プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 憧れた人

<<   作成日時 : 2015/12/19 15:38   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ある所に、長年の片思いに苦しんでいる女性がいた。
女性が思いを寄せるのは一つ年上の男性。高校時代に同じ書道部に所属していた先輩である。
男性は、彼女が部内の同級生グループから仲間外れにされていたところを気にかけてくれ、以後何かと声をかけてくれた。

「あんなの、気にするな。真面目に練習に打ち込んでいれば、部活の時間なんてあっという間に終わるから」

その言葉を胸に、彼女は部活をやり遂げた。卒業する頃にはいくつか賞をもらっていたほどである。
尊敬できる、立派な先輩。それに対する感謝の気持ちと尊敬の念が恋心に転じるのは、さほど不思議なことではなかった。

だが彼女には、告白はおろかろくに言葉を交わすことさえためらう理由があった。
それは、彼女の容姿である。
ちびで太っているだけではない。生まれついて色黒で、おまけに岩石のように肌の表面がぶつぶつしており、触るといつもざらざらしていた。
ぎょろりとした目玉。分厚い唇。それに加えてやたらと硬い髪質で、ロングヘアにあこがれて伸ばしてみたらあっという間に「般若」のあだ名がついた。
この外見こそが、異性はおろか同性にさえ疎ましがられる要因である。
だからこそ、まともに人として見てくれた男性に特別な想いをいだいたのだ。

「こんなブスに告白されたって、先輩も迷惑するだけだよ」

それに、告白したことが原因で嫌われてしまうかもしれない。

(先輩に嫌われるぐらいなら、何も言わないほうがいい)

自分にそう言い聞かせ、彼女はずっと想いを胸にしまいこんできた。
恋慕の気持ちを伝えられない代わり、せめて遠くから姿を見るだけでもと同じ大学へと進んだ。
男性は一流の大学へと進学していた。三年生の一学期の成績ではとても合格できないと判定されたが、秘めた想いを昇華させるかのごとく、彼女は奮闘努力した。
そして学部こそ違うものの合格し、彼を遠くからそっと見つめる生活を送った。
結局、大学生活の中で、声をかけに行くことは一度もなかった。そんな度胸は無かった。

「これでいいんだ。あたしみたいなブスが、これ以上のことを望んじゃいけないんだ」

時折、誰か知らない女性と親し気にしているのを見かけては沸き起こる胸の痛みを、彼女はひたすらにこらえていた。

それは、社会人となった今でも変わらない。
さすがに就職先まで同じとはいかなかったが、同じ駅から電車に乗り、同じ駅で降りることのできる企業に就くことはできた。
毎朝彼の姿を見かけることが、彼女の生きがいだった。

ある夜のこと。
女性はため息まじりに自宅へと夜道を歩いていた。

(先輩、あの女の人とどういう関係だろう)

先ほど駅のホームで見かけた光景が頭をよぎる。
あれは確か、大学でも親し気にしていた女性のはず。それが、男性と並んで談笑しながら歩いていたのである。
遠くでそれを見ていた彼女は、愕然とした思いで二人の姿が見えなくなるまで突っ立っていた。
後ろから来る人達が邪魔くさそうに追い越していることも、時折ぶつかっていることもわからなかった。
――それぐらい、ショックだった。

(二人は付き合ってるのかな)

そう思うと涙がこみあげてくる。胸が引き裂けそうだ。

(でも、きっといつかはこんな日が来るって、わかってたじゃない。こんな不細工な女に、先輩が振り向いてくれるわけがない。あたしは、別の女性と幸せになる先輩を見届ける運命なんだ)

言い聞かせてみても、ぐちゃぐちゃな気分はちっとも晴れない。
女性はついに足を止め、手で顔を覆った。
指の間から、肉でぱんぱんのジーンズと履き慣れたスニーカーの薄汚れたつま先部分が目に入る。

(早くあきらめなきゃ。こんな物履いてるような女じゃ、こんな物しか履けないような女じゃ、先輩とは釣り合わない。先輩に釣り合うのは、パンプスとかハイヒールとか履くような人だ)

