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zoom RSS 小春奇譚 三

<<   作成日時 : 2015/03/07 18:11   >>

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村長の家は村で一番の立派な家である。
太い柱と高い天井、そして腐った部分など見当たらぬ茅葺きの屋根。庭には村で唯一の蔵まである。
とはいえこんな辺鄙な村では、大した物など入っていないだろうが。
その座敷に、村中の娘が集められた。
自分たちの家とは違い、広々とした室内の床には一面に畳が敷き詰められており、掛け軸まである。
そんなところへ通されたのだから、当然、娘達は雑談に興じる気も起きず、緊張した面持ちで座っていた。

集まったのは小春を含め、合わせて三人。皆、未婚の娘である。未婚の娘ばかりに声がかかったのだ。
三人の年齢はバラバラで、一人は小春より五つ年下で菊子といい、もう一人は四つ年下でちづといった。つまり小春はこの中で一番の年上ということになる。
正確に言うと、この村に小春と同い年で未婚の娘がもう一人いる。それは村長の娘で、名前を花という。
ただし親しい間柄ではない。暮らし向きが違うため、付き合いがないのだ。
そのため小春は噂でしか花のことを知らない。
ちなみに噂に聞く花は「わがままで意地悪」だそうだ。小春には真偽など確かめようもないが。

小春は祖母に用意してもらったうぐいす色の着物を着て、一番端の、座敷の戸に近い方に座っていた。
隣はちづだ。誰から言い出したわけでもないが、奥から年齢順に座っている。
母の形見でもある着物を着ているというだけで、何故か気持ちはしゃんとした。おどおどせず静かに座っていられるぐらいには。

娘達が座敷にそろってしばらく経ったころ、座敷の戸が開いた。
そこから入ってきたのは、一際きれいな着物姿の花を連れた村長だった。
花は機嫌でも悪いのか、しぶしぶ、といた調子で村長の後ろを付いてくると、並んだ三人に背中を向けるかっこうで前に座る。
途端、座敷のそばでギシギシと床板を踏んで人の近寄る気配がした。それも一人や二人ではないようだ。

(何だろう)

小春はいぶかしんだが、

「皆、集まってくれたな」

村長が厳かに口を開いたので、そちらに意識を向けざるを得なかった。

「お前達に集まってもらったのは他でもない、くじを引いてもらうためだ」

その一言に、娘達の顔色がさっと変わった。花の表情は見えないが、背中がこわばるのが見て取れる。
くじを引く、というのが何を意味するか、娘達とて知らないわけではないのだ。

生け贄を選ぶためにしか、くじ引きはされない。
誰もが知っていることだった。

「そんな……生け贄なんてなりたくないよ……」

菊子が、震えた声でか細くつぶやく。
小春は声もなく、菊子の声に同意しながらただ震えていた。

(どうして、あたしまで……?)

率直に言うと、死にたくない。
だいたい、自分は祖母の面倒を見なければならない。
生け贄になんて選ばれたら、祖母はどうなるのだ。誰が世話をしてくれるというのだ。頼れる身内もいないというのに。

小春はそれを言おうと口を開きかけて、やめた。
無駄だと思ったからだ。村の人間なら、小春の家庭の事情などわかりきったことだろう。
それなのに呼んだということは、それで見逃してくれるわけではないということだ。

「この寒い夏をどう思う。おそらく天の神様がお怒りなのだろう。このままでは村が全滅してしまう。なんとしても、怒りを解いてもらわねばならんのだ。そのためには……どうか村のため、皆のため、腹を決めてくれ」

村長が座を正し、畳に擦り付けんばかりに白髪交じりの頭を下げた。
小春はおろおろとそれを見つめた。人に頭を下げられるのは、生まれて初めてのことだった。

「やだ、あたし、おとっつぁんとおっかさんのとこに帰る!」

悲鳴まじりの甲高い声を上げて、ちづが座敷から逃げ出そうとする。
しかし、開けた戸の向こうに現れたものを見て、怯えたように立ちすくんだ。
開けた戸の向こうには、武器を構えた村の男達がにらみを利かせていた。
武器といってもこの小さな村に大した物はない。鎌やまさかり、のこぎりや鉈などの刃のついた農具や工具である。
だが、それが集団となるとどれほど禍々しい光景となることか。対するこちらは嫁入り前の娘である。
これを蹴散らかして逃げてやろう、という豪胆な娘は少数派だろう。さらに、その中の一体何人が、それを実行できるだろうか。

