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zoom RSS 真贋判定之為之書

<<   作成日時 : 2015/01/03 15:30   >>

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ふと目を覚ますと、もう昼近くだった。
起き上がろうと身じろぎして、俺は猛烈なだるさを感じた。
そういえば昨日は飲み会だったんだ。うわあ、頭が重い。胃の底がじくじくと痛い。次の日が休みだからって、ちょっと無理したかな。
取りえず胃薬飲まないと……そう思って布団からはい出した俺の手が、何か四角い物に当たった。
見るとそれは、赤っぽい皮で装丁された本だった。
ずいぶん古い本で、装丁はあちこち剥がれてボロボロだし、中の紙は茶色く変色している。
表紙にはタイトルも作者名も無い。

俺、こんな本持ってないぞ。
売り物だったとは考えにくいし、ひょっとしたら昨日、落ちていたのを拾って帰ってきたんだろうか。
俺、酔っぱらってると色んな物を拾って帰る癖があるからな。道に落ちてる物で、人間以外に限定されるけど。
一体どんな本なんだろうな。
俺は何気なく表紙をめくってみた。
すると一ページ目に「真贋判定之為之書」なる文章が縦書きされていた。
これがタイトルなんだろうか。でも作者名は書かれていない。
そして次のページに、唐突にずらずらと文章が現れた。

「ダイヤモンドの真贋を見定める方法には三つある。最も手軽な、道具を使わぬ方法としては息を吐きかけるというものがある。冬場に手を温める時のようにするのだ。もし曇ったならばそれは偽物である。何故ならば――」

この本はどうやら、本物と偽物鑑定のやり方について書かれた本らしい。指南書ってやつだな。

しかしなんでいきなり文章のページが出てくるんだ。普通、タイトルのページに続いて目次が出てくるはずだが。
不思議に思ってよく観察すると、その本はあちこち何ページか破り取られているのがわかった。
おいおい、指南書なら大事に扱えよ。
どこぞの質屋か古美術商が落とした本かな。もうちょっと体の調子が良くなったら、警察に届けておくとしよう。

それにしても中々面白い本だ。
ダイヤモンド以外にも、黄金や銀食器の真贋判定のやり方が載っている。
これを知ったとしても使う機会なんてまずないだろうけど、
俺は酔い覚ましがてら、本を読み進めて行った。

その本の終わりがけまできたところで、「人間」と書かれたページが出てきた。
人間の真贋を判定するってか? なんでこんなものが載ってるんだ? 息抜きとしてジョークでも載せたのか?
誤字ってわけじゃあなさそうだが……まあ、俺が知らないだけで、業界じゃそう呼ぶ何かがあるのかも。ほら専門用語とか、隠語とか、そんな具合で。

さてどんな内容だろうな。
俺はわくわくしながらページをめくったのだが……なんと、そのページは上半分を残して破られていた。
おまけにその上半分には長々とした前置きが書かれていて、肝心な「何をどうして本物と偽物を見分けるか」という部分に差し掛かってすらいなかった。

「宝飾品に真贋判定の必要が生じるのは、贋作が多く出回っているためである。そしてこの書があるのは、真贋を見抜く力を持たぬ人間の方が圧倒的だからである。何故、贋作が出回るのか? 早く言えば価値があり、金になるからだ。金にならなければ贋作師は早々に手を引いているだろう。ところでこの世において最も価値のある物は何であろうか。それは人間である。人間の価値とは、値段の付けられる物ではない。文明社会を形成し運営していくにあたって必要不可欠という点において、人間の価値は絶対なのだ。宝飾品などとは比較にならぬ。だが近年、ついに人間にも贋作が紛れ込むこととなった。その数は瞬く間に増え、見た目や行動だけで贋作を見分けるのは困難を極める。無害で友好的な性質ならば捨て置くこともできようが、あいにく彼らは人間の社会に対し乗っ取りを仕掛け、暴力的な手段も平然と選択するため共存はとても不可能だ。以下にその判定方法と対処法を記載しておく。彼らは判定されると正体を現すため、判定には慎重を期すこと。大勢の人間を巻き込む環境下での判定はお勧めしない」

