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zoom RSS 小春奇譚 八

<<   作成日時 : 2015/04/11 13:17   >>

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社の前には石段がある。
淵は欠け端は土に埋もれ、あるいは崩れしてはいるものの、一応石段としての役割は務まる。
ここまで来れば後はここを階段を登るだけだ。
輿の担ぎ役の男達は、これで辛い役目からも解放されると最後のひと踏ん張りを見せた。
赤らんだ顔で息を上げながら「えっほ、えっほ」と声を掛け合い、輿を運んでいく。生命力を感じさせる、力強い姿だった。

小春は、男達とは対照的に青白い顔で震えていた。
その姿を見た者は、おそらく生け贄になることへの恐怖心と怯えからだと思うだろう。小春の胸の内になど気付くことも、深入りする気もないままに。
小春が今にも倒れそうな様子だったのは、ひとえに太兵衛から受けるであろう恐ろしい仕打ちからどう逃げようか、避けようかと策を巡らせたものの、これはと思うものが浮かばなかったためである。

もし、太兵衛が自分に手を伸ばしてくるようなことがあったら――結局、どうにかして逃げるしかない。逃げきれぬとわかったら、その時は死に物狂いで暴れるのみ。

(それしか、ない)

小春は唇を強く噛みしめる。結局のところ、そんな抵抗の仕方しか浮かばない自分に歯がゆさを覚えながら。
言ってもわからぬどころか、都合よく解釈するような相手では、話をしてあきらめてもらうなど不可能だ。ならば最終的には力で抵抗するしかない。だからこれでいい、と小春は思った。
……小春は、まだ男と女の最終的な違いについて理解する年齢の娘ではなかった。
いくら太兵衛が病弱で生白いやせっぽちだとは言え、しょせんは男と女。おまけに太兵衛は身長だけなら村一番。小春が力で排除にかかったとしても押さえこまれたらおしまいだとは想像もついていなかったのだ。
力でどうにかする、できると信じている。

小春が震えている間に、輿は石段を登り切っていた。
輿は神社の前に降ろされ、小春は久々に地面と平行な視界を取り戻した。

神社は建てられてからだいぶ年月を経ており、全体的に斜めに傾いていて朽ちた部分が目立つ。
だが小さな村のこと、なかなか手が回らずに中途半端に木材を充てて修繕した跡があるだけで、ほとんど放置されたも同然の有り様だ。

「さあ、中に入って座ってろ」

小春は言われるがまま、輿から立ち上がって神社へと向かった。
ギシギシと床板のきしむ階段を上り、神社の中へと続く戸の前に立つ。
上半分に格子のついた神社の戸は、やはり朽ちた部分が目立つ。押しただけで外れてしまいそうな気さえする。
小春が恐る恐る押してみると、つい、と、戸は簡単に開いた。
中は前日に慌てて掃除をしたのか、蜘蛛の巣はなく床のほこりもない。
だが足を踏み入れてみると、床板の痛みようが怪談の比ではないことがわかった。音が鳴るばかりか、足を乗せただけでべこりとへこむ部分もある。床板が全体的に腐っているのだ。さすがに穴が開くほどではないが。
小春は中央部分までしずしずと進むと、戸の方に向かって座った。

「あとはここで大人しく待ってな。そのうち神様が来てくださるだろうよ」

担ぎ役の男達が並び、小春に向かって手を合わせて拝む。

その男達の後ろに、太兵衛が並んだ。ずっと遅れて付いて来ていたが、ようやく追いついたのだ。
ずいぶんとくたびれて満身創痍といった風だが、目だけがぎらぎらした異様な姿である。
ぞっとせずにいられない。
小春は目を伏せ、太兵衛を視界から遠ざけた。

ほどなく、小さくきしみを上げながら、神社の戸が閉められた。
これで輿担ぎ役の男達は役目を果たしたことになる。

「はあ、終わったな」
「ご苦労ご苦労。とっとと引き上げるとしよう」
「後で村長が膳を立ててくれるらしいぞ」

気楽そうな声。同じ村の娘が犠牲になるというのに薄情なことである。
小春は少しばかり恨めしい気持ちになった。

「なあ。見張り役とかはいらないのか?」

そこで、太兵衛がとんでもないことを言い出した。
おそらく何か理由を付けて、自分が残るつもりなのだ。
小春は格子の部分を見上げたが、そこからは神社の周りの木ぐらいしか見えなかった。
これでは何もわからない。小春は息をひそめて、成り行きをうかがうことにした。
太兵衛を連れ帰って欲しい、と強く祈りながら。

「馬鹿言ってんじゃねえ。そんなもんいらねえよ」
「でも、山犬だのが出て小春を食っちまったらどうすんだ」
「うるせえっ。ぐだぐだ言ってんじゃねえよ、この役立たず!」

すぱん、と殴る音がする。

「何だ、その目は。文句でもあるのかよ、一丁前に」
「お、俺は、神様への生け贄が獣に食われてなくなっちまったら大変だって……」
「ほお〜……で、お前のそのひょろひょろした体で獣に勝てるってのか? え? お前が獣に食われるのがおちだろうよ」
「その方が良いんじゃねえのか? こいつの家族も食いぶちが減って、楽になるさ」
「ああ、まったくだな。太兵衛、親孝行は早い方がいいぞ」

ぎゃははは、と悪意に満ちた笑い声が響く。
小春はそれを複雑な思いで聞いていた。
太兵衛のことは嫌悪している。だがそれを差し引いても、ずいぶんな言われようだと思う。
確かに太兵衛は病弱で、野良仕事はおろか村の男達が共同で行う作業にも加わらずにいる。そのため村の男達から爪はじきにされているのだが……死ぬのが親孝行とまで言われるとは。

「お前ら、いい加減にしろ」

一番年長の担ぎ役の声が、割って入る。
たちまち笑い声は納まり、辺りには静寂が戻った。

「……いいから、村に戻るぞ」

ぞろぞろと連れ立って立ち去っていく足音。
やがて神社の前に人の気配がなくなると、ようやく小春は一息をついた。
担ぎ役の男達は、太兵衛を引っ張って行ってくれたようだが……まだ安心はできない。戻ってくる可能性もあるのだ。

小春は素早く神社の中を見回した。
目の前の戸以外に入口はないようだが、いざという時に太兵衛を撃退するのに使えそうな、棒の一本すらない。
ならば今から何か道具になりそうな物を調達しに外へ行こうか。いや、戻ってきた太兵衛と鉢合わせでもしたら一貫の終わりだ。

いっそここを逃げ出そうか。生け贄役など知ったことではないと、そう割り切って。

だが……。
小春は小さく頭を振る。

ここを逃げ出して、それでどうなるのだ。
まず村には戻れまい。ならよその村へ行くしかない。だが、どの村だって、よそ者を簡単に受け入れてはくれないだろう。
村にいた時よりもずっと辛い暮らしが待っているのは間違いない。その辛さとは、精神的苦痛にとどまらぬ、死活問題につながる辛さだ。
逃げ出しても逃げ出さなくても、いずれ苦痛が待ち受けている。それを自力でどうにかしなければならない。誰の助けも期待できない。

……もしも、自分が物事を割り切れる胆の太い人間だったなら、人生はもう少し良くなっていたのだろうか?
神社の中で一人、小春は目の前の戸をにらみ続けた。

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