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zoom RSS 小春奇譚 十三

<<   作成日時 : 2015/05/16 10:45   >>

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「ああ、ひょっとしてこの頭が気になるのかい」

小春の態度から察したのだろう、彼は自身の頭部を指さした。

「異様だろうけど、あまり気にしないでおくれ。僕は子供の頃から親に袋をかぶらされていてね、一度も自分の顔を見たことがないぐらいなんだ。絶対に外してはいけない、って厳しく言いつけられているんだよ」

まるで幼いころからの癖の話でもするような、あっけらかんとした口調である。
小春は内心首をひねった。
子供の頃から袋をかぶらされていたとしても、自分の顔がわからないなどということがあるものだろうか。
風呂や散髪など、嫌でも袋を外さなければならない時はあるだろうし、何より当人が気になってこっそり外して自分の顔を見るぐらいはしそうなものだが。

小春は、ちらりと彼の容姿に目をやった。
太り過ぎも痩せすぎもしない、健康そうな体つき。察するに彼は自分より年上のようだ。そんな年齢の男が、果たして律儀に親からの言いつけを守り続けていられるものだろうか。
いくら厳しく言いつけられたとしても、いつか子はその言いつけを疎ましがって破るものだ。その結果から何かを学び、自己を確立していく。人間はそういう風にできている。
それをまるで幼子のようにこだわるなどと、どこか滑稽であり奇異である。

つらつらと思いを巡らせてみても、会ったばかりの小春にはその辺りの事情などよくわからない。
だが、一つだけ、彼の両親が我が子の頭に袋をかぶせた理由だけは何となく察することができる。
もし彼の頭部、とりわけ顔が人間の物ではなかったとしたら。
きっと、我が子を思うがあまりにそうしたのだろう。他者と違うどころか、忌み嫌われ恐れられる部分を持つ子供を守ろうとしたのだろう。

「それで、だけど」
「は、はい」

考えに没頭していた小春は、はっとして顔を上げた。

「素人考えになるけど、君の足はしばらく腫れたままだと思う。だから腫れが引くまでここにいるといい」
「え、ええっ」

その提案に、小春は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「遠慮はいらないよ。その足じゃ、とてもじゃないけど山のふもとまで帰れないからね。まともに歩けない人を追い出すなんて、非道な真似はしないさ」
「で、でも、ただでいさせてもらうのは……」

小春はおどおどと答えた。
人様の家に厄介になるなどと申し訳ない。おまけにこんな立派な部屋をあてがわれては落ち着かない。もう痛まないと言い張って、治りきらない足でここを出て行く自分の姿が見えるような気がした。

(そうだ)

その時、小春の頭に良さそうな案が浮かんだ。

「あ、あたし、働きます。助けていただいたんですから、恩を返さなくちゃいけません」

緊張した小春は、やや早口にそう述べた。
ただで置いてもらうから気兼ねしてしまうのだ。ならば何か役に立つことをする方がずっと良いと小春は思った。

「うーん……」

彼は袋越しに、おそらくはあごの部分に手をかけて考え込む仕草を見せる。

「君の気持ちはありがたいと思うけど、その足じゃ、ねえ」

言われて小春は布を巻かれた己の足に目を向けた。
確かに、今のままでは歩くことさえままなるまい。先ほど立ち上がろうとしただけで痛んだぐらいなのだから。
これでは役に立つどころかかえって迷惑をかけることになってしまう。

「す、すみません」

小春は恐縮し、猫のように背を丸めた。
ちょっと考えればわかることなのに、何て配慮の足りない人間だろう、と自分が情けなく思える。

「それじゃあこうしよう。足が治ったら、気が済むまでここで働いてもらおう。それでもいいかい」
「は、はい。よろしくお願いします、旦那様」

蜂は確か、彼のことをそう呼んでいたはずである。
頭を下げると、かすかな苦笑いが返ってきた。

「旦那様なんてやめておくれよ。僕は幸之進(こうのしん)。君は客人だからね、名前で呼んでくれてかまわないよ」

そうは言っても、足が治り次第働くことになった身の上の女が対等に名を呼ぶわけにもいくまい。

「は、はい。ええと、幸之進、さん」

名を呼んでみせると、何やら満足そうに彼――幸之進はうなずいている。目出しの穴から見える目が細められているところを見ると、上機嫌のようだ。
だが小春には、二度とその名を呼ぶつもりはなかった。後は旦那様と呼ぼうと決めていた。
後々働き出してから、他の使用人との間に妙な溝が生まれるようなことがあってはまずい。今のうちから身の程はわきまえねばなるまい。

