダーの石どうしがぶつかって、きれいな音を立てた。でも、この状況じゃちっとも心の慰めにならない。

「ああ、それです。いやあ、良かった」

にゅ〜っと手が伸びてくる。よこせ、って意味だろう。
ひいい、怖い。
私は思わず鍵を落としてしまった。

「おっと」

そいつは地面に落ちる寸前で鍵をキャッチした。

「す、すみません、緊張して」
「ははは、この見た目じゃ仕方ありませんね」

……警戒されたくなかったら、見た目をもうちょっと人間に近づけた方がいいんじゃないですかね。具体的に言うとその手。特にその手。

「見つかってよかったですね、それじゃ!」

私は片手を上げて無理矢理笑うと、大股にその場を離れようとした。

「まあまあ、お待ちなさい」

私の肩に、そうっと何かの重みが乗っかる。
嫌な予感。ぎこちなくそこへ目をやれば、案の定、そいつの枯れ枝みたいな手が引き留めんばかりに絡みついていた。

「ぜひ、お礼をさせていただきたい。これが見つからなかったら、大変なことになるところでした。下手をすればわたくしの命でもって償う他にない、と覚悟をしていたところだったのです。あなたのおかげで、最悪の事態は回避できるでしょう。感謝してもし尽くせません」

なくしたら命で償わされるって、そんな大事な物なら持ち歩くなよおお! もっとちゃんと持っとけよおお!

「お、お礼をいただくほどのことじゃありませんから。私はこれで。明日も仕事ですから」

だから早く離せ、と目で訴えてみたら、そいつは枯れ枝みたいな手で、合羽のフードに隠れた自分の顔をなで始めた。

「ふむ。ではこれを」

そう言ってそいつは、合羽の中にを突っ込んでなにやらごそごそと始めた。
何する気だろう、と警戒しながら見ていたら、やがてそいつは枯れ枝のような手に何かをのせて私に差し出した。

「これは、どんなものであろうと、突き刺してしまえば開けられる不思議な鍵です。まあ、一度しか使えませんが」

鍵……これが。
私は差し出されたそれをじっと見つめる。どう見てもそれは、デコボコもギザギザもない、マッチ棒に似た何かだ。

「今の地球の文明レベルなら、これであらゆるものを開けられることでしょう。持ち主と使い方次第では神の道具にも悪魔の道具にも変わるものです」

これが、ねえ。
枯れ枝のような手から鍵とやらを受け取り、私はしげしげと眺めた。

「これがあるなら、鍵を探して回らなくても良かったんじゃあ……」

全くの本音だ。
そいつの探していた鍵が何の鍵かは知らないけど、これがあるなら夜に探し回らなくても良いような気がする。

「この鍵は私の惑星の文明レベルでは普通の鍵です。さらに言えば、私の探していた鍵は防犯をかねて、これで代用が効かないように設定されているのです」

さらっと自分の正体について触れたな、こいつ。
しかしあの鍵、そんなすごい物だったのか。どう見ても個人用ロッカーの鍵にしか見えなかったのに。

「どうぞ」

私は半ば押しつけられるようにして、その便利な物を手に入れることになった。
そいつは私が受け取ったのを確認すると、音も立てずに姿を消していた。

そこから自分の部屋に帰るまでの間、私は疑い半分、興奮半分の奇妙な気持ちで足を進めていた。
何でも開けられるという不思議な道具。
銀行の金庫を開ける、なんて大それた反抗は無理だけれど、二股かけた挙げ句私の方が本命じゃなかったあいつへの復讐や、嫌みばかりの憎たらしい上司への仕返しには存分に使える。
奴らがどんなに厳重に鍵をかけたとしても、私にはどうとでもできるのだ。この手に収まるマッチ棒そっくりな鍵が本物なら、という話だけど。
私の心の中を、暗い優越感がひたひたと満たしていくのを感じた。

――私は、ほどなくその鍵を使う羽目になった。

マンションに近づいた途端、物陰から男が飛び出してきて私にタックルをかましてきたのだ。
いきなりのことで、私は声も出せなかった。
男の顔はわからなかった。目と鼻の穴と口のとこだけ出せる、マスクみたいにすっぽりかぶる毛糸の帽子、あれをかぶっていたからだ。
男は私に馬乗りになると、大きな手で顔をひっぱたいてきた。何度も、何度も、何度も、頭がくらくらするほどひっぱたいた。
こんなことをして何が楽しいのか知らないけど、男は興奮した様子でふうふう息を吐いていた。

何で私がこんな目に。何で私なんだ。たまたまだなんて、運が悪かったなんて、そんな言葉で納得できる事態じゃない。
痛いのと怖いのとで混乱しながら、私は次々振り下ろされる平手に縮こまるばかりだった。
口の中が切れたらしくて、ひっぱたかれる度に唇から生暖かい液体が吹き出す。
声を上げれば誰かが気づいて、警察を呼んでくれるかもしれないのに、私ののどはまるで何かで固められたかのようで、せいぜいひっぱたかれるたびにうめくぐらいしかできなかった。

とにかくこいつから逃げなくちゃ。自分を守らなきゃ。
その一心で、私は握りしめていたマッチ棒そっくりの鍵を男の腹に思いっきり突き刺した。
痛い思いをさせれば体の上からどくだろう、そう考えて。

そいつの体は、文字通り――「開いた」。
ぱっくりと肉が開いて、中の肋骨と内臓が丸見えになったのだ。まるで、腹を包丁で真一文字にさばかれた魚のようだった。

男の体が痙攣する。
ぼたぼたと降り注ぐ血を浴びて、私はようやく悲鳴を上げることができた。
倒れ込んできた男の体を無我夢中で押しのけて、私は長く長く、叫び続けた。
手に持っていた鍵は、いつの間にか消えていた。
あのどさくさでなくしたのか、それとも一回使ったからかはわからなかった。

――警察は、私の話を信じなかった。
それでもこの件は、正当防衛ということで片付けられた。犯人が何度か女ばかり狙って同じことをしていたことと、私が刃物を持っていなかったことと、顔があざだらけで腫れ上がっていることから、そういうことになった。
私はしばらく病院に通うことになったものの、それ以上日常を引っかき回されずに済んだ。

そう、私の日常は脅かされずに済んだ。ただし人間によっては。
私の日常にはあれから、一つの恐怖がつきまとっている。
何気なくふっと落とした視線の先に、あの鍵が置かれているようになったのだ。
お昼ご飯を買おうと立ち寄ったコンビニ。会社のデスク。信号待ちで立ち止まった交差点。
どこに行こうと、どこに視線を向けようと、あの鍵がぽつんと存在していた。
とてもじゃないけど手に取る気にはならない。確かに使い方しだいではとても便利だろうけど、私にはもう恐怖の象徴でしかないのだ。
見つけたら即、視線を外して知らないふりをして、さっさとそこから立ち去ることにしている。


いつか誰かがあの鍵に気づいて拾って、知らず知らず使ってしまうかもしれなけれど……大丈夫のようだ、今のところは。

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