「見てくれがそんなに大事かね」

聞き覚えのない声に、女性はぎょっとした。
思っていることが、いつの間にか口に出てしまったのだろうか。
慌てて周りを見回せば、いつの間にやら自分のそばに何者かがいるではないか。
知っている人だったらどうしよう、と慌てふためいてから、急に女性の顔から血の気が引いた。

そいつは知っている人どころか、人間ですらなかった。
黒い体に二枚の黒い羽根を生やしていて、頭には二本の角があった。足元では鞭のような尻尾がぷらぷら揺れている。

「年取っちまえば、どいつもこいつも似たり寄ったりだってのにな。シワまみれのジジイとババア。考え方は偏屈で、今の若いもんはどうたらこうたら、が口癖よ」

どさ、と女性は腰を抜かしてその場に座り込んだ。

「な、何なの」
「俺かい。俺は、お前ら人間が悪魔って呼んでる奴だよ」

そう言うとそいつ――悪魔は鋭い牙のある真っ赤な口を開けて笑った。
悪魔、という単語を理解した途端、女はすくみ上った。

「やめてっ、あたし、殺されるようなこと、何もしてないでしょっ!?」

女性がぶるぶる震えながら悪魔に命乞いをすると、

「そう怖がるなって。暇だから寄ってみただけだ」

悪魔はそう答え、おどけた様子で肩をすくめた。

「で? その先輩とやらはそんなに面食いなのか」
「先輩をそんなクソみたいなのと一緒にしないでよ! 先輩は、あたしみたいなブスでも気にかけてくれる立派な人なんだから!」

女性は、猛然と悪魔に食って掛かった。
(悪魔だか何だか知らないけど、先輩の名を貶められてたまるか)という一念が、悪魔への恐怖を打ち払っていた。

「うわ、クソって言った。性格悪いぞお前」

悪魔がぼそりとつぶやく。

「立派な人だから、周りと違って、人としてあたしを扱ってくれただけで……あたしがそれに勝手な期待してるだけだもの。どうせ、告白したって、やんわり断れて終わるだけよ。そしたらもう、遠くから見つめることってできなくなっちゃうんだ」

急に女性はしおらしくなる。
悪魔のつぶやきが心に刺さったというよりも、自分の立ち位置を思い出して悲しくなったというのが本当のところのようだが。

悪魔は完全にあきれた様子で、女性を見下ろしてきた。

「ぐだぐだすんのは時間の無駄だな。見てくれの話なら、どうにかしてやってもいいせ」

ため息混じりの悪魔の一言に、女性は顔を上げた。

「でも、後悔するだろうぜ。それでも良いのか?」
「後悔なんかしない」

女性は力強くうなずいた。
この恋が実るなんて期待はしていない。
先輩が選んでくれなかったとしても、この長年の想いを伝えられるだけでも、きっと幸せだから。

鋭い爪の生えた指先を、悪魔がこちらに向けてくる。
その爪の先から閃光が放たれた。
女性が驚いて目を閉じ、再び開けるまでの間に悪魔の姿は消えていた。

あの光は何だったのだろう。
女性はいぶかしみながら、辺りを見回した。やはり悪魔の姿はどこにもない。
今の自分に痛みや苦しみはない。あの光は危害を加えてくるようなものではなかったようだ。

「あたし、本当に何か変わったのかな」

いぶかしみながら自分の体を観察した女性は、驚いた。
全身の贅肉が削げ落ちて、スリムで華奢な体系になっている。おかげで着ていた物がぶかぶかだった。
変化したのは体系だけではない。
あたふたとコンパクトを取り出し、そこに写る自分の顔を見て、彼女は二度びっくりした。
そこに写っていたのは長年見慣れた醜い自分ではなかったのだ。色白でくりっとした瞳の、ひいき目に見ても美女が映っていた。

「これが、あたし」

ずり落ちるジーンズを引き上げながら、女性はかすれた声でつぶやいた。

「これなら先輩に告白できる……!」

形の良い薄い唇を引き結び、女性はずり落ちる服を手で引き上げながら自宅へと駆けた。
自宅に着くやいなや、クローゼットに向かう。
中にはしゃれっ気のない茶色や黒の地味な服の片隅に押しのけられるようにして、異なる色合いの物が掛けてある。スリムになったら着るのだと、ダイエットのやる気を起こすために買った服だ。
ベージュの布地に花柄をプリントした、ひざ丈のフレアスカート。「それにはこれがお勧めです」と、店員に言われるがまま合わせて買ったレース付きの白いシャツ。
クローゼットの下にある黒い紙の箱を開ければ、デザインに惹かれて買った、ストライプ付きのパンプスが出てきた。

