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zoom RSS 小春奇譚 三十四

<<   作成日時 : 2015/10/24 15:26   >>

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それから二日が過ぎた。
兵五郎は相変わらず一人離れた所ばかりを掃除していた。おまけに飯時でさえ、食い終わったらどこかへ行ってしまう。
飯の後はしばらく休憩していても良いことになっていて、誰がどこで何をしていようと、悪ささえしなければ問いただされることはないのだが……小春としては気になって仕方なかった。
自分から一人になるなんて、周りとの関係がぎくしゃくするばかりではないか、と心配になるのだ。近寄るのは怖いと思うけれど、気がかりで仕方ないというのが正直なところだった。

(一体どうしたらいいんだろう)

もやもやした気持ちを抱えつつ、朝の廊下をしずしず歩いて小春は台所へ向かう。
飯の支度をするために台所を借りているのだが、紅や虫達と同じ時間に支度をすると中が混みあってしっちゃかめっちゃかになるので、紅の支度が済む頃を見計らって借りに行っている。
屋敷に漂う朝の空気はひんやりしていて、胸いっぱいに吸い込むと頭がすっきりするような気がする。もやもやは消えないが、目が覚めるのだ。

「あら小春さん、おはよう」

途中で紅と顔を合わせた。
彼女はいつもの通り、幸之進のために用意した膳を運んでいた。

「おはようございます」
「どう? 皆ちゃんと仕事をしてるかしら」
「はい」
「あの兵五郎って子は?」

小春は答えにほんのわずか、詰まってしまった。
一人で離れたところばかり掃除している、というのは伝えた方が良いのだろうか。

「小春さん?」

静かに問いかけられ、小春は内心慌てた。
台所で虫の足をもぎ取る姿を見て以来、紅に対しては恐れの気持ちがある。

「はい、ちゃんとやってますよ」

嘘ではない。さぼっているわけではないのだし大丈夫、と小春は心の中で自分に言い聞かせた。

「そう。じゃあ今日もよろしくね」

そう言って、いそいそと紅が去っていく。
幸之進の世話をしている時はとても生き生きしているな、と小春はその背を見送った。

「おはよう、今日も借りるよ」

そう声をかけて台所へと足を踏み入れた小春は、目をぱちくりさせた。
中にいた炊事係の虫達が、所在無げに突っ立っているのだ。
小春に気が付いた入り口側の虫達が、こちらに黒い眼球を向け、ぴん、ぴん、と触覚を動かしている。

「どうしたんだ」
「それが……」

小春が声をかけると、そいつは前掛けで手というべきか前足というべきか、一番上の足二本をふきながら、実に言いにくそうにこう尋ねた。

「その、包丁をどこぞで見かけませんでしたかねえ」

思いもよらない言葉に、小春はきょとんとした。

「包丁?」
「柄のついた小刀みたいなもんですよ。料理に使うんでさあ」
「いや、包丁は知ってるよ」

包丁を知らないと思われたとは、心外である。
小春は口をとがらせた。

「それで包丁がどうしたんだ」
「包丁が一本、なくなっちまったんでさあ」

小春は瞬きをした。
台所にある包丁は一本きりではない。ざっと数えて五本以上はあった。一本なくなったぐらいで仕事ができなくなる事態には陥らぬはずである。

「無いと仕事にならないのか」
「いや、仕事に障りはねえんですがねえ、姐さんが大層お怒りなんでさあ。旦那様の屋敷で物を、それも刃物をなくすなんて滅相もない、って。何かあったらどうしてくれる、何としても探し出せって、怒鳴られたところなんでさあ」

