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zoom RSS 小春奇譚 三十

<<   作成日時 : 2015/09/20 12:34   >>

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少年の寝ている部屋の前は、しんと静まり返っていた。
中の者が寝ているか起きているかは当然、ふすま越しではわからない。
「入ってもいいか」と小春はふすまの向こうへ呼びかけた。

ややあって、

「何しに来た」

ふすまの向こうから、少年の声が返ってきた。
あまり人を寄せ付けたがっていない、とわかる低く強張った声である。

「その、話が……」

小春が全てを言い終える前に、隣で黙っていた虫がいきなりふすまを開けた。

「な、何だ」

寝ていた少年がびっくりして跳ね起きる。
その拍子に腹の傷が痛んだのだろう、彼は小さくうめいて布団の上にうずくまった。
相変わらずの白い長襦袢姿。それでも初めの頃よりは布を巻いた箇所が減っている。

「いいよ、寝てなよ」

おろおろと両手を突き出した小春の横で、

「やいやい、あんた、何であっしらの作った物を食わねえんだ」

虫は前置きもなく率直に尋ねた。

「あっしらだって、一生懸命やってるんだ。それを無下にするような真似しやがってこの野郎、旦那様の客人だからっていい気になってるんじゃねえんのかっ」

虫は完全に喧嘩腰だ。よほど腹に据えかねていた様子である。
それに対し、少年は頭をもたげて虫を眼光鋭く見返した。

「お前ら化け物の作った物なんか食えるかっ」

小春は思わず額を押さえた。
こちらも完全な喧嘩腰である。

「な、何だと、この野郎っ」
「あわわ、こら、おやめなさいっ」

蜂がぶうんぶうんと飛び回り、今にも掴み合いそうな二人を止めに入る。
少年が食わなかった理由は、作った奴が気に食わないから食わない、ただそれだけのことだったようだ。

(呆れた)

小春は少年を見つめる。
意地を張った結果、少年の目は落ちくぼみ、頬がげっそりしている。目をしっかり開けていられない様を見ると、相当辛いようだ。
いくら体を休めたところで、やはり食わなければ回復はしないのだ。水だけでは人は生きながらえることはできない。
よくもこんなになるまで意地を張ったものだ。ある意味感心すべきかもしれない。

(なんでそんな意地を張るんだろう)

体がここまでの状態になるとどれほど辛いか、小春は身に沁みて知っている。
異様に暑い夏のあった年、取って置いた野菜がみな傷んでしまい、食うに困ったことがある。
すきっ腹を抱え、栄養不足のまま畑仕事にいそしんだ結果、小春は無理がたたって体を壊した。
あの時は祖母が村長に何度も頭を下げて玉子を恵んでもらい、食べられる草と一緒に煮て食わせてくれたのだ。それでどうにか持ち直した。

この少年には、自分にとっての祖母にあたる人間がいないのだ。少なくともこの屋敷においては。
そう思うと、小春は急に「何とかして食わせなければならない」という使命感にとらわれた。
恩に着せるつもりは毛頭ない。これをきっかけに関係が改善されればという期待もない。
ただ、どうにかしなければという思いがあるだけだった。

「ちょっと、待ってて」

小春は小走りにその場を後にした。
喧嘩腰の虫と少年を蜂に頼むのはまずいかもしれない、というところまでは頭が回らなかった。

小走りに屋敷内を移動した小春は台所に入ると、器を洗っている虫達をかき分けてまな板の前に立った。
辺りを見回し、残っていた大根の葉を引っつかんでまな板に乗せる。

「これ、もらうよ」
「そりゃかまわねえが、小春さんよお、そいつで一体何をするつもりなんでえ」
「ちょっとね」

そばの大かめの水を柄杓で汲んで鍋に入れ、まだ火の残っているかまどにかける。
水が沸騰してきたら刻んだ大根の葉を投入し、味噌をとく。その後は煮立たせず、かまどから降ろす。
大根の葉の味噌汁の出来上がりである。
それを椀に盛り付けて一膳の箸と共にお盆に乗せ、小春は台所を後にする。
台所を出たところで、後ろから虫達のひそひそ話が聞こえた。
肩越しに目をやれば、虫達は小春をちらちらと見ながら、時折こらえきれぬ様子で楽し気な高い声を出したりしている。
さながら、仲間内でにやにやしながら他人を詮索しては下世話な噂話に興じる人間の姿のようだった。
虫達の態度が気にならないわけではないが、今はそれどころではない。
小春はそそくさとその場を離れ、少年の所へと引き返した。

部屋へ帰ると、少年と虫はまだにらみ合っていた。
蜂が間を飛び回り、本格的な取っ組み合いにならないように距離を取らせている。

「ほら」

小春が盆ごと差し出すと、少年は目を丸くした。

「虫の作ったのが嫌だっていうんなら、あたしが作ったのならどうだ。美味いかどうかはわからないけど、食え」

謙遜ではなく、本心である。
小春の料理の腕前は、さほど良い方ではない。
食べられるなら何でもいい、腹がくちくなれば良いという環境で育ったため、味の良し悪しなど構っていられなかったのだ。
盛り付けの美しさはもちろんのこと、具材の大きさに気を配ったこともない。日によっては、でろでろに溶けた菜っ葉の味噌汁をすすることもあった。
――これ以上孫に負担をかけまいと、祖母が料理について何一つ文句を言わなかったのだということを、小春が知る由もない。

「放っておいてくれ」
「そんなわけにいかないよっ」

自分でも驚くほど、大きな声が出た。
少年が、虫が、蜂が、それぞれ面食らった様子で小春を見つめる。
思いがけず視線を集めてしまった小春は少しだけ慌ててから、気を取り直してこう続けた。

「あんた、食わなきゃ本当に駄目だ。このままだと弱ってくだけだ。変な意地張ってないで、食え」

ずい、と盆を突き出して見せる。
少年の、力のない目が盆の上の椀に注がれる。

「……本当に、お前が作ってきたのか」
「そうだ」

少年はこちらの出方をうかがうようにして椀と箸を取る。
伸びて来た手に小春は身を固くしたが、大丈夫だと自分に言い聞かせて表向きは平静を装った。
少年はふうふうと椀の中の味噌汁を吹いてから、ずずっと一口すすった。
そして一言。

「……味が薄い」

そういえば小春の家では、節約気味に味噌を使っていた。普段の感覚で作れば、こんな感想になるのも無理からぬ話である。

「悪かったね」

小春は、むうっと口を一文字に引き結んだ。

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