彼女の目には、それらがシンデレラのドレスのように映った。
これを着た自分はきっと、見違えることだろう。
今まで感じたことのない高揚感が、彼女を満たしていた。

次の日、彼女は気合を入れて駅前に現れた。
いつもは憂鬱でしかない化粧が、今朝は楽しくてたまらなかった。どんどんきれいになっていくのが実感できれば、当然のことである。
きょろきょろと見回せば、男性はいつものように少しうつむきながら、改札へと向かおうとしていた。

「先輩!」

勇気を振り絞り、男性に駆け寄る。いつものスニーカーではないので、途中でよろけてしまう。
振り返った男性は、彼女を見て困惑した様子だった。

「ええと、どなたですか」
「あたしです、高校で同じ部活だったんですよ、ほら、覚えてませんか」
「うーん、こんなきれいな人いたかなあ。人違いじゃないですか」
「般若ってあだ名の子、覚えてません?」

男性はしばらくの間、きょとんとした顔をし……

「えええっ!?」

すっとんきょうな声を上げる。
たちまち集まる周囲の視線に、彼は口を手で覆った。

「ずいぶん昔と変わったなあ」
「はい、あたし、先輩のためにきれいになったんです!」
「お、俺のためっ?」

今だ。今こそ、ずっと胸にしまいこんできた想いを打ち明けるのだ。
女性の心臓の鼓動が跳ね上がる。

「あたし、部活で仲間外れにされていた時、先輩に気にかけてもらってすごく嬉しかったんです。あの時は、本当にありがとうございました」
「ああ、いや、感謝されるほどのことじゃないよ。そうだ、聞いたよ。賞もいくつかもらったんだって? おめでとう」
「先輩のおかげですよ」
「違うよ、個人の才能だろ」

さあいよいよだ。

(怯むな、あたし。あたしはもう、不細工なんかじゃない)

女性は内心、己に活を入れた。

「先輩。あたし、ずっと見た目のせいで意地悪されたり、仲間外れにされたりするの当たり前だったんです。だから、あたしなんかを気にかけてくれた先輩のこと、なんて素敵な人なんだろうって思って、ずっと憧れてて……あたし、先輩のことがずっと、好きでした」

顔を上げられない。にわかに得た自信はしょせん付け焼刃だ。本当にずっと美人だったなら、こういう場でも顔をまっすぐ上げて気持ちを伝えられたのだろう。

「今でも、先輩のこと、大好きです。あ、あたし、付き合いたいなんて大それたこと望みません。ただ、先輩に気持ちを伝えたくって……あの、朝から呼び止めてこんな話したりして、ごめんなさいっ」

早口に言い終えると、もうそれ以上口が動かなかった。

(先輩はどう答えるんだろう)

想像すると、一目散にこの場を逃げ出したい衝動に駆られる。結局のところ、足はまるで接着剤で張り付けられたかのように動かないが。

「君、俺と付き合いたいの?」

思わぬ言葉に、女性は顔が火照るのを感じた。

言っても良いのだろうか。願っても良いのだろうか。そう答えても良いのだろうか。
先輩と恋人になりたい、などと、大それたことを。

頭の中でぐるぐると色々なことが回る。

だが、女性が「はい」と答える前に、男性は続けてこう言った。

「俺とは付き合わない方がいいと思うよ」

浮ついた様子のない、むしろ冷え冷えとした声音。
へ、とかすかな声を上げて顔を上げた女性は、自分の頬の辺りの筋肉が急に引きつっていくのを感じた。

「君、整形したの? いくら掛かった? 馬鹿だな、やらない方が良かったのに」

あの先輩と同じ人とは思えないほどの冷たい目で、男性が見下ろす。

「俺ね、きれいな顔した女って無性にぶん殴りたくなるんだよね。顔が血まみれになって、岩みたいに腫れ上がるまで」

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

憧れた人 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる