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zoom RSS 小春奇譚 七

<<   作成日時 : 2015/04/04 13:39   >>

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山の中にある神社までの道は、決して平坦なものではなかった。
ただでさえきつい登り道。さらに天候の悪さからあちこちにぬかるみが出来ていて、歩きにくいことこの上ない状態だった。
一応、生け贄を差し出すことが決まった際に村長に命じられた者が鉈や鎌で草刈りをし、開いた穴を土や石でふさいで道を切り開きはしたが、歩きやすさには繋がらなかったようである。
そんな道を、ましてや輿を担いで行くのはどれほど難儀なことだろうか。

当然、上に乗っている小春ものほほんと座っていられない。山に入ってしばらくすると、もう手すりにしがみつくしかない状態だった。
しがみつきながら、小春は心苦しくていたたまれなくて、たまらなかった。たとえ自分を生け贄に差し出すためだとしても、自分のために誰かが苦労するのは申し訳ない気持ちになるのだ。
小春は恐る恐る、自分で歩くと申し出てみたが担ぎ役の男達は認めなかった。

「だいたい、こんな所をどうやって素足で歩くつもりだ」

そう言われては、小春も引き下がるしかなかった。
――男達としては、輿に乗っていてもらった方が面倒がないのだろう。
小春は大人しく、手すりにしがみついているしかなかった。

「おい太兵衛、しゃきっとしろ」

担ぎ役の男の一人が、苛立たしげな声を上げる。

「さっさと歩け。待ってなんかやらねえからな」
「わ、わか……ってる……っ……」

だいぶ後ろの方で、ぜえぜえと荒い息をつきながら答える太兵衛の声がする。見るまでもなく、体力的に限界が近いようだ。

「だからお前には務まらんと言ったんだ」
「結局面倒かけやがって」
「いいからもう、ここから帰れ」

担ぎ役の男達が、続けざまに太兵衛に向かって罵り始める。輿を担いで山道を行く苦労の、うっぷん晴らしだろう。
太兵衛は山に入る前から、すでに輿から遅れて付いて来ていた。
これは持たんぞ、と担ぎ役の一人がぼやいていたのだが、案の定、太兵衛は山に入ってほどなくへたばって、ふらふらしながらだいぶ離れた位置を付いてくる羽目になった。
ずいぶんな執念である。そのまま帰ってくれれば良いのに、と小春は内心腹を立てた。

「まったく、役に立たねえくせに付いてきやがって。交代なんぞいらん。もう帰れ」

先頭の右側の棒を担いだ男が、犬でも追い払うようにして言い捨てると、

「……嫌だ……帰らねえぞ……」

普段のか細い頼りない声からは想像もつかない、低い声が返ってきた。
覚悟を決めた度胸のある声ではない。何か陰湿な空気を含んだ、ぞっとする声だった。
小春は直感した。
太兵衛は何かを企んでいる。悪いことか嫌なことか、とにかく善行でないことだけは確かだ。
それは一体何だろう。想像しかけた小春は、心臓が凍り付いて行くような感覚を覚えた。
――まさか。
手すりを掴んだ手が急に熱を失い、震えだす。
普段の太兵衛の、自分に対する振る舞い。そして明らかに無理をしてでも付いてくる執念。
太兵衛はこれが最後になるのならばと、恐ろしい暴挙に出るのではないか。

決して気のせいだとか、小春の考えすぎなどではない。
その証拠にじっとりとした視線が、小春の背中を刺していた。

「あのさ」

何とかしなければならない。太兵衛を遠ざけなくてはいけない。
小春は必死に、震える声を絞った。

「疲れてるんだろ。帰って寝た方がいいよ。体壊すよ」

顔を向けないまま、後ろの方にも聞こえるよう、声を張る。
この視線を向けてくる相手と顔を、視線を合わせる気にはなれなかった。

小春が担ぎ役の男達に賛同したのは、太兵衛が付いてくることに対して否定的なのだと示しておきたかったからである。
あわよくば、そうすれ担ぎ役の面々が「帰れ」ともっと強く出てくれるかもしれないと期待してもいたが。

「へへへぇ……小春、お前、俺のことが心配なのか……?」

小春は思わず顔をゆがめた。
機嫌のようさそうな、それでいてからりとしない、ねっとりとした声。まるで体にまとわりつくようだ。手足を振り回して、気色悪さを振り払いたい衝動に駆られる。

「大丈夫だって。俺はお前を見送るって決めたんだ、まだ帰るわけにはいかねえよ」

小春の言葉は、都合良く解釈されてしまったようだ。

(心配して言ってやったわけじゃない……!)