これが先ほど感じた気配の正体だったのか、と小春は目を見開いて息を詰めた。

「……くじを引くまではここから出さん。かわいそうだが、覚悟してくれ」

ちづは血の気の引いた顔で後ずさると、そこにすとんと座り込んだ。
やがてすすり泣く声が聞こえてきて、小春は胸が痛んだ。自分も当事者で、人の心配をしている場合ではないのだが。

「では始めよう」

村長は細長い形の、古びた木の箱を取り出した。木の箱には手を入れるための穴が開けてある。

「この箱の中に、折りたたんだ紙が入っている。これを順番に引いてもらう。引いたらすぐに開いて見せるように。生け贄に選ばれるのは、中に丸い印があった者だ」

まずは花がくじを引いた。
皆が息を飲んで、その様を見つめる。
引いたくじを開くと――そこには何も書かれていなかった。

「では、次は小春、お前だ」

ずい、と村長が小春の前に立つ。
――村長の手は震えていた。
同じように緊張しているのだろうか。村の娘の中から生け贄を選ぶということへの罪悪感でもあるというのか。

小春はそっと、木箱の穴に手を入れた。
指先に、折りたたまれた紙がかさかさと触れる。一体どれが、丸い印のついたくじなのだろう。触る限りでは全くわからない。
脳裏を、家で待つ祖母の姿がよぎる。

(お願い、外れて)

小春は思わず目を閉じ、祈った。

「まだ決められんのか」

村長が焦れたように息をつく。
小春は意を決し、ちょうど指先に触れたくじを選んだ。
さて、このくじは小春の運命をどう動かすのか。

選んだじを手に取り、村長の娘がそうしたように手の中で開いて――小春は、ほ、と息を吐いた。
そこには何の印も書かれていなかった。小春は生け贄に選ばれずに済んだのだ。

(良かった……)

小春は強張った表情を緩めた。
辛いことだらけで不運な人生だと思っていたが、運のつきとまではいかずに済んだようである。

「な……っ」

心なしか、村長が動揺したように思えて小春は見上げた。
だが目と目が合う前に、村長はちづの前へと移って行った。

ちづはびくりと身を震わせると、恐る恐る、箱の中へと手を入れる。
それを横目で見ながら、小春はいましがた浮かべた表情について後悔した。
そうだ。自分が難を逃れたからといって、喜ぶわけにもいかない。
この場にいる誰かが生け贄になるのは変わらないのだから。

ちづは見ている方が気の毒になるほど震え、冷や汗を垂らしながら箱に手を入れ、探っている。
くじ引きの順は後になればなるほど、心情的には辛くなる。
箱の中のくじは二つ。そのうちのどちらかが、自分を生け贄という運命に導くのだ。

ちづは長いこと箱の中に手を入れたまま、泣きそうな顔をしていたが、やがてくじを取り出した。
緊張からか苦し気に息をしながら、そうっとくじを開く。
そのくじにも、印はなかった。

――ということは。

「ひ……いや! いやっ、いやあああっっ!」

菊子が悲痛な声を上げ、隣のちづが驚いたように横へと跳ねる。
箱に残ったくじを引くまでもない。最後の一人が生け贄ということだ。

「なんで、なんであたいが!? そんなの嘘だ、うわあああ……!」

菊子は幼子のように手足をばたつかせ、泣きわめいている。
とても手が付けられる状態ではない。
小春は耳をふさぎたい衝動に駆られた。胸が張り裂けそうだった。
花とちづも憐れみの目を菊子に向けている。

「押さえろ。蔵に閉じ込めておけ」

村長の指示で、男衆が座敷へとなだれこんでくる。
小春とちづは端へと、花は村長のそばへ寄って男衆を避けた。
男衆は皆固い表情のまま、泣きわめいて暴れる菊子を担ぎ上げて座敷から運び出していく。村長の言いつけ通り、蔵へと放り込むために。

「やだ、やだああ! 父ちゃん、父ちゃーん!!」

その声がだんだん遠くなり、がらんとした座敷の入口で一人の男が棒立ちになっていた。
小春はその男が誰かを見て悟り、たちまち胸の中に苦々しいものが広がっていくのを感じた。

男は菊子の父親だった。
武器として持参してきたらしいくわを持ったまま、泣きもせず怒りもせず、うつろな目で立ち尽くしている。
無理もあるまい。自分の娘が生け贄に決まる瞬間に立ち会ってしまったのだから。

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