プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 小春奇譚 四

<<   作成日時 : 2015/03/14 17:19   >>

トラックバック 0 / コメント 0

くじ引きによる生け贄の選定が済むと、あとは各々帰ることとなった。
菊子の父親は微動だにしないまま、ぼうっと突っ立ったままだった。

「村を救うためだ。どうかこらえてくれ」

村長はそう声をかけたのだが、菊子の父親から返事はなかった。相当、精神的にこたえたのだろう。
帰るためにその横を通り過ぎる者は、誰もが目を伏せていた。
ちづに続いて小春は菊子の父親の横を足早に通り過ぎ、村長の家を後にした。

村長の家を出ると、陰鬱なくもり空が出迎えた。
肌寒い風が手足をすり抜けていく。また一雨来そうな天気である。

ちづと小春の家がある方向は同じである。
先に出たちづの後ろを、小春は黙って歩いた。
駆け寄って「一緒に帰ろう」なんて言う気分ではないし、だいたいそれほど親しいわけでもない。
もう少し距離を開けようか、と小春が考えて立ち止まると、急にちづがくるりと振り向いた。
気まずそうに、首を縮こめてこちらをうかがっている。

「ねえ、小春さん」

ちづは言いにくそうに口を開く。

「あたし達、悪くないよね」

おそらく罪悪感をごまかしたくてたまらないのだろう。
ちづの口から出たのは、そんな気持ちのくみ取れる言葉だった。

「うん……くじ引いて決まったことだもん」

小春は力なくうなずいた。
こちらに非がないのは確かだが、だからといって堂々とできるものでもないのもまた確かである。

「誰が生け贄になるかなんて、神様でもなきゃわかんないもんね。しょうがないよね」

まるで自分に言い聞かせるかのように、ちづはぶつぶつと言葉を並べていく。

(そうだよね)

ちづの言葉に、小春は内心でもう一度うなずいた。

誰が生け贄になるかなんて、くじ次第だ。自分達の誰が生け贄になってもおかしくなかったのだ。
話し合って生け贄を決めたわけじゃないし、自分達のせいではない。
そう、責められるいわれはないのだ。
……そういう風に思わなければ、罪悪感を追い払えそうになかった。

言葉を並べていくうちに、気分が落ち着いたのだろう。ちづは「それじゃ」と小走りに行ってしまった。

――二人は知らない。
くじ引きには村長の手が存分にかかっており、少なくとも村長の娘である花が選ばれることは絶対になかったのだと。
そして、村長や男衆の思惑とは違う結果に終わったのだということも。


小春は家に帰ると、いつものように祖母の世話をして畑の草むしりをして過ごした。

「村長さんのところで、どんな話があったんだい」

祖母からの問いかけには、正直にくじを引かされたと答えた。
ごまかしても仕方のないことだ、と思ったからだ。

祖母は「そうか」と一言答えたきり、それ以上何も聞いて来なかった。
きっと自分の孫娘が選ばれなくて良かった、と思うと同時に、選ばれてしまった娘を憐れんでいるのだろう。

そうしてやや気まずい時間が流れ、夕げの時刻となった。
ほとんど汁だけの雑炊と、少しばかりの菜っ葉の漬物が小春と祖母の常食である。
手を合わせ、一口すすったところで、どんどんどん……と家の入口の木戸が乱暴に叩かれた。

「はあい」

相手が太兵衛でなければよいのだが。
少しばかり心配しながら、小春は木戸を開けに行った。
木戸のつっかえ棒を外すやいなや、がらっと木戸が開いた。
どうやら来訪者は相当に気が急いている様子である。

「邪魔するぜ」

そう言って入り込んできたのは、菊子の両親だった。
二人とも目に恐ろしいほどの力がこもっており、ギラギラとしている。

「おい小春。お前、うちの菊子と代われ」

菊子の父親は、出し抜けにそんなことを言い出した。
いきなりのことで小春は面食らい、何も言えなかった。
代われ、というのは……代わりに生け贄になれ、という意味だろうか。

当然だが、すんなり了承できる話ではない。掃除や収穫の手伝いの話とは違うのだ。
菊子のことは哀れだと思うが、代わってやりたいとまでは思えない。

「菊子はあんたより五つも年下なんだよ。そんな子を生け贄になんて、酷い話だと思わないかい?」

ずい、と菊子の母親が嫌な笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。一応笑みの形を作ってはいるが、何かきっかけさえあれば一瞬で般若の顔に変わりそうな、そんな笑みだ。

