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<<   作成日時 : 2015/01/31 17:22   >>

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歩く。
ただひたすら、前だけを見つめて、僕は歩く。

背後から聞こえる物音が、時折僕の心を引く。
そんな時は少しだけ、僕は歩みを止めてしばらく聞き入る。

でも、そこから戻ってはいけないのだ。振り返ることさえもしてはいけない。
そんなことをしたら、たちまちその「僕の後ろに広がっていた世界」は壊れてしまうから。


――僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる――
いつかどこかで聞いた詩の一編が、今の僕が置かれた状況そのものだった。

こんなことになる少し前、世界規模で大きな戦争が起きた。
同じ国の人間ですら敵同士となる、悲惨な殺し合いだった。
まだ学生だった僕も戦場へと駆り出され、その殺し合いの一端を担うこととなった。
有無を言わさず連れてこられたそこは、一言で言うなら無限に広がる地獄だった。
あふれる光と浴びせられる灼熱、耳をつんざく轟音が五感に焼き付いている。
細かいことは思い出したくない。濁流のように色んなものがあふれ出してきて、抑えが利かなくなるから。
似たような物音が聞こえるたび、今でも僕の身はすくむ。

とにかく、その地獄としか言えない戦場を駆けずり回った結果、僕はたった一人の生存者となってしまった。
殺し合いの果てに各国のお偉い方が、隠し持っていた秘密兵器とやらを投入した結果だった。

僕を助けたのは、明らかに人間とは異なる見た目の三人組だった。
その三人組は人間と人間の築く文明の度合いをずっと監視していたと言い、このたび「やり直し」を決定したとのたまった。
「やり直し」とは簡単に言うと、ゲーム機のリセットボタンを押すようなものらしい。
ゲームをやらない人にはピンとこないかもしれないが、リセットボタンを押すと、前もって記録していたデータさえあればそこまで戻ってやり直しがきくのだ、と。

そのためには現地の、つまり地球の人間が必要で、彼らは僕……というよりも僕の記憶を利用したがっていた。
僕の記憶から、世界が最もまともに機能していた時間を見つけ、そこから全てを再構築して歴史をやり直させるというのだ。

正直、世界を再構築するといわれても、何をどうするかなんて全く理解できなかった。
だけど、その提案にうなずいてさえ置けば死なずに済むという点を知って、僕はためらわず承諾した。
とにかく死にたくなかった。
生きてさえいれば、もう一度、平和で穏やかな時間に帰れるのだと愚直に信じて、僕は必死にあがいていたのだ。

「僕、あなた達に協力します」

そう答えた途端、僕はたちまち暗闇の世界へと置き去りにされた。
前も後ろも、本当に真っ暗闇だった。
唯一理解ができたのは、上下のみ。足の下に床か地面のようなものがあり、僕はそこに二本の足でしっかり立っていたから、上下だけは理解できたのだ。
もし上下もわからなかったら、僕はきっと発狂していただろう。

「さあ、前を向いて歩きなさい。あなたが前へと歩くことで、平和だったあの頃の世界が、あなたの後ろによみがえるでしょう」

僕は正直、半信半疑のまま、数歩、前へと歩いてみた。
するとどうだろう。
真っ暗闇が広がるばかりの僕の背後で、明らかな変化が始まったのだ。
まず初めに感じたのは、何やらぼんやりと明かりがついたような感覚。
それに続いて、人間の声や小鳥の声、あの頃流行していた音楽、自動車の走り去る音……生活感のある音が押し寄せてきた。
どれも何気ない物音のはずなのに、もう何十年も聞いていないような気がした。
僕は懐かしさに涙ぐみながら、その光景を見るべく振り返ろうと体をねじった。

「振り返ってはならぬ!」

途端、厳しい声が響いてきた。
けれど僕は見てしまっていた。
僕が小学生時代の時に住んでいた小さな町の通学路。
夕暮れ時のその風景が、みるみるうちに溶けて消えていく瞬間を。

「お前は世界を再構築するための、いわば指標のようなもの。現在地から立ち戻ることは許されていない。振り返っただけでもどうなるか……見ただろう、ああなるのだ」

だから振り向かずに前へと進むことを考えろ、と声は言いたいらしいが……その時の僕はその言葉を聞き入れられる状況じゃなかった。
ふと垣間見た平和なあの頃の世界。そしてそれが目の前で失われて、また真っ暗闇の中に戻されて。
その喪失感は、とても大きなものだったのだ。
僕は泣いて泣いて、泣き疲れて眠るまで、泣いていた。

もう一度前へと歩く決心がついたのは、別の声が「世界が再構築された暁には、お前もその世界に戻って生きられる」と教えてくれたからだ。
つまり、平和だったあの頃に戻りたいのなら、泣いていないで歩いた方が良い、というわけだ。

だから僕は、ひたすら前へと歩くしかないのだ。
真っ暗闇ばかり広がる、何もない空間へと。

たとえ爆撃で体を吹き飛ばされて死んだ両親の声が聞こえてこようと、初恋のあの子の笑い声が聞こえてこようと、振り返るわけにはいかない。
時々、無性にこらえきれなくて涙を流すことはあるけど……それでも絶対に振り返ったりはしない。
あの世界に、もう一度戻るために。

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