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zoom RSS 不運な男

<<   作成日時 : 2014/10/04 13:30   >>

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あるところに、不運続きの男がいた。
赤ん坊の頃に両親を事故で失い、祖父母の手で育つも高校入学を前に祖父母も相次いで他界してしまい、ひもじい思いをしながら何とか親類の援助で高校だけは卒業できたと思えば就職先が半年で倒産し、再就職した先はワンマン社長による激務とパワハラが横行する所で、体を壊し過労で倒れたことでやっと離職できたという始末……とまあ、つらつらと不運の続いた半生の持ち主である。

体を壊して離職するとなると、次の仕事を探す気力もなかなか出てこないものだ。
男は体の不調を治してから求職するつもりでいたが、ふとした瞬間に内臓のどこかしらが痛みだすため踏ん切りがつかずにいた。
医者は薬を処方するばかりで、痛みに関しては内臓の動きが元で引き起こされていると説明した。
男にとっては痛みの原因や理由などどうでも良かった。とにかく痛いのをどうにかして欲しいだけだった。

(どうしようか)

当面の生活は貯金を切り崩せばどうにかなるものの、いつかはその金も尽きてしまう。いずれは働かねばならない。
だが体はなかなか良くならない。働き出してからまた倒れるなんてことになったら周りに迷惑をかけてしまう。
しかし離職期間が長いと再就職で不利になる。
でもこの痛みや不調を抱えたまま仕事なんてとても……。

男はジレンマに苦しみながら、単身者向けの安い木造アパートの一室で薄い布団に横たわり、青白い顔で天井を見上げていた。
ここ数日は特に体調が芳しくなく、こうして日がな一日布団の中でアパートの外の音を聞く生活を送っている。
今日は隣人がひどくせき込む音で目を覚ました。
そして、よく休日出勤をする人なので働き過ぎで体調を崩したのだろう、とひっそりと同情を寄せ、自分のようにならなきゃいいが、と心配した。
ろくに顔も見たことのない相手だったが。

部屋の中は散らかってこそいないものの掃除をする気力も体力もないため、全体的にほこりっぽい。
心配して来てくれる者もいないため、ほこりが積もる一方なのだ。
これも体調の悪さに影響しているような気がする、と男はぼんやり考えた。

「ずいぶん顔色が悪いな、おたく」

その声とともに、ぬっと視界に黒っぽい物が現れた。
よく見るとそれは赤い目とするどい牙の生えた口を持つ顔だった。西洋絵画などでよく見かける「悪魔」そのものの造形をしている。

ひっ、と驚き跳ね起きようとしたところで男はうずくまり、うめいた。
体内……おそらくは胃の下部だろうと思われる部分に、引きつったような痛みが走ったからだ。
こうなると厄介だ。なかなか痛みが引かないのだ。
ほこりっぽい空気を吸いながら、男はうずくまることしかできなかった。
目の前にあの悪魔の顔が現れたことなど、もうどうでも良かった。

「おいおい、大丈夫か」

不意に、背中をさすられた。
どうやらあの悪魔が気を利かせてくれたらしい。悪魔なのに人間をいたわるとは妙な奴だが。

「お、お前……何者だ。何しに来た。俺を取って食う気か?」

そう問いかけてから、男は自虐的な笑みを浮かべた。
体調の悪い人間など食ったとしても、美味しくなどないだろうに。
それとも、弱っているから狩りやすいということで狙われたのだろうか。

「まず名乗っておくか。俺様は人間が悪魔って呼んでる生き物だよ」

やはり悪魔というのは間違いないようだ。

「で、だ。別に何かしに来たわけじゃねえんだ。暇だったからふらふらしてただけ。お前を食うために来たわけでもない」

男は悪魔の話を半分ほど聞き流していた。痛みがひどくて意識を集中していられないのだ。
痛みにうめいていると、悪魔のため息が背中ごしに聞こえた。

「どうせ暇だしな……よし、お前の願い事、一つだけかなえてやろう。何でもいいから言ってみろ」
「それなら体を治してくれ」

男は痛む部分をさすりながら顔を上げ、悪魔に訴えた。
金だの女だの権力だのは頭に出てこなかった。男はそれほどにこの体をどうにかしたかった。

「……それで良いのか?」

悪魔は拍子抜けした様子だった。
大方、薄汚れた願い事ばかりされてきたのだろう。だからこんな願い事をした自分が珍しいに違いないと男は思った。

「もう病気もケガもしない体にしてくれ。痛いのはもう耐えられないんだ」
「そりゃ痛いのは嫌だよなあ。いいぜ、言う通りにしてやる」

悪魔は共感した様子でうなずくと、男の首に人差し指を伸ばすと鋭い爪を食い込ませた。
突き刺されるのではないかと思うと落ち着かず、男は緊張して目を見開いていた。
だが男の心配は杞憂に終わった。その爪は皮膚を破ることなく、数秒食い込んだだけで離れたのだ。