小春はギリギリと奥歯を鳴らした。
……とにかく突き放さなくては、後が危険だ。小春は意を決した。

「勝手なこと言うなっ。見送りなんか頼んでない。帰れ」

小春は声を荒げた。生まれてこの方、数えるほどしかしたことのない言い方だった。

「そんなこと言うなよなあ。俺達、昔馴染みだろう? お前がちびの頃からよおく知ってるんだぜぇ?」

しかし太兵衛には、まるで聞く耳はない様子だ。
……そうだった、と小春はこの状況に既視感を覚えた。
昔から太兵衛は、年下の子ばかりと群れて、その中で兄貴ぶって、言い争いやいざこざが始まると、どちらが正しいかどうかではなく自分が年長者だぞと脅して、意見を押し通していたものだ。
この時代特有の、年長者を敬うべしという風潮。それを彼は利用していたのだ。
年下の子供ばかりと群れていたのは、その風潮に加え、ちょっと脅かせば大人しくなるからだろう。年上の連中とつるまなかったのは、その手が通用しないからだろう。
太兵衛はまた、自分に都合のいい勝手な理由を振りかざして意見を押し通そうとしている。小春が言いなりになるものと思っている。まだ小さかったころのように。

「うるさい、そんなこと関係ないだろ。あたしが昔みたいに言いなりになるって思ったら、大間違いだっ」
「昔馴染みの情けじゃねえか。黙って受け取れよお」
「情けなんかいらないんだよ、とにかく――」
「もう静かにしろ!」

担ぎ役の一人が、うんざりした様子で口をはさんだ。

「こっちは道中、ただでさえ難儀してんだぞ。なのに喧嘩の仲裁までさせるつもりか? 冗談じゃねえ」

はっとして、小春は口をつぐんだ。
確かに、神社までの道のりはまだ途中で、これからも苦労することだろう。考えただけでもどっと疲れる話だ。
すんなりとはいかない道中で喧嘩が始まったら、より疲労感が濃くなることだろう。
担ぎ役の男は、余計なことをして煩わせるなと言いたいのだ。

「なあ? 付いていくのはいいだろ? 俺、間違ったことしてないだろ?」

太兵衛はここぞとばかり、担ぎ役の男に賛同を求めている。

「知らん。付いてくるってんなら勝手にしろ。おぶってなんぞやらんからな」

呆れた様子で、担ぎ役の一人が言う。
他の担ぎ役も、それで引き下がる気になったらしい。輿は再び山道を進み始めた。
何ということだろう、と小春は絶望的な気持ちになった。
そんなにあっさり引き下がられては困る。だいたい、引き下がるべきなのは太兵衛の方なのに。

「お願いだから、太兵衛を帰らせてやって」

小春は担ぎ役に声をかけた。

「いやいや、もう好きにさせておけ。どうせそのうちへばって動けなくならあ」
「馬鹿は放っておくのが一番だ」

だが返ってくる言葉は「めんどくさいから放っておけ」と言いたげなことばかり。
皆、そう経たないうちに太兵衛が身動きすらできなくなると思っている。
……執念にとらわれた人間が、体の疲れ程度で大人しくなるものではないというのに。

(一体どうしたら……)

神社に置き去りにされた後、一人きりになった自分を待ち受ける事態を想像すると……歯の根が合わぬほどの恐怖を覚える。
そんな目には絶対にあいたくない。ならば、そうならないためにどうするべきか。
小春は震えながら、必死に策を練っていた。とはいえ、軍師でもない小娘の頭では、出てくる策などたかが知れているだろうが。

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