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zoom RSS 小春奇譚 二十三

<<   作成日時 : 2015/07/25 13:32   >>

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薄っぺらな物体と化した紙切れを片付け、飯を食う大部屋に入った小春は、そろりと中を見回した。
まとめ役の虫を見つけようとしているのだ。
とはいえ、小春はまだ虫の見分けがつかないので、特定の虫を見つけるのは困難を極める。そのため小春が頼りにしているのは聴覚、耳である。
まとめ役の虫の声を拾おうと、耳をすませる。彼はいつも食後に仲間の虫と他愛ない話に興じているため、部屋にいれば確実に見つけられるはずだった。

「小春さんよ、今日の粥も上出来ですぜ」

小春の分の粥が入った鍋をいそいそ運んできた虫が、声をかけてくる。たすき掛けで袖をくくった、すり切れた紺色の前掛け姿の虫だ。
他にも同じ格好の虫が、部屋の中で物を運んだり片づけたりと動き回っている。

「さあさあ座った座った。冷めないうちに食っちまわねえと、台無しでさあ」

小春の前にてきぱきと茶碗と小皿と箸を並べ、小皿に丸ごと漬けたなすの漬物を一本、茶碗に持ってきた鍋から粥をよそってそいつは去っていく。
今日の粥は溶いた玉子ときのこ入りだ。
小春は室内の物音や声に耳をすませながら、それらに手をつけた。
出来栄えに自信のある様子だったのに申し訳ないことだが、聴覚に意識を傾けているので味わい半分の食事である。

「なあるほど。それで、その後どうしたんでえ」
「それが、何とかなったんでさあ。後で見てみると良いですぜ。いやあもう、あっしはまた今度も駄目かと思ってひやひやしましたぜ」

この声だ。ちらりと目を向ければ、右手の方で二匹の虫が雑談をしている。
小春は粥をかきこむと、そちらに近寄った。
まとめ役の虫がすぐに気づき、黒い目玉をこちらに向ける。

「お、小春さんじゃねえですかい。どうしなすった」
「あの、具合の悪い虫がいるって聞いてから何日か経つけど、治ったって聞かないから……様子はどうなんだろうって思って」
「相変わらずでさあ。どうも治りが悪いようで、あっしらの部屋でまだ寝てますが……なあに、そのうち起きて働けるようになりまさあ」
「部屋って、初めに紅さんに連れて行かれた、木戸の部屋?」
「……小春さんよ、なんでまたそんなことを聞くんですかい?」
「様子を見に行こうと思って」

すると、辺りがしいんと静まり返った。室内にいる虫達の黒い眼球が、一斉にこちらに向けられる。
小春は内心慌てた。自分は何か、まずい言い方でもしたのだろうか。

「ええと、見舞いに行きたいなと思って」
「それにゃ及びませんよ」

言い直した小春に、まとめ役の虫が言葉を覆いかぶせてくる。
その声色が、先ほどまでと違って強張っている気がする。

「大丈夫でさあ。寝てりゃ、いずれ治りますんでね。まあ、ちょっと時間はかかるかもしれませんが」

まとめ役の虫は、やや早口にそう述べた。

「あっしらは頑丈ですからね、寝込むほど辛くたって大丈夫なんですよ。だからわざわざ見舞う必要なんかねえんですよ」

小春は戸惑いながらまとめ役の虫を見た。

何が大丈夫なのか。寝込むほど辛いというのに寝れば治るなんて、無茶苦茶な話だ。
病気で寝込むのというのがどれほど辛い状態を指しているか、また、弱った体が元通りに回復するまでにどれほどの苦労があるか、小春は知っている。
それなのに寝ていれば治るなどと、そんな簡単な話があるはずもない。

「だから何の心配もいらねえんですよ。あっしらのことはあっしらでやりますんで、気に病まんでくだせえ」
「でも……」
「小春さんよぉ、あんた……何か疑ってんですかいっ!?」

まとめ役の虫が、突然声を荒げた。
ここへ来てから初めてのことだ。小春は驚きと怯えで身がすくんだ。

「心配いらねえって言ってんでしょうが、ええ? それともあんた、そいつが仮病使って仕事をさぼってるとでも? だから様子を見たいって? ひでえ話だ、あいつは本当に寝込んでるってのに、それを疑うなんざ、あんまりですぜ!」
「そ、そんな、疑ってるわけじゃ……ただ、ちょっと心配で……」

ふと、不穏な気配を感じて小春は素早く周囲に目を向けた。
話を始めた頃よりも、室内にいる虫達が近くへ集まってきている。まるで、小春を取り囲もうとしているかのように。

(――怖い)

小春の体が震える。心臓の鼓動が馬鹿みたいに大きく聞こえる。
この状況でこれ以上「様子を見に行きたい」と頑固に主張を続けたら、きっとただでは済まないだろう。
小春は自問する。
果たして自分は、具合の悪い虫に対してそこまで思い入れがあるだろうか。その虫は、どうしても、命をかけてでも様子を見に行きたい相手だろうか。

「……わかった。大丈夫なら、見舞いに行かない……よ……」

緊張のせいで、のどが固くなっている。小春はひきつった声を絞り出すのが精一杯だった。

「とにかく、心配にゃあ及びませんから。あいつにも小春さんが気にかけてるってことは伝えときまさあ」

まとめ役の虫はその一言で話を切り上げると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。残りの虫達も、三々五々、部屋を後にする。露骨なほどにこちらを伺いながら。

最後に一人、大部屋に残された小春はしばらくの間うずくまっていた。恐ろしい思いをしたせいか、足に力が入らないのだ。
ぽたりぽたりと、冷や汗が頬を伝い落ちる。
小春はそれを拭う気力もなく、畳についた己の手を見つめていた。

具合の悪い虫の容体についてはわからない。
だが、それに関連する他の虫達について、小春はある一つの確信を得た。

(何かあるんだ)

彼らは間違いなく、何か隠し事をしている。それも軽々しくはない、恐るべき何事かに違いない。
まとめ役の虫の態度が、それを体現している。
心配いらないから見舞いの必要はないという一言で押し切られてしまったが、それは見舞いを断る理由としては苦しい。
隠し事をするのなら、できるだけ穏便に話を終わらせた方が良いことは明白である。その方が疑われず追及もされず、結果隠し通せる可能性も高くなるのだから。
この場合は、「病気がうつるから」とか「誰かに会うのも辛い状態だから、そっとしてやってくれ」とか、その辺りのことを言うものだろう。
なのにそうしなかったということは……まとめ役の虫は適当な理由を並べられるほどの余裕を失っていたことになる。
つまりそれほどの重大な隠し事、というわけだ。

それは一体何なのか?
――小春の頬を、また一滴、冷たい汗が伝った。

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