悪魔の爪が離れてまばたきも終わらぬうちに、男の体に変化が起きた。
根が生えたようにしつこく、そしていきなり襲ってくる痛みがみるみるうちに引いたのだ。
それだけではない。何だか体の奥底から力がみなぎってくるようだった。

「これでもう、お前は病気もケガもしない体になったぜ。痛みからも永遠におさらばだ」

悪魔が赤い口を開けてニタリと笑い――まばたきをするほんのわずかな間に、姿を消した。

妙なことはあったが、とにかく体から痛みが消えたのは事実だ。
男は大喜びで布団から飛び出し、伸びをした。
いつも体の不調に耐えて体を丸めてばかりいたため、体を伸ばすのは久々だった。

テレビも一週間ほど見ていない。
男はほこりっぽいテーブルの上にあるリモコンを取り、電源ボタンを押した。
時計に目をやると八時過ぎである。この時間なら朝のワイドショーをやっているはずだ。

しかしテレビの画面に映ったのは、無人のスタジオだった。
テレビ局側の問題かと思ってチャンネルを変えるが、どこのチャンネルも無人のスタジオを映しているか、砂嵐の画面になっているか、あるいは「しばらくお待ちください」の映像ばかりだった。

「おかしいな……」

首をひねりながらテレビを消した途端、腹がぐぐうと鳴った。

「腹減ったな」

テレビのことは気になるが、それよりも空腹を何とかしたい。冷蔵庫には調味料しかないので、買いに行かなければ。
男は着替え、財布を持って近所のコンビニに向かうことにした。

――そのコンビニ前へやってきて、男は戦慄した。
痩せ衰えた青黒い顔の人々が、苦しげに息をしながらコンビニから商品を奪っているところだったのだ。
彼らの足元にはコンビニの店員が倒れており、人に踏まれてもぴくりとも動かなかった。

「一体何が……」

思わず後ずさった男に気付いたのか、一人がこっちをにらみつけてきた。

「けっ、まだ感染してねえのか、あんた。なんて幸運な奴だ」
「な、何のことだか……何があったんだ?」

危険なものを感じ取りながらも、男は問い返さずにいられなかった。

「一週間前だ! 一週間前から世界中あっちこっちで、おっかねえ病気が大流行してんだよ。かかったらもう助からねえんだ。上の連中は感染を広げないためだとか言って、俺達を街ごと見捨てやがった! 街から出て行けねえし、薬どころか食い物も水も寄こしやがらねえんだよ!」

突然、ごぶ、とそいつが大きなげっぷをした。
体をけいれんさせながら、そいつは口から嫌な色と臭いのする液体を吐いて倒れこんだ。
すると周りにいた青黒い顔の連中が群がるようにして、そいつの持っていたコンビニの商品の奪い合いを始めた。
男は思わず目をそらし、その場から足早に逃げ去った。

男にはある確信があった。
自分はおそらく、かからずに済むだろう。たとえ世界中の人間が死に絶えるほどのことがあろうとも。
だが、それは……果たして人生始まって以来滅多に出くわしたことのない、「幸運」と呼んで良いものだろうか。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
慢性疾患を抱える自分としては悪魔に魂を売り渡したいですね。ほんと。不快感と痛みがない世界は爽快なものでしょう。
これはエボラの流行がヒントになってるんでしょうか。
世界が終わったら食料調達が難しくなるでしょうから、病気しなくても餓死が主人公に待ってるんでしょうか?まあ、悪魔のやることですしねえ。
次回も楽しみにしています。
火消茶腕
2014/10/04 18:33
感想ありがとうございます。

エボラ流行は頭にありませんでした。
が、昨日やっていたアイアムレジェンドを見て「絶対参考にしたって言われる……」と落ち込みました。
ちなみに一部実体験が元になってます。
あの時は辛いことが重なりまくっていた時期で、原因だとか理由はどうでもいいからとにかく痛くて苦しいの早く何とかして! って一心でした。
私は一か月ほど寝込んで治りましたが、慢性となると大変ですね。
どうかご自愛ください。くれぐれも無理とかはなさいませんよう。体は一つしかありませんので。

主人公は病気もケガもしませんが、やっぱりたった一人じゃ快適には暮らせませんからね。せめて人類が滅亡しないことを祈りましょう。
死因は病気やケガ以外にもありますからね。

よろしければまた、お暇な時にいらして下さい。
鈴藤由愛
2014/10/04 20:14
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