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zoom RSS この緩やかな坂の途中

<<   作成日時 : 2015/12/05 12:23   >>

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今日も夜の七時まで勉強漬けだった。通っている高校が県下一の進学校で、平均点取れなかっただけで部活を禁止にするような所だから仕方ない。
八時過ぎの、学生服よりはサラリーマンやОLの方が目立ってるバスのシートで、私はひたすらぼうっとしていた。
先生が言ってたっけ。「天才は、勉強が苦にならない。辛くても嫌でも耐えられる奴は秀才。それ以外は凡才」って。
じゃあ私は、間違いなく凡才だな。今のところは何とかしのいでるけど、いつかはきっと限界が来て、耐えられなくなるだろうから。

――お姉ちゃん。

ふっと、ある人のことが頭に浮かぶ。
お姉ちゃんは私の実の姉じゃない。二つ年上で家が近いってことでよく遊んでた、いわゆる幼なじみってやつだ。あまり活発じゃなくていじめられやすかった私を、よくかばってくれた。
小学校のうちは一緒に登下校して、学年なんて関係なく後ろをひっついて回ってた。何も知らない人が見たら、姉妹だと思ったことだろう。
お姉ちゃんが中学に上がると、登下校はバラバラになってしまった。一年しか一緒の学校に行けなくて悲しかった。
だから私はお姉ちゃんと同じ高校に行きたいって、進路相談の時にそう言った。たった一年でも、一緒に学校へ行きたかったから。
そんな私を待ってたのは、進路指導の先生と担任、両親そろっての猛反対だった。

お前の成績ならトップの進学校にも行ける。
あんな偏差値の低い所、わざわざ選ばなくて良いだろう。
大学に行けなくなって、泣きを見るのはお前だぞ。
良い大学に行こうと思うなら、良い高校に行かないと。

連日のお説教を私は無視し続けていたのだけど、一押ししたのは、他ならぬお姉ちゃんだった。

「行けるなら、良い学校選びなよ。頭が良いのにもったいないよ」

そう言ったお姉ちゃんの顔は、笑っているはずなのにどこか悲しそうに見えた。

「親御さんだって、大学までちゃんと行かせてくれるつもりなんでしょ? それって凄くありがたいことなんだよ」

お姉ちゃんが高卒で就職するつもりだったってことは、後から知った。ご両親には初めから大学に行かせる気がなかった、ってことも。

ピンポン、と降車ボタンの押された音で我に返る。行き先の表示を見れば、次は私の降りるバス停だった。
いけないいけない、とリュックを背負いなおしているうちに、バスは到着した。

ぞろぞろと降りていくОLやサラリーマンの後ろに続いて、私もバスから降りる。一年前は降りる人も大勢いたけど、今はまばらだ。
バスから降りると、冷えた夜の空気が体を包み込んだ。
夜の冷たい空気を、ガウンガウンと停車中のバスが温かい排気ガスをまき散らしながら震わせる。
冬も近いこの時期の冷え込みは、昼間からは想像もつかない。荷物が増えるなんてめんどくさがってないで、マフラー持って来ればよかったな。
ため息ついて歩き出した私の後ろで、ぷしゅう、とバスのドアが閉まる。
なんとなく足を止めて振り返れば、バスはもう道の先にいて、赤いランプを踏んで左へ曲がろうとしているところだった。

ここから私の家の前までは、緩やかな坂が続いている。およそ十分ぐらいの道のりだ。
途中のマンションにОLやサラリーマンが入っていくと、私は完全に一人になる。
夜道を一人で歩かせたくない、ってお母さんはバス停まで迎えに来ようとしてるけど、私は大丈夫だからと突っぱねている。
昔は街灯なんて道端の電柱一本置きについている程度だったけど、ある事件をきっかけに、今は電柱に一つずつ、それもかなり明るい色の物が取り付けられてる。防犯カメラも設置されてる。
「防犯対策はちゃんとされてるから」、今のところ、その主張は通ってる。

「こーら。女の子がこんな時間に一人で歩いてたら駄目でしょ」

お姉ちゃんの声。
見れば、黄色と黒のストライプのシートが巻かれた電柱の陰から、お姉ちゃんがひょっこり顔を出していた。

「お姉ちゃん」

良かった、今日も会えた。私は電柱に駆け寄る。

「いい加減、お母さんに迎えに来てもらいなよ。こーんな感じに変態が狙ってるかもしれないのよ?」
「だって、お姉ちゃん、私一人じゃないと会ってくれないじゃん」
「まったく、この子は」

お姉ちゃんが苦笑いして、電柱の陰から出てきた。紺色の地味な制服。でもスカートの丈はすごく短い。
すらっとした長い足がうらやましい。それに比べて私の足は丸太みたいだ、特に太ももがぶよぶよだ。

「今日もこの時間なのね。勉強、やっぱり大変?」
「うん。明日も小テストだって。点数が悪かったら今度の連休も学校行かなきゃいけないの」
「休みがなくなるの? そりゃ大変だ。良い点取りなよ」
「休みだとお姉ちゃんに会えなくなっちゃうよ。うちの親、この時間だと一人で外出させてくれないもん。学校帰りだから、こうやって途中で会えるんだよ」
「学校を口実にするなんて、あきれたもんだわねえ」

本気で呆れてるような、お姉ちゃんの顔。
ここで待ち構えてた変質者に襲われて、顔を殴られながら玩具にされて、最後は首を絞められて殺されたお姉ちゃんの顔。
ゴルフボールのように腫れあがった、紫色の左のまぶた。切れて痛々しい血を流す右のまぶたと唇の端。笑って口を開くと、前歯が二本折れてなくなってるのがわかる。
破けてボタンのない、汚れた制服。前が全開になったシャツから見える素肌には、たくさんのあざ。首元でいびつな円を描くあざ。

幸い、変質者はすぐに捕まった。
でも、お姉ちゃんは事件のあったここから動けずにいる。

こんな姿をさらして、いまだにこの世にとどまり続けているお姉ちゃんを見ても、私は怖くない。
一人きりの時にだけ姿を見せるお姉ちゃんは、もしかしたら私を連れていきたがっているのかもしれない。
だけど、それでも良いなんて思ってる自分がいて。

――私はきっと、緩やかに坂を下っている途中。

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