残った上半分で読めるのは、ここまでだ。
おいおい、これじゃあ何が何だかわからないぞ。だいたい、人間に本物も偽物もないだろう。
俺は何だか急に興ざめして、本を閉じてしまった。
こんなもの、酔っぱらってどっかから拾ってきた本じゃないか。馬鹿馬鹿しい。
今日は二日酔いを治すのに専念するとして、この本は後日とっとと警察に届けてしまおう。
取りあえず胃薬、胃薬、と。買い置きの奴があったはずだ。
俺はよろよろと薬箱求めて部屋の壁を伝い歩いた。

だが結果として、その本を警察に届けることはできなかった。
警察に届けに行く途中でコンビニのトイレに寄った時に、本の入ったバッグを置き忘れてしまったのだ。
思い出して戻ったもののバッグはすでに無くなっていて、店員に聞いてももそんなバッグは届いていないと言われた。
盗難届を出しましょうか、と言われて俺は首を横に振った。単に面倒だったからだ。
使い込んで傷んだバッグだし、財布はバッグじゃなくてズボンのポケットに入れていたし、本だって元から俺の物じゃないからだ。
要するに被害らしい被害もなかったのだ。大騒ぎするのが恥ずかしくなるほどに。

それでその場は収まったのだが――問題はその数日後に起きた。


「キャーッ!!」

近くにいた女の悲鳴が耳をつんざいた。
何かをなぎ倒す音が後ろで聞こえる。

仕事帰りに寄ったスーパーは、たちまち大パニックと化した。
客はもちろんレジの人達までほうほうの体で逃げ出し、残るは俺と目の前の「そいつ」だけになった。

人の声も気配もしない中で、店内に流れる店のテーマソングだけが虚しく響く。
俺は目の前の光景に目を奪われたまま、身動きができなかった。
だってそうだろう。
何でこの年になって、特撮ヒーロー物でしか見たことないような光景を目の当たりにしなきゃいけないんだ。
ただのごく普通の親子連れが、一つの塊に融合して化け物に変わるなんて、そんなこと現実的にあり得ないじゃないか。
赤黒い巨大な肉塊となった親子連れは目玉を四つに増やしながら、ぴたり、ぴたりと腐った肉の匂いのする液体を垂らしていた。

何で俺、こんな目に合わなくちゃいけないんだろう。今日も変わり映えのない一日を過ごすはずだったのに。
いつも通りに起きて、いつも通りに会社へ行って、仕事をして。
仕事帰りにスーパー行って、半額の惣菜と玉子ともやしと豆腐をかごに入れて、レジに並んで。
俺の前には会計中の親子連れがいて。
子供の方がこっちを見たから、何か用か、って感じにちょっと首を傾げて目を合わせただけのはずなのに、本当に、何も変わったことなんて何もしていないのに、その途端――親子は変異してしまった。

あの変な本のことが頭をよぎる。もちろん「人間」のページに書かれていた文章のことだ。
あれが本当かどうか確信なんてないが、もし、あれの内容が本当だとするなら……この事態にも一応、納得はいく。
知らず知らず、俺が偶然「人間と贋作を見分ける判定」とやらをやってしまったということだろう。
嘘だろうそんな、何がどうなって判定しちゃったんだよ。
この後一体どうすりゃ良いんだよ。
あの本は手元にないし、そもそも肝心な対処方法の部分は破れていて読めなかったんだぞ。
こんな状況、どうにかなんてできるかっ!

俺が内心焦っていると、そいつはふしゅるる……と息を吐きながら、ゆっくりと俺を見下ろし、ごきごきと骨を鳴らしながら獣じみた四つん這いの姿になった。
嫌な予感がする。
俺は少しずつ少しずつ後ずさり、どうにかレジのコーナーから離れることができた……と思ったら、突然そいつがぐわっ!と飛びかかってきた。
俺の頭上に飛び上がり、ほぼまっすぐに突っ込むようにして落ちてきたのだ。
いつかテレビで見た、狐が小さな野ネズミを狩る時の動きに似ていた。

――殺される!!

俺はとっさに買い物かごを投げつけた。
かごは運よくそいつの目に当たった。そいつはぎゃん、と悲鳴を上げてひっくり返り、目玉を覆ってもがき始めた。
もろに目玉に当たったようだ。人間とは違って、まぶたが無いらしい。

「こンの野郎っ、あっち行けよ、くっそぉ!」

俺は無我夢中手当たり次第に物を投げつけると、他の客がそうしたように出入り口に向かって全力で走った。
解決しないのか?
できるわけないだろ! 逃げるだけで精一杯だよ俺は! 
解決方法?
知った事か! 今あの本を持ってるやつがどうにかしろ!

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