小春は、今しがた挨拶を交わした紅のことを思い出していた。
包丁がなくなったことは何も言っていなかったし、激怒していたとは思えぬ様子だった。

「今、皆で探し回ってんですがねえ、これがもう見つからねえんでさあ」
「……小春さんよお、聞いてくだせえよ」

小春の一番近くにいた虫が、泣きそうな声でつぶやいた。

「最後に包丁を触ったのがあっしなもんで、皆にお前がなくしたんだろって言われちまって……」

そいつは、そう言って完全にしょげている。きっと今日の仕事に身が入らないことだろう。

「そりゃ気の毒な……」
「あ、そうだ。小春さん、あんたも夕べ、包丁使ってましたよねえ?」

小春はうーんとうなった。
朝飯を作る時に包丁を使ったが、それは洗って元の場所に戻した覚えがある。間違いないと胸を張れる。

「あたしも使ったけど、ちゃんと戻しといたよ」
「その時、包丁は全部ありましたかねえ」
「まだ他にも使ってる奴がいたから……わからないや」

首を振りつつ答えてから、虫がかわいそうに思えて「ごめん」と付け足す。

「そうですかい」

虫が、実にがっかりした様子で背を向ける。触覚が力なく垂れていて、元気をなくしたというのがよくわかる。
その背中がとても悲しそうで、小春は思わず声をかけた。

「仕事のついでで良けりゃ、あたしもあちこち見てみるよ」
「お願いしますよ。見つからなかったらあっしら、姐さんに折檻されちまう……」

折檻というのは足をもがれることだろうか。胸の悪くなる光景を思い出し、小春は顔をしかめた。

「ああ、小春さん、台所を使うんでしたねえ。こりゃ失礼」

虫達がそれぞれ身を引いて、まな板のある台までの道を作ってくれる。小春は遠慮がちに背中を丸めながら、そこを通り抜けた。

「菜っ葉取りに行った奴が使ったっきりなんじゃねえのか」
「研ぎ方してた奴もいただろ」
「ほかの虫にもちょっくら聞いてくる」

虫達が背後でわいわいと話し、あちこちをひっくり返したり厨房を出入りしたりと慌ただし気にするのを聞きながら、小春は朝飯の支度にとりかかった。

(包丁が見つかりますように)

何事もなく、穏便に済んでほしい。
雑炊に使う菜っ葉をまな板にのせ、刻みながら小春はそう祈らずにいられなかった。

「……なあ」
「なんだ」
「あの兵五郎とかいう奴、どうする」

そんな話が聞こえて、小春は不意に手を止める。

「あっしらの話なんか、聞いてくれると思うか?」
「でも、あいつが何か知ってるかもしれんぞ」
「知ってても、教えてくれるとは思えんな」
「あいつ、こっちを嫌ってるものな」
「どうする」
「どうしたらいいか」

虫達の間で、ひそひそとやり取りが交わされている。
小春はある予感がした。それは、兵五郎に尋ねる役割がこちらに回ってくるだろう、というものである。
虫と兵五郎の間では、いまだにあいさつ程度の関わりすらもない。虫の方は歩み寄りをしたい様子なのだがそれを兵五郎が徹底して突っぱねて拒否の姿勢を見せおり、それがあまりに頑ななので、だんだん虫達の方も遠ざけるようになっているのが現状だった。

兵五郎に物を伝えるのに、虫達が紅を頼るとは思えない。彼らにとって紅はあくまで恐れて従う対象である。仲介役にするなら小春を選ぶだろうとは、簡単に予想できた。

「小春さんよお」

そら来た、と小春は思った。

「兵五郎にも声かけといてもらえませんかね。失せ物探しなら、探し役が多いに越したこたねえんでさあ」

小春は内心、勘弁してほしいと思った。
兵五郎とは仕方なしに関わり合っているだけで、本当はまだ男に対して恐れの気持ちがある。ゆえに今だって必要最低限の関わり方しかしていないし、雑談なんてものも交わしていない。
とにかく、これ以上関わる事項が増えては困るのだ。
虫達が包丁をなくしたと責められ折檻されると思えば同情するし、できることなら手助けしてやりたいと思うのも確かだが……。

「……わかった、声、かけてみる」

いつぞやのように取り囲まれ、いっせいに黒い眼球を向けられるのもぞっとする。
探し役が多いに越したことはない。虫達を助けてやるためだ、と己に言い聞かせ、小春はぎこちなく返事をした。

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