小春の内心を知ってか知らずか、幸之進は蜂に向かい、

「紅は今どうしているかな」
「先ほど見かけた時は洗濯物を干し終えたところでしたから、今は休憩しているかと」
「じゃあ呼んできておくれ。働いてくれるというのなら、早いうちに顔合わせをしておいた方がいいからね」
「はい、只今」

蜂が、ぶうんと欄間の向こう側へ飛び去っていく。

「……あの蜂は、僕が生まれてからずっと仕えてくれているんだ。なかなか優秀な奴だよ」

その様を見送りながら、幸之進がぽつりとつぶやく。

「は、はあ」

そう言われても、何とも答えようのない小春である。
蜂が人間の言葉を話す時点で普通ではないのに、さらに上塗りされるとは。
彼の話が本当だとすると、あの蜂は一体何年生きているのだろう。

「それと、紅は僕より二つ年下でね。ここじゃただ一人の女性なんだ。家の中のことを色々まとめてくれているよ」

ただ一人の女性、ということは、幸之進が話した「手当てを頼んだ下女」というのは彼女一人を指すということだ。
てっきり数名いるものと思っていた小春は、まだ会っていない紅に頭の下がる思いだった。
一人で誰かを手当てするのは大変なことである。意識のない状態ならなおさらだ。
よくお礼を言っておかねばと思うと同時に、仲良くなれたら良いな、と少しばかりの願望が芽生える。

「わからないことがあったら、何でも聞くといい。僕より家の中のことには詳しいからね。年下だけど、まるで母さんみたいに頼りになるんだ」

そこで小春は、ようやく「ん?」と疑問に行きついた。
年下の女性を捕まえて母親に例えるとは、どうも妙な物言いである。
そういえば、紅というのがここではただ一人だけの女性なら、彼の両親のうち母親はどうしているのだろう。

「あの、あなた様のおっかさん……あ、お母様は……?」

小春がおずおずと質問を投げかけると、目出しの穴からのぞく目に陰りが見えた。

「……親は二人とも、ずいぶん前に死んじゃってね」
「ご、ごめんなさ……あ、すみません」

悲し気に紡がれた言葉に、小春はうつむく。
身内の死を語るのは辛いことだ。たとえ何年経とうとも、するりと何事もなく口にできるものではない。
小春だって、母親がいないことを語る時には、胸の奥にとげが刺さったような気持ちになる。顔も声もわからないからといって、何とも思わぬわけではな

いのだ。
おっかさんという響きは暖かい。だが時として何とも言えぬ物寂しさを覚えさせる。

(ばあ様……)

小春の脳裏を、ふと、唯一生きている身内のことがよぎる。
生け贄に選ばれて村長の蔵に閉じ込められてから、結局、一目も見ていない祖母。
村の者が世話をすることになったそうだが、今頃どうしているのだろう。正気に戻ってくれただろうか。
様子を見に行きたい、と小春は強く思った。

「ああ、ごめんね。そんなに深刻に受け止められるとは思わなくて。その、本当に気にしなくていいんだ。もう昔のことだから」

妙に慌てた様子の幸之進が、沈んだ小春の意識を引き上げた。
顔を上げると、合いかけた視線をそらされる。

「ええと、その……はい」

沈黙したのは彼を憐れんだのではなく、全く別のことを考えていたからなのだが……わざわざ伝えて不快な思いをさせる必要はない。小春はあいまいに濁しておいた。

「お呼びでございますか、旦那様」

そこへふすま越しに、凛とした女性の声が届いた。
どうやらこの声の主が紅という女性のようだ。
さて一体どんな女性なのやら。小春はやや緊張しながら登場を待った。

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