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<<   作成日時 : 2014/09/13 12:57   >>

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昔、ある王国に一人の理髪師がいた。
理髪師は腕利きとの評判で、ついに王様の御用達となった。
王様直々のご指名だったのだから、大変名誉なことである。

だが理髪師は王宮に出向いたその日から妙に無口となり、何かを警戒しているようなそぶりを見せるようになった。
それまでは商売柄のこともあり、気さくに人と話す性格だったというのにだ。

「あんた、もしかして宮殿の下働きの女とでもできたんじゃないだろうね」

理髪師の女房はそう勘ぐった。
だが理髪師は「そんなんじゃない」と暗い顔でうつむくばかりで、何も答えなかった。

実は理髪師は、誰にも話すわけにいかない秘密を抱えてしまったのである。
それは王様の外見上の特徴のことだった。
王様の体には、普通の人間とは明らかに異なる部分があり、それを知った理髪師は「他の人間に話したら命はないぞ」と固く口止めされていたのだ。
その、普通の人間とは明らかに異なる部分とは……髪を切るためにはどうしてもさらす必要のある部分、耳である。
だから理髪師は王様の秘密を嫌でも知ってしまったのだ。

だが人には言うなと言われると黙っていられないのが人情というものである。
人に話したら命はないぞと脅されていても、だ。

「ああ、誰かにしゃべってしまいたい。でもしゃべったら殺されてしまう」

理髪師は思いつめたせいか仕事で細かいミスをするようになり、馴染みの客からも心配される有り様となった。
問い詰められるたびにだんまりを決め込んでいたが、いつまでそれが続くかどうか。

「どうしよう。どうしよう」

理髪師は暇があると人気のない場所へ来ては、ため息をつくようになった。
もう家にすら安心していられないのだ。
妻や子供にうっかり話してしまうかもしれないし、客が来たらもてなしの席で口が軽くなる性分なのを自覚していたからだ。

何度ついてもちっとも気の晴れないため息をついた理髪師の目に、井戸が映った。
近づいてみると、ずいぶん古い井戸だった。
ためしに小石を投げ込んでみたが、いくら待っても水音は聞こえない。
使われなくなってから長いこと経つようだ。

そうだ。
この古井戸に向かってしゃべって、すっきりしてしまおう。
相手が古井戸なら話が広まることもないだろうし、王様も咎めたりしないだろう。

理髪師は注意深く周りをうかがうと、古井戸に向かって、

「王様の耳は、ロバの耳」

声をひそめ、そう話した。
その言葉は反響しながら古井戸の中へと消えて行った。

真っ暗な古井戸の中を見つめながら、理髪師は久々に気分が軽くなるのを感じていた。
実際、鬱屈した思いを声に出してみると胸がすうっとするものだ。

「王様の耳はロバの耳。ぴくぴく動く、ロバの耳」

ひとしきり古井戸に向かってしゃべり続けた後、理髪師はすっかり元の明るい表情を取り戻していた。
今度、しゃべりたくてたまらなくなったらまたここへ来よう。
そうして気が済むまで古井戸に向かってしゃべり倒そう。
まったく良い場所を見つけたと、理髪師は足取りも軽く家路へ着いた。

「なるほど」

その古井戸の中で、一人の男がにやりと笑った。
彼は国王の命を狙う暗殺組織の下っ端で、つまらぬドジを踏んでしまい、ほとぼりが覚めるまでとここに身を隠していたのだ。上から見て人がいるとわからないよう、黒い布をかぶって。
先ほど小石が投げ込まれても水音がしなかったのは、井戸が完全に枯れていたからではなく、こいつがいたからである。

「ロバの耳ねえ。それが本物の王様の証ってわけだ」

男は声だけで、発言者が宮殿に出入りする理髪師であることを見抜いていた。
そんな人間が言うことなのだから、まず間違いないだろう。
何とも奇妙な話だが、王様がいつも耳まですっぽり覆う形の帽子をかぶっていることを思い返せば、なるほどという気がしないでもない。

実は、男の属する組織は活動を停止した状態だった。
この国の王は滅多に人前に姿を見せず、そっくりな影武者を何人も雇っていてどれが本物か見分けるのは困難という理由から、暗殺を決行できずにいたのだ。
暗殺のチャンスに「二度目」はない。もし間違って影武者の方を殺したとなれば、警備が厳重になってさらにやりにくくなる上、依頼人が口封じのために組織を狙ってくる可能性も高い。ひいては組織全体の存続に関わるのだ。
そういうわけで、国王と影武者を完全に見分ける方法を見つけた者には好きなだけ褒美をやる、と組織のボスは部下に通達していた。

たった今、本物を見分ける方法が見つかった。
一刻も早く組織のボスに知らせに行くとしよう。

「王様の耳はロバの耳、王様の耳はロバの耳、っと」

男は鼻歌混じりに古井戸を上り、外へ出る。
本物の国王を見分ける有力な情報を手に入れたのだ。ボスの機嫌を直すには十分すぎる手土産だ。
組織内での出世は間違いないだろう。たんまり褒美ももらえるはずだ。
これはまさに凱旋だ、と今後を思い描く男の足取りは軽やかだった。

今や王様の秘密が国民に知られるのは、時間の問題である。
ただし、命がある状態かどうかは……。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。

王様危なそうですけど、意外と返り討ちにしたりして。そんで、なぜ影武者がバレたのかということになって、秘密漏らしたなってことになって、やっぱり理髪師は殺されてしまった、というような最後も考えてしまいました。

王様死んじゃいますかね。
火消茶腕
2014/09/14 22:03
感想ありがとうございます。

書き手としては、王様が殺されて死体をさらされて、「あ、王様の耳ってロバの耳だったんだ」と国民に知れ渡るオチを考えてました。
結末は濁しましたが。

もし井戸にいたこいつが暗殺に行ったら、まず成功しそうにないですからね。そこからバレるってことはありそうです。
理髪師は王様が生きようと死のうとおしまいな気がします。
どこから情報が漏れたかって話になったら、「こいつじゃねえのか」と真っ先に疑われること必至です。

それではまた、お暇な時にでもいらして下さい。

ちなみに調べてみたところ、「王様の耳はロバの耳」には色々バージョンがあって興味深かったです。
ロバの耳になったいきさつですとか、王様じゃなくて王子だったりする話もありました。
鈴藤由愛
2014/09/15 08:09
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