プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 小春奇譚 二十五

<<   作成日時 : 2015/08/08 13:34   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「小春どのは働き者ですなあ」とは、小春に引っ付いてその働きぶりを見ていた蜂の言葉である。

「手を抜く様子もなく、黙々と仕事に励んでおられる。いやあ、なんと素晴らしい働きぶり。恩返しに働きたいと申しておられましたが、かえってこちらが恩を感じずにおれませぬ」

感服した様子で蜂は前足二本の先を合わせてこちらを見る。
正直なところ、てきぱき仕事をしたいというのに邪魔臭い。仕事に集中しようとしているそばで、ずっとこの調子でしゃべり倒しているのだから。

「ですが、この調子ですとさぞお疲れになるのでは? 適当に手を抜いて、もう少し楽に仕事をなさっても誰にも文句は言われますまいに」
「手を抜いたら、ちゃんと仕事をこなせない」

部屋の畳をほうきで掃き清めながら、小春は答える。本日三部屋めの掃除である。
適当に手を抜いたほうが楽、と言われるのは初めてではない。だが小春にはその「適当」の加減がわからないのだ。手を抜くと落ち着かず、後でこっそり手直しを入れたくなってしまう。
結果、がむしゃらに頑張ることになる。不器用な性分故の仕事ぶりだった。

「なんと仕事熱心なことでございましょう……!」

蜂は羽を震わせながら感嘆の声を上げると、

「そうだ、小春殿の仕事をもう少し楽にしてもらえるよう、わたくしから紅どのに掛け合ってみましょう。仕事熱心なのは素晴らしいことですしありがたいことですが、倒れられては大変です。命あっての物種、ですぞ」
「あ、ありがとう」

小春はぎこちなく礼を述べた。本心からではなく、話を合わせたに過ぎない礼である。
掛け合ってくれなくてもいいから、少し離れていてほしい。静かにしていてほしい。そうはっきり言えたらどれほど楽だろう。
実際に口にしたら蜂が傷ついてしまう、と思うと、小春はぐっとこらえてしまうのだった。

「いえいえ、これぐらいお安い御用でございますよ。ささやかな恩返しにございまする」

蜂の声に茶目っ気が混じる。

(旦那様、早く帰って来てくれないかな)

そうすれば蜂も離れてくれるのに、と小春は考えた。
話しかけられては返事をしているせいか、いつもより仕事の進みが悪い。おまけに疲れのたまり具合も違う。
同じ部屋で掃除をしている虫達はこちらに完全に背中を向けて、蜂を止めてくれる気配すらない。
まだまだ掃除する場所はあるのに、と小春が内心うなだれているとと、急にばたばたと足音が響き出した。
その足音は虫達のものだ。廊下を駆けてくる足音がした後、障子を開けて部屋の中に一匹が顔をのぞかせた。
そいつは近くにいる虫に「おい」と声をかけ、何やらひそひそと話をすると、他の虫達にも声をかけ、連れ立って慌ただしげに去って行く。
あっという間に、小春の周りにいた虫達はいなくなってしまった。

「おや、何事でございましょう」
「わからないよ」

蜂に答えながら、何故こちらには声をかけないのだろう、と小春は率直な疑問を抱いた。
これは朝のことが影響しているのだろうか。じわじわと仲間の輪から外そうとしているのかもしれない。そう思うと小春は胸が苦しくなった。

「わたくしめ、様子を見て参ります」

蜂までもが羽音を響かせ、虫が姿を消した方へと飛び去って行く。
これでやっと静かになったが……これではまるで仲間外れのようだ。
一人取り残された小春は、ほうきとちり取りを持ったまま、自分もついて行くべきかを思案した。
呼ばれていないということは、必要がないということだ。それなのに勝手な判断で行動したら、野次馬根性で仕事を放りだしたとみなされるかもしれない。
ちらりと足元に目をやれば、今しがた集めたごみと埃が小さく山を作っている。

(あたしの仕事は、こっちだから)

小春は再び手を動かし始めた。
そうだ、やるべき仕事があるのだからこちらを優先しなければ。
呼ばれたら行けば良いのだ。決して、意図的に除け者にされたわけではない。
自分にそう言い聞かせ、小春は手を動かす。

ぶうんと蜂の羽音が聞こえてきたのは、小春がちり取りに集めたごみを捨て終えた頃である。

「小春どの、旦那様と紅どのが戻られました」

蜂は少々慌ただしく、早口にそう伝えた。
小春は瞬きをした。
昼までには戻ると言っていたが、予想より早い帰りだ。
何せ昼げの仕込み作業すら始まっていないのだ。おそらく外出に飽きて戻ったのではなく、帰らざるを得ない事情が起きたのだろう。

「何があったの」

眉をひそめて小春が尋ねると、

「旦那様が拾い物をなさったのです。それが少々、面倒というか厄介というか、そんな物でして」

ばたばたと行き交う足音が聞こえてくる。拾い物とやらのために、虫たちがせわしなく動き出したようだ。
そういえば幸之進は、出がけに「面白い物を見つけたら拾てくる」と言っていた。一体何を拾ったのだろう。

