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zoom RSS 小春奇譚 六

<<   作成日時 : 2015/03/28 15:37   >>

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次の日、小春を生け贄として捧げるための準備が、慌ただしく始まった。
生まれて以来何度目かの湯浴みをし、白い長襦袢に赤い袴、そして真っ白な内掛けをかけ、伸び放題だった髪をていねいに整えて結わえられ、唇に紅を乗

せた小春は、みすぼらしさが消えてそれなりに見られる姿だった。
普段みすぼらしかろうと、年頃の娘は着飾れば変わるものだ。
顔を見せた花はそんな小春を一瞥すると、面白くないと言わんばかりにそっぽを向き、どこかへ行ってしまった。おそらく衣装ばかりが立派な、こっけい

な姿になるとでも思い込んでいたのだろう。

「すまんな、小春」

村長の家の庭先で、使用人や村人が支度に大わらわになっている姿を横目に、村長が一言そう告げた。
生け贄にすることへの詫びか、娘のことについての詫びかは定かではない。
対する小春は黙りこくったままだった。
気力が完全に削げていたのだ。
昨夜は安穏と眠ることなどできず、結局一睡もしないまま夜明けを迎えたためである。
眠れぬ夜の、なんと長いことかを小春は初めて知った。

祖母のことは村の者が交代で面倒を見ることになった。
生け贄の役を代わって引き受けることになった理由を知ってか、誰も異を唱えなかったらしい。
……皆、初めから小春を差し出す腹積もりでいたのだから、覚悟はしていたのだろう。

削げた気力では物を考えるなどおっくうなところだが、それでも小春は気がかりで仕方ないことがあった。
それは、祖母に起きたというある変化だ。村人がひそひそと話すのを聞いてしまい、それがずっと引っかかっている。
何でも、小春が家から連れ出された後、起きている間じゅうずっと念仏を唱え続けているという。
鬼気迫る表情で、ひたすらひたすら、飯を食うのも水を飲むのも忘れたように。そうして、やっと静かになったと思うと眠っているそうだ。座ったままの

姿勢で。
孫を心配してのことか、それとも奪われる恨み故なのか、それはわからない。

(ばあさま……)

心配でたまらないが、小春にはもうどうもしてやれない。家には帰してもらえないのだから。
せめて最後にもう一目だけでも、と思ったが、それは叶わない様子だった。

村の男衆が、輿を担いで現れる。

「ご苦労」

村長が声をかけると、男衆は「降ろすぞ」「おう」と声をかけ合い、輿を地面に降ろして膝をつき、待機の姿勢を取った。
輿は足首ほどの高さの手すり棒に囲まれた四角い板の四隅に担ぎ棒がついた簡素な作りで、板の上に生け贄を座らせて運ぶのだ。
何故そんなことをするのかというと、生け贄役を素足にするためである。
山の中にある神社から素足で逃げ出すのは、容易ではない。生け贄を逃がさないための策だった。

輿の担ぎ役は当然、力のある者が選ばれるのが普通だが……その中に、小春をおぞましい気持ちにさせる者がいた。
太兵衛だ。
力などあるはずもないくせに、担ぎ役をすると言って譲らなかったらしい。
しかし村人もやる気だけではどうにもならんと見たようで、担ぎ役のあくまでも交代としてなら連れて行ってやってもいい、と伝えたそうだ。
太兵衛は不気味なほどの上機嫌で、むやみに張り切って準備に追われていた。その最中、ちらちらとこちらを見てくるのがまた鬱陶しい。
小春は目を合わせないよう、注意した。

「これで整ったな」

村長がつぶやき、集まった村人達の方へと向かう。

小春は何となく、そちらに目をやった。
菊子とその両親は、集まった村人達の一番後ろの方にいて、遠巻きにこちらを見ていた。
少しは後ろめたさを感じているようだ。

「皆の者、聞いてくれ」

村長が静かに告げると、村人達の間に緊張が走る。
そうして小春に向けられる、憐れみの目と気づかわしげな表情の数々。
――畑仕事と祖母の世話に追われていた頃は、向けられることなどなかったのに。

「夏だというのに今日も相変わらず、曇り空だ。おそらく天の神様がお怒りで、お日様を隠しておられるのだろう。お怒りを解いていただくため、生け贄

を差し出すことにした」

村長は小春に向き直る。

「小春がその役目を引き受けてくれた。村を救うため、我々を救うため、その身を捧げてくれるのだ」

菊子が気まずげに目を伏せるのが、小春の視界の端に映る。

「我々は小春に感謝をせねばならん。皆、小春のことを忘れるでないぞ」

村長の朗朗とした演説は続く。
それをぼんやりと聞き流していた小春の元へ、そそくさと使用人の中年女がやってくる。

「……さ、乗って。足をたたんで座るんだよ」

中年女にうながされ、小春は、担ぎ役の控えた輿にそっと足を乗せた。
座り心地など一切考えていない、固い板の上で足を折り畳み、背すじを伸ばして前を見る。
その向きに太兵衛はいない。ならばこそ安心してそちらをまっすぐ見ていられた。

輿が、ゆっくりと持ち上げられていく。

「ひえっ」

途端、小春はぐらりと姿勢を崩し、前へとつんのめって手をついた。おかげで顔はぶつけずに済んだが、まるで蛙のような格好である。
おどおどしながら立て直すと、小さく「くす」と笑う声が聞こえた。
ちらりとそちらに目を向けると、花が口元を手で隠しながら見下した笑みを浮かべていた。人が無様な姿をさらすのが、よほど楽しくてたまらない性分の

ようだ。
花に対する意地悪だという評判が、まったくもってその通りだと……いやそれ以上のものだと、小春は実感した。

担ぎ棒が男衆の肩に乗ると、輿は安定した。
力持ちであると同時に、背丈の高さも同じぐらいの男が集まっているため、高さは一定のところで収まっている。
もし太兵衛がこのどこかに入ったなら、高さの均衡が崩れてしまうだろう。

「小春、村のためだ。どうか勤めを果たしてくれ。村を救ってくれ」

様々な思惑と、感情をはらんで――小春は、生け贄として村から送られた。

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