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zoom RSS 不老不死になった男

<<   作成日時 : 2015/02/11 13:14   >>

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ある王国にて、一人の男が悪魔を呼び出すべく魔方陣を描き、儀式を行った。
現れたのは、黒い体に黒い羽を持ち、頭に二本の角を生やしたまさしく悪魔と呼ぶにふさわしい外見の生物だった。

「お前が俺様を呼び出したのか。いやはや、正しい呼び出し方を知ってるなんて珍しい奴だねえ」

そいつは鋭い牙の生えた真っ赤な口を開けて、ニヤリと笑った。
男は(当たり前だ)と内心つぶやいた。
魔方陣の描き方や儀式の方法に不備があり、悪魔を呼び出した直後に殺された人間は数知れない。
男はそうならないために長い時間をかけ、調べつくしていた。

「お前は悪魔だな」
「魔方陣で呼び出すものっていったら、それしかねえだろうな。で、望みはなんだ?」

男はそいつ――悪魔を見据えてこう言った。

「俺を不老不死の体にしてくれ」

悪魔は「ほーお」とゆかいそうに声を上げた。

「不老不死だ? 一体何でまたそんなもんになりたいんだ」
「不老不死にさえなれば、もう何も恐れなくて済む。俺はこの国の王を倒して、もっと良い国を作るんだ。それがかなうまで死ぬわけにはいかない」
「おいおい、王様になんか恨みでもあるのかよ」
「個人の恨みじゃない。この国の王は貧しい国民を切り捨てるような政治をしている。悪政を排除しない限り、この国に未来なんかない」
「王様が金持ちの味方をするのは、普通のことだろうさ」

男の言葉をうるさそうにさえぎって、悪魔はひょいと肩をすくめた。

「ま、正しい手順で呼び出された以上は望みをかなえる義務があるからな。ほれ」

悪魔は羽の中に手を入れると、小瓶を一つ差し出した。
小瓶は手にすっぽり収まる程度の大きさで、中には薄紫色の液体が入っている。

「こいつを飲めば不老不死になれるが、どうする? 飲むか?」

男は拍子抜けした。
不老不死の代償に無茶な要求をされたり、悪魔の奴隷になる契約を交わすことになると覚悟していたからだ。
なのにこうもあっさりと、不老不死になれる道具をくれるとは。
男は小瓶を受け取ると、じっと見つめた。

「まさかこの薬を飲んだせいで死んで幽霊になったのを、不老不死にしてやったなんて言うつもりじゃないだろうな」
「そんなことねえよ。それじゃ、願いをかなえたなんて言わんだろうが」

そう言うのなら……と、男は思い切って小瓶のふたを開け、中の液体を一気に口へ流し込んだ。
液体はまるで水のようだった。
何の香りもしないし、味もしない。舌がしびれるようなこともないし、体の方にも目立った変化は起きない。

「本当に、これで不老不死になれたのか?」

だまされたような気持ちで、男は悪魔に疑いの目を向けた。
それほど、何の変化も感じられなかった。

「なら試してみるか?」

悪魔はおもむろに、男の胴体をするどい爪で突き刺した。
するどい爪は長く伸び、完全に男の胴体を貫いていた。
傍目に見ても致命傷である。

だが血は一滴も流れず、さらに悪魔が爪を引き抜くと、傷はみるみるふさがっていった。

「どうだ? これで信じる気になったか?」
「あ、ああ。本当に、生きているんだな、俺」

男はそれでも少しうろたえながら、爪で貫かれた部分をしばらくさすっていた。

「じゃあな。せいぜい上手くやれよ」

悪魔は魔方陣の中へ吸い込まれるようにして姿を消した。同時に、魔方陣自体もきれいに消えてしまった。

男はさっそく同胞を集め、王政を倒すべく行動を起こした。
王政を倒すのは容易なことではない。
各地で激しい戦闘が起き、男は何度も銃で撃たれ剣で切られしたものの、そのたびに立ち上がって同胞を励まし、一つにまとめた。

そのうち、死を恐れず突き進む男の姿は民衆の心を掴んだ。
民衆はこれぞ言い伝えられている神の子の再臨に違いないと喜び、男を新しい主として歓迎した。
男は新しく作った国の王にと推され、采配を振るうこととなった。

だが。
男はその時すでに、不老不死になったことを苦痛に感じていた。
愛する人や固い絆で結ばれた同胞やその子孫との死別を繰り返したからとか、そんな綺麗で悲しい理由ではない。
もっと切実で身近で、俗的な理由である。

何を食べても飲んでも、味や香りが感じられないのだ。
どんなに豪華なごちそうや美酒も、それでは全く楽しめない。
王政を倒すべく奮闘している時であれば、まだ耐えられた。まともに飲み食いできる状況ではなかったため、さして気にすることもなかったのだ。
だが平和が訪れて余裕が生まれると、一気に耐えがたくなった。

思い当たるフシがあるとすれば、あの時悪魔に渡された小瓶の中身だった。
あれを飲む前は、こんなことは一度としてなかった。

「いいさ。俺は不老不死なんだ、飲み食いしなくても生きていける」

男は初め、そう割り切って食事をするのをやめてしまったが……そうすると今度は内臓が弱り始めた。
使われなくなったため、内臓の機能が落ちてしまったのだ。
内臓が弱り始めると、体のあちらこちらが不調になった。
不老不死だから死ぬことはないが、男は衰弱しきって痩せ衰え、見た目だけならまるで老人のようになってしまった。
そうなると、民衆の心は男から離れ始めた。

「あんなみすぼらしい神の子がいるものか」
「死にかけたような奴に国政を任せるなんて不安だ」

猜疑と不安に満ちた声が、民衆の中から湧き上がった。

このままでは権力を失ってしまう、と男は慌てた。
悪魔は確かに言っていた。「こいつを飲めば不老不死になれる」と。
だがそれは、健康な状態で、とは言っていなかった。

「陛下は少々お疲れのご様子。しばしの休養に入られる」

幸いそう触れ回ることで民衆を落ち着かせることができ、大事には至らなかった。
無論、その休養の中で男は以前のような体に戻すべく、食事をとった。
今や苦痛に他ならない食事を。

「陛下、今朝のメインは魚のムニエルでございます。この魚は今朝、清流と名高い川で漁師が吊り上げた物でして……」

食事の席。
腕のいい料理人が手間暇をかけ、良質な素材で作ったごちそうの数々を前に、男は浮かない顔で料理の説明を聞き流していた。
――男は権力を守るため、今日も渋々苦痛な食事をしている。

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