「おおい、小春さんよぉ、ちょっくら来てもらえるかあ」

遠く離れた所――おそらくは屋敷の出入り口があるとおぼしき方向から、まとめ役の虫の声がする。

「今行く!」

遠くへ聞こえるように声を張り、持っていたちり取りとほうきは後で片づけることにしてその場に置くと、小春は声のした方へと駆ける。

「小春どの、こちらですぞ」

案内するつもりらしい蜂が前へと割り込む。

(ほら、ちゃんと呼ばれた)

小走りに廊下を駆けながら、小春はその点に安心していた。
やはり先ほどは、意図的に除け者にしたわけではなかったのだ。不安なあまり、少々疑り深くなっているようだ。
声のした方へと向かう途中ですれ違う虫達にだって、こちらをあからさまに避けたりする様子は見られない。

(あたしが勝手にびくびくしてただけなんだ)

考え過ぎは良くない、と小春は自省した。

蜂に案内されてたどり着いた場所は、屋敷の出入り口ではなかった。
どうやらある程度、中へと運んだ後のようだ。
出入り口はわからないままだ、と小春は少しだけ残念に思ったが、すぐにその気持ちを切り替えた。
切り替えざるを得なかった。

「ただいま、小春。いやあ、道中大変だった」

うっすらと息を切らせながら幸之進が言えば。

「旦那様、本当にこれを屋敷で世話するつもりですか?」 

紅が床の上に横たわる「それ」を見下ろしながら、わずかに顔をしかめている。
周りには幾匹か虫達がいて、桶に汲んだ水にひたした布で「それ」を懸命に拭いている。

「傷ついて死にかけているのを見捨てるなんて、可哀想じゃないか。助かる命なら助けてやりたいよ」
「私は反対です。旦那様に歯向かうかもしれませんもの」

紅は「それ」に対して良い感情を抱いていないようだ。

「紅、まさか、この子をもう一度外へと放り出せなんて言うつもりではないだろうね」

幸之進の声が低くなる。声の低さとともに、辺りの空気の温度も低くなったような錯覚を覚えて小春はぶるりと震えた。

「い、いえ、私はただ、旦那様の身に危険が及ぶようなことがあれば、と心配を申し上げて……」

紅がおろおろと幸之進を見つめ返す。小春にとっては初めて見る、動揺した紅の姿である。紅は思い人の機嫌を損ねたと悟り、普段の余裕を失うほど恐ろしくなったのだろう。

「僕のことは心配しなくていい。助けておやり」

幸之進がためいき交じりに告げると、紅はしぶしぶ、といった様子で虫達に指示を出し始めた。

「……小春さんの介抱に使った部屋へ運びなさい。ああ。、着ている物はもう駄目だろうから、体を綺麗にしたら脱がして別の物を着せるのよ。誰か、先に布団を敷いておいて」
「へいっ」

虫達が数匹、屋敷の中へと駆け出す。
その分場所に空きができたので、小春は、「それ」にそろそろと近寄り、そうっと見下ろした。

「それ」は、小春とそう年の変わらない少年だった。
ただしひどく衰弱し、横たわったままぐったりと目を閉じて不安にんるほど浅い呼吸を繰り返している。
ざんばらに垂れた黒髪や顔には枯葉と泥がへばりつき、どろどろに汚れた着物はあちこちが裂け、血のにじんだ場所もある。
一体何があったかは不明だが、こうなるほど心身をすり減らさなくてはならない、異常な状況下にいたことはわかる。

「小春さんよぉ、こいつに見覚えはあるかい」
「……ない」

まとめ役の虫に尋ねられ、小春はふるふると首を横に振った。
村にはこれぐらいの年の少年はいなかった。それに、単純に見覚えのない顔立ちである。
鼻筋の通った、やや強情そうな顔立ち。泥がへばりついた状態でもまっすぐで艶があるとうかがえる黒髪と、村の人間に比べて必要な栄養が足りているとわかる体つき。
……見ていると何だか落ち着かない気持ちになって、小春は少年の顔から目をそらした。

「そうか。じゃあふもとの村の人間じゃないんだね」
「はい、知らない人です」

幸之進が何やら考え込んでいる。

小春は、少年の顔に見覚えが無ければ、その格好にもなじみが無い。彼は着物の袖口と袴口を紐でくくり、皮の足袋の上にわらじを履いている。こんな格好、村では見かけたことが無い。

(変な恰好)

ちらりと目をやって、小春は再び目をそらす。
少年の格好は小春にとっては見慣れない、鎧直垂(よろいひたたれ)姿である。
この上に鎧兜を身に着け、刀をさすのである。だが少年が身に着けている中で防具と呼べるのは、脛あてだけだ。それも左足にのみ残っている。

「うん、知ってる奴なら小春さんに世話を任せちまおうかと思ってたんだが、そうじゃねえならあっしらで世話しまさあ」

どやどやと虫が集まって来て、少年の着ている物に、ぎざぎざのついた足をかけていく。
ぼうっとその様子を見ていた小春は、ぎょっとして声をあげそうになった。
虫達が引っ張る着物の下から、均整の取れた筋肉質な体がのぞいて見えたのだ。

「ああ、小春さんよぉ、これから脱がしますんで、離れてた方が良いと思いますぜ」

まとめ役の虫の言葉に、小春は顔を真っ赤にして慌ててその場を離れた。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

小春奇譚 二十五 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる