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zoom RSS 可愛いって言われたい!

<<   作成日時 : 2015/11/28 12:23   >>

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ある所に、容姿の醜さで悩んでいる女がいた。
女は生まれついて色黒で小柄な体にでっぷりと脂身を乗せており、顔にはやたらとほくろがあった。眉毛も髪も針金のように硬く真っ黒で、子供の頃には絵本の中に出てくる鬼そっくりだとはやされたものである。
それをどうにかしようとダイエットをしたり高い金を払ってエステ通いをしてみたりと色々やったが、多少の肉が取れて眉毛が整い髪が多少すんなりするという程度で終わってしまった。
おそらく総額を聞けば、人は「大金をどぶに捨てた」と言うだろう。

この容姿をからかう奴はいても、好いてくれる異性はいない。だが誰かに愛されたいのだ。恋をしたいのだ。
もしかしたら誰かが……という希望を捨てきれず、女は化粧をし、お洒落をして街に繰り出しては嫌な目にあってマンションの自宅へ引き返し、自己嫌悪に陥るということを長年繰り返していた。

ある夜のこと、風呂上がりにのぞいた手鏡の中に写る自分の顔にまた一つシミが増えたのを見つけ、女はため息をついた。
やはり醜い。近頃では、加齢によるシミやしわのせいで拍車がかかっているような気がする。
エステのローンを払い終わるのはだいぶ先のことだが、それが済んだら本格的に整形手術を考えようか。おそらく七桁以上はかかるだろうけど。
思い返せば自分はもう三十代半ば。盆や正月のたびに実家に帰省しては、両親から気遣わしげに見合いをすすめられている。見た目で選ばれることはない、と両親ですらあきらめているのだと思うと女は内心悲しくなった。

「あたし、このまま一生、男の人に可愛いなんて言われないで終わるんだわ」

思わず嘆いたその時。

「鏡見てわざわざ粗探しなんて、何が楽しいもんかねえ」

自分以外の者など存在しないはずの部屋に、聞き覚えのない声が響いた。
驚き目を見開けば、手鏡に写る自分の後ろに何者かがいるではないか。
そいつは黒い体に二枚の黒い羽根を生やしていて、頭には二本の角があった。足元では鞭のような尻尾がぷらぷら揺れている。

「見てがっかりするぐらいなら、鏡なんか見なけりゃいいのに」

声は背後から聞こえていた。
女が慌てて振り返ると、そこにはやはり、鏡に写った通りの奴がいた。見間違いや気のせいなんかではなかったのだ。

「あ、あなた、何なの」
「俺かい。俺は、お前ら人間が悪魔って呼んでる奴だよ」

そう言うとそいつ――悪魔は鋭い牙のある真っ赤な口を開けて笑った。
悪魔、という単語を理解した途端、女はすくみ上った。

「あ、あたしをどうするつもり。まさか食べてしまう気なの」

ぶるぶる震えながら悪魔に問いかけると、

「人間の肉なんか食わねえよ。暇だから寄ってみただけだ」

悪魔はそう答え、女の手鏡をひょいと取り上げる。悪魔の手には鋭利な爪が伸びていたが、女の手に傷をつけないよう器用に手の内側のみでそれをやってのけた。

「うーん。この牙の白さと鋭さ。我ながら、相変わらず惚れ惚れするねえ」

悪魔は手鏡をのぞきながら、何やら己の牙をしげしげと見つめている。
先ほどの言葉の通り、がっかりするぐらいなら本当に鏡を見ない性格のようだ。
うらやましい、と女はちらりと考えて……ふと、あることを思いついた。

(悪魔にお願いして、あたしの醜い外見を変えてもらえないかしら)

古来から悪魔に願いをかなえてもらった人間はろくな目に合わないものだ。それは女も知っている。
だが、これは願ってもないチャンスに違いないのだ。恐ろしくリスクが高いだけなのだ。
エステのローンが終わるのを待っていたら、その間ずっと醜いままだ。その時自分は幾つだろう。
だったら今すぐに……と女は覚悟を決めた。

「ねえ、お願い。あたし、一度でいいから男の人に可愛いって言われてみたいの。あたしを可愛い見た目にしてちょうだい」

女が震える声で願いをしぼりだすと、悪魔は手鏡からひょいと顔をこちらに向けてきた。

「お安い御用。でも、願い事なんてしちまって良いのかい。俺は悪魔なんだぜ」
「構うもんですか。あたし、この醜さをどうにかしたいのよ。みんなに見た目のことでいじめられたりからかわれたり、哀れまれたりするのはうんざりなの!」

女は思わずヒステリックに声を上げた。
嫌な記憶が次々に脳裏によみがえり、女の感情を爆発させたのだ。
その記憶の果てに思うのはただ一つ。

「なるほど。見た目さえ良けりゃあたしの人生もっと楽しかったと。幸せになれたと。そういうこったな?」

悪魔は、女の思いをずばりと言い当てた。全くもってその通り、と女は目に涙をためながらうなずいた。

「ま、いいぜ。誰もが思わず声を上げるほど可愛い見た目にしてやろう」

悪魔は手鏡を置くと、「目ぇ閉じてな」と女に鋭い爪の生えた指を向けながら何事かを唱え始めた。

これで本当に可愛い女に変われるというのなら、この後どんな悲惨な目にあったってきっと耐えられる。
だって見た目さえ良ければ、誰かが手を差し伸べてくれるはずなのだから。可愛い女というのはそういうものだ。困っていたら、誰かが助けてくれるものなのだ。
目を閉じながら、女はそう考えていた。

体が急激にしぼんでいくような感覚に襲われる。ああ、きっとこの憎い脂身がそげ落ちているのだろう。
次に目を開けた時には、華奢で人形のような美貌の持ち主になっていますように。
女はそう願いながら、やがて意識を失っていた。

女が次に目を開けると、そこはどこかの空の下だった。
家の中にいたはずなのに、と女がいぶかしんでいると、誰かがぬっと顔をのぞきこんできた。
若い男性だった。清潔感のある短髪に精悍な顔立ちの、スポーツウェア姿である。カッコいい、と女は思わず見とれてしまった。

「うわあ、可愛いなあ」

男は目を輝かせると、女の脇の下に手を差し入れて抱き上げた。
こんなことをされるのは生まれて初めてで、女はどぎまぎしてしまう。

「ああ、可愛い可愛い。なあお前、この辺の子? もしかして独りぼっち? それなら家に来るか?」

男はデレデレした顔で様々なことを語りかけてくる。
けれど女は男の言葉に一つとして答えられなかった。
何故なら女の口から出てくるのは「みゃあ」という鳴き声ばかりだったからだ。

まだ立ち上がりきらない小さな耳。くりくりとしたまあるい金色の瞳。体を覆うふかふかの柔らかな白い毛――女は一匹の子猫に変貌していた。

「どうしたんですか? あっ、きゃあ、可愛い子猫!」
「ほんとだ、可愛い!」
「ね、可愛いですよね。捨て猫なら家に連れて帰ろうかなって思って」
「連れて帰ってあげて下さいよ、こんな可愛い子が野良だなんて可哀そうですよ!」

可愛い、可愛いの大合唱に囲まれて、女は「みゃあ」「みゃあ」言うばかりだった。

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