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zoom RSS 献身的な妻

<<   作成日時 : 2015/09/05 23:30   >>

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隣国との間にある見晴らしのよい丘に、検問所ができた。
王位継承のごたごたで内戦が始まりそうだ、というきな臭い噂が広まり出してから数か月後のことだった。
戦火がこちら側へと及ぶのは避けたいと、怪しい人物がやってくるのを防ぐために王様が命令して設置させたのだ。
検問所には常に兵士を常駐させて、通る人間を逐一チェックした。武器を持っていないか、出どころのわからない不自然な大金を持っていないか、連れがいるならその連れがどこのどいつかまでも調べた。
もし検問所を通らずに行き来しようとしたなら、発見次第彼らの持っている銃で容赦なく撃ち殺される。王様がそうせよと命じたのだから遠慮はない。

そこが、汚職の温床となるに時間はかからなかった。
兵士達はいつからか通行税という名目で、勝手に所持金から半分を取り上げるようになった。
中央政府を遠く離れた辺境地帯で行われる悪事は表沙汰になりにくい。そして、もみ消されやすい。調査官に奪った金を一部握らせてしまえば、黙らせられるからだ。
正義感にあふれた調査官など派遣されてくることもなく、人々は泣く泣く持ち金の半分を差し出しては行き来していた。
しかもこの近くでは、自国より発展した隣国へと出稼ぎに行く者が多い。そのため兵士達は給与の何倍も通行税で儲けていた。

ある日、検問所に荷車を引いた中年の男がやってきた。疲れ切った顔をした、痩せぎすの小男である。
荷車の上にはまるで棺のような箱が一つ、ロープで固定されてでんと置かれていた。
さっそく見張りの兵士達がやってきて、男に持ち金を半分差し出すよう命じた。

「おっと、危険な物を持っていないか確認させてもらうぞ」

そう言って男の体を別の下っ端兵士がべたべた触る。
男は危険な物など持っているようには見えないが、これはただの口実であり、他に金を隠し持っていないかチェックしているのである。
とはいえ中年男は薄っぺらな上着に薄汚れたシャツとすりきれたズボン姿で、どう見ても何かを隠し持っていそうには見えなかった。

「異常ありません」

中年男は見た目の通り、差し出した財布の他に金を隠していなかった。
上役の兵士は「うむ」とうなずくと、財布の中身を広げる。
中には銀貨が十枚入っているだけだった。

「では通行税として、五枚置いて行け」
「は、はい」

男は大人しく指示に従い、銀貨を五枚差し出す。
それを受け取ってから、上役の兵士はちらりと荷車に置かれた箱を見た。

「あれの中身は何だ」
「妻ですよ。実は隣の国に夫婦で出稼ぎに行ってまして」
「ほう」
「ところが妻が、向こうで死んじまいましてね。俺はもう、一人きりで生きるなら生まれ故郷でひっそり暮らすことにしたんですよ。女房も死ぬ前、生まれ故郷に埋めてくれって言ってましたからね」

兵士は誰も、中年男の話を真剣に聞いてはいなかった。
もしかしたら、箱の中に金を隠しているかもしれない。その疑いだけを抱いていた。

「箱の中を調べろ」

上役の兵士の言葉に、下っ端兵士は露骨に嫌な顔をした。
それはそうだ。誰だって好き好んで死体をいじくりたくはない。

「し、死体をですか」
「いいから調べろ」

上役に逆らえば後が怖い。下っ端兵士はしぶしぶ、箱を開けた。
中には中年の女が横たわっていた。血の気はなく、首には安物のスカーフを巻いている。老けこんだ顔に刻まれたしわと、見た目の年齢の割に多い白髪が、苦労を重ねてきたことがうかがえる。

「生きていた頃には何一つ、洒落たもんを買ってやれませんで……うっうっ、俺が、俺が甲斐性無しなばっかりに……」

中年男が泣いている。
この安物のスカーフは、着飾ることもなく死んだ妻への罪滅ぼしのつもりらしい。

「もっとよく調べろ」

上役の指示に、下っ端の兵士は中年女の両脇に手を入れて持ち上げる。
それを見た中年男が青ざめた。

「なっ、何をしようってんです!?」
「うるさい、怪しい物を持ち込もうとしていないか調べるだけだっ」

下っ端の兵士は中年女の死体を横にしたり起こしたりして調べたが、金はどこからも見つからなかった。

「異常ありません」

報告を受けた上役は、中年男に「では通ってよろしい」と宣告した。

「ありがとうございます」

中年男は元通りに妻を寝かせ、棺のふたを閉めると、荷車を引いて検問所を通り抜け向こうへと消えて行った。


――やがて荷車が、検問所から望遠鏡でも姿を見とめることができないほど遠ざかった後。


「俺達は、必死に稼いだんだ」

中年男のつぶやきは、ガラガラと回る荷車の車輪に紛れる。

「安い賃金でこき使われて、雇い主に意地悪されながら、歯を食いしばってきたんだ。そうやって金を貯めたんだ。家買って、静かに暮らそうって、幸せになろうって、その一心でやってきたんだ。それを何で、半分もくれてやらなきゃいけないんだ。俺達の苦労も何も知らないあんたらに」

愚痴とも嘆きともつかぬことを口走ってから、男はハッとして周りを見渡す。
幸い、周囲に人はいなかった。今の言葉を聞いた者は誰もいない。

そのことに安心してため息をついてから、中年男は荷車の棺の中に眠る妻へと思いをはせる。

今は棺に横たわる中年男の女房は、とても献身的に尽くしてくれた。
同郷の出身で、結婚してからというもの、稼ぎの少ない中年男を支えるために家事の傍ら近くの工房で手伝いをして手間賃をもらい、出稼ぎにも付いて来てくれて、一緒になって働いてくれた。
いつか自分達の家を建てる、という願いをかなえるために。
病気にかかって寝たきりになると、もう薬を買う金も医者にかかる金も無駄だから必要ないと拒み、苦しんで苦しんで苦しみぬいて死んでいった。
ただ一言、最後に「死んだら生まれ故郷に埋めておくれ」と懇願して。

夫婦に子供はなく、中年男に残されたのは、妻と一緒に稼いだ金それきりだった。
だがこのままでは検問所で奪われてしまう。
妻が命を張って残してくれた分を含んだ、大事な金が、何も知らない連中の手に渡るのだ。
血のにじんだ金貨で、連中は鬱憤晴らしのために酒を買うのだろう。どこからか女を連れて来るのだろう。

それは耐えられなかった。

「俺と女房の金が、そんなもんに使われてたまるもんか」

棺の中で眠る妻。
彼女は死んでからも尽くしてくれた。
まさかその腹を裂いて、中に金貨の入った皮袋を詰め込んだなんて兵士達は思いもしなかったのだろう。
死体を動かしてまで調べ出した時はひやりとしたが、幸い金貨のぶつかる音もせず、気付かれずに済んだ。

「生まれ故郷に帰ったら、静かに暮らそう、な」

誰にともなくつぶやき、中年男は荷車を引く手に力をこめた。

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