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zoom RSS とある時代の成人の儀式

<<   作成日時 : 2016/01/30 14:38   >>

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とある時代の、とある場所。
ぼろ切れのような物を身にまとった人々が寄り添うようにして暮らす、小さな集落があった。
今日は、その集落の真ん中のにある多少開けた場所に、若い男女が集まっていた。
皆、緊張しきった面持ちで、がちがちに固まりながら突っ立っている。近くの者と雑談を交わすような、精神的余裕はない様子である。

「これより成人の儀式を執り行う」

若者達を前にして、集落の長であるらしい高齢の男が杖を振りかざす。

「これは、我々の住む里の存続にも関わるものだ。お前達が全員、最後までこの儀式に耐えられることを願っている」

高齢の男は、緊張で強張り青ざめる若者達をぐるりと見回した。

「儀式の組み合わせを今から伝える。名を呼ばれた者は前に出て、隣同士で並ぶように」

高齢の男は懐から巻物を取り出すと、それを広げて名前を読み上げだした。
名を呼ばれた者は一瞬身をびくりとすくませ、重い足取りで前へと進み出る。
組み合わせとなった相手と隣同士に並ぶと、彼らは互いに気遣わしげな視線を送った。

こうして全員の名を読み上げ終えると、高齢の男はある方向へと杖を向ける。
そこには三角のテントが点在していた。それぞれのテントのそばには中年の男女が付いている。

「あのテントの中で儀式を行うのだ。全てが済むまで外へ出ることはならんぞ」

若者達がぞろぞろとテントに近づくと、テントのそばに立っていた中年の男女が入り口の幕を持ち上げ、中に入るよう促す。
テントには一組ずつが入れられ、全ての若者が収まったことを確認すると幕が下ろされた。簡単には出られないようにするつもりなのか、下の部分を紐でテントの本体側ときつく結びつけている。
中年の男女はそこまで作業を済ませると、そそくさとその場を離れて行った。

「大丈夫でしょうか」

そのうちの一人だった中年男が、不安げな顔で高齢の男の元へと歩み寄る。

「あの中には、うちの娘がいるんです。娘はあまり体が丈夫な方ではないんです。最後まで耐えられるかどうか……」
「去年のようになると思っているのか」

高齢の男がそう言うと、中年男はその通り、と言わんばかりにうなだれた。
去年の成人の儀式の有様を思い出す。去年はたった一組しか儀式を最後まで遂行できず、あとは皆逃げ出してしまったのだ。

「今年は前もって皆にやり方を教えておいたのだから、多少は耐えられるだろう。ここで心配していても、お前にはどうすることもできまい。信じて待つのだ」

いくつかのテントのから、苦悶と嗚咽の声が漏れ出す。テントの一つからは、吐き気をこらえている様子の声もする。
その中に娘の声を聞きつけたのだろう、中年男は悲痛な顔でテントの群れを振り返った。

「ああ、神は残酷だ。我々人類が、子孫を残すのにこんな苦難を乗り越えなくてはならぬとは」

高齢の男は嘆き、天を仰いで杖を高く掲げた。

「この行為が、かつては快楽をもたらしたなんて信じられませんね」

中年男は足早に去って行った。響き渡る苦痛に満ちた声から逃げ出すように。

一人きりになった高齢の男は、地面に杖を突き刺して強く握りしめ、険しい表情でたたずむ。彼にはこの集落の長として、儀式を最後まで見届ける義務があった。





それは、ある日突然のことだった。
その日、全国各地にあるラブホテルは利用客の全員から救急車出動を求められ、営業どころではなくなった。
体調不良かと思いきやそうではなく、「とにかく痛くて痛くてたまらない」というのである。
要するにセックスをしようとすると激痛が走り、ことを致せないというわけだ。
激痛は一時間程度続き、その後は鈍い痛みが三日続いた。
これはラブホテルにおけるカップルに限った話ではなく、家庭で営もうとする夫婦とて同じことだった。
激痛を訴えて病院を訪れる人間は、日を追うごとに増えていった。

彼らを診断した医師は困惑した。
担ぎ込まれたどの人間の体にも異常は見られず、痛みの原因を特定できないからだ。
痛み止めを処方しても効果はなく、相手を変えても、時間を変えても、場所を変えても激痛は容赦なく人を襲った。

快楽を得られるどころか激痛に襲われるのならば、そこから遠ざかるというのは当然の流れであろう。
それを境に人類はセックスというものを避け始め、文化の発展はぴたりと止まった。
恋をすることも、結婚をすることも、自己鍛錬も、金を得るために働くことも、あらゆるものは某か、性的に満たされることにつながっていたのである。
その部分がもたらすものが苦痛に変わったとなれば、誰だって何も欲しがりはしない。
欲しがらなくなった人類は「生み出す」ということをしなくなり、それ故に文化の発展が止まったのである。

各国の政府は焦り、何とか原因を突き止めようとあれこれ奔走したが、どうにもならなかった。
わかったことは二つ。
全世界、あらゆる人種、貧める者も貧しい者も関係なく、平等に激痛に襲われること。
そして原因も治療法も見つからない、ということ。
大金と時間、多数の人材を駆使して得たものは、その事実だけだった。

人類は一時的に超少子高齢化の時代を経て著しくその数を減らし、人口爆発による弊害からは解放された。
人口の減少は発展の止まった文明社会の存続を困難なものとし、やがて衰退が始まった。反対に、滅びかけていた自然は驚異的な速度で回復し、衰退していく一方の人間社会を飲み込んだ。
かくして人類は地球上でぽつりぽつりと限定的な集落を作り、それぞれで暮らしを維持するという原始的な暮らしに戻ったのである。

かつての原始社会との大きな違いは、性的な快楽が存在しないということ。子孫を残す営みにひたすらな苦痛を覚えるということ。
もう、あふれかえるほどに人間の数が増えることはないだろう。

そんな暮らしの中で、自然発生的に起きた現象がある。
集落を存続させるため、若者を集めて義務的に子作りをさせるのである。
彼らはそれを「成人の儀式」と呼んだ。
この苦痛を乗り越えた者を大人として、一人前の人間として扱うのだ。
さらに、儀式において子を成せた者は集落の中で上の立場へと引き立てられ、周囲よりも食べ物にありつくことができる。
こう仕組むことによって、若者達に「苦痛なだけではないから参加しろ」、という風に説得しているわけだ。


――悲痛な叫びと苦しげなうめき声は、いよいよ増すばかり。

「頼む、耐えてくれ。こらえておくれ」

高齢の男はしわに隠れた目に涙をにじませた。

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