「菊子が生け贄に選ばれたのかい」
「ああそうだよ。こんなこと、何かの間違いだよ」

気づかわしげな小春の祖母を、菊子の母親はねめつけた。

「で、でも、くじで決まったことで……」

小春がおろおろとしていると、

「お前のせいなんだよ!」

菊子の父親が、いきなり小春の胸倉をつかんだ。
血走った目。だいぶ興奮しているようだ。

「なんでお前、生け贄にならねえんだ!?」
「元はといえば、あんたがくじで生け贄にならなかったからだ! あんたが生け贄になるのが一番良かったんだよ!」

菊子の母親が甲高い声で小春をののしる。

「そ、そんな」

思わぬ言葉に小春は震えた。
二人は、とどのつまり菊子の身代わりになって死ねと迫っているのだ。

「そうだ! お前が生け贄になるもんだって、みんな思ってたんだからな!」
「お願いだよ、小春に乱暴しないでおくれ……」
「うるせえっ」

すがりついた祖母を、娘の父親がはり倒した。
土間に転がった祖母は、痛々しくうめいてうずくまる。

「ばあさまっ」
「菊子と代われ! さもないと、お前のばあさんもただじゃおかねえぞっ」
「あんたがいなくなっても、困るのはばあさん一人じゃないか! 菊子はね、菊子は違うんだよ、あんたとは、違うんだよ!」

祖母をはり倒し、自分の胸倉をつかんで脅迫し続ける菊子の父親。感情的にののしる菊子の母親。
目につくもの、聞こえてくるもの、その全てが自分を攻撃してくる。
小春は混乱と恐怖の中で、ただ一つ理解した。

(みんな、あたしに生け贄になって欲しかったんだ)

皆が、こいつなら村のために犠牲にしてもかまわない、と自分のことを値踏みしていたのだ。
言われてみれば、あの時村長が動揺したように見えたのも合点がいく。
くじで生け贄にならずにすんで内心喜んだ自分が馬鹿みたいだ、と小春は思った。そんなの、誰もが望まない結果だったのに。

「……わかった。あたしが菊子の代わりに、生け贄になる」

小春は小さく、そう答えた。
この事態をどうにか収めたい気持ちが半分と、「どうせうなずくまで帰らない」「どうせ生け贄になる運命だったんだ」と自暴自棄になったのが半分だった。

「よし、確かに聞いたぞ!」

娘の父親は、乱暴に小春を離した。
あまりに急だったので、小春はそのまま後ろに転んで尻をついた。

「じゃああたい、村長さんに伝えてくるよ。あんた、しっかり見張ってなよ」
「おう、早くしろ」

菊子の母親は実にうれしそうに、外へと駆け出した。
そうしてやっと、狭いあばら家の中に静寂が戻ってきた。

「へっ、もっと早くに『うん』と言ってりゃあ、ばあさんも痛い目にあわなくて済んだろうよ」

小春の祖母を一瞥し、菊子の父親はどっかりと家の入口の前に腰を下ろし、にらみをきかせる。
家の入口はそこだけなので、こうなっては出ていくことはできない。
知らせを聞いた村長か誰かが来るまで、本当に見張り続けるつもりだろう。

「ばあさま……」

小春は祖母を抱き起こした。

「ばあさま、だいじょうぶ……?」

見れば祖母の額や頬にはすり傷ができていた。しわだらけの顔に血がにじむ様は惨たらしい。

「ああ、このぐらい、なんて事ないよ……」

それから、声をひそめて、

「ひどい奴らだよ。自分の娘かわいさに、こんなひどい役目をおっつけるなんて……」

菊子の父親は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。娘が助かるとなれば、後はもうどうでも良いらしい。
祖母は気づかわしげに小春の頬を両手で包み、優しくなでさすった。何度も、何度も。

「あたしは、大丈夫だから」小春はそう言おうとしたが、できなかった。
みるみるうちに視界がにごり、声がつまっていく。
祖母のやさしさが、いたわりが、胸に痛かった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

小春奇譚 四 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる