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zoom RSS Q氏の絵

<<   作成日時 : 2014/09/06 11:24   >>

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その男の名を、仮にQとしよう。
Q氏は画家を目指す男である。
しかし、Q氏が今までに描いた作品は一つも賞を取ったことがない。
絵画展やコンクールなど、作品発表の場には片っ端から応募しているのだが、いずれも落選してばかりなのだ。
身を削る思いで描いた力作も、これぞと思った自信作も、全て駄目だった。

その日、Q氏は彼の絵を見た批評家から「君の作品には心を動かすものがない」と言われ、落ち込んでぼろアパートの部屋に帰ってきた。
描いたのはアパートの部屋から見える風景だった。
食べ物を買う金を削りに削って画材に費やして描いた、久々の自信作だ。
その絵が酷評されて、Q氏はがっくりきていた。

さらに帰りがけに出くわした大家から、滞納している二月分の家賃の催促をされて、Q氏はどん底の気分だった。
持ち金はほとんど画材に消えてしまった今、家賃を払う金などあるはずもない。
しばらくはまた、どこかで気の乗らない仕事をするしかなかった。
持ち帰った絵をその辺の壁に立て掛け、Q氏はおんぼろのベッドに腰掛けてため息をつく。

「画家になろうなんて大層なこと考えずに、あくせく働いた方が身のためなんじゃないのか」

別れ際に大家に言われた一言を思い出すと、涙が出てくる。
うつむくと、切る暇がなくて肩の下まで伸び放題の髪が視界をさえぎる。

「俺、もうあきらめた方がいいのかな」

思わず泣き言をつぶやたその時、

「へえ。俺はこの絵、好きだけどな」

誰かがそう言った。

自分以外に誰もいないはずの部屋に、どうして応じる者がいるのだ。
Q氏は驚き戸惑って髪を上げ、視界を確保した。
するとQ氏の目の前に、黒い体に二枚の黒いコウモリのような羽を背負った生物が立っていた。
頭部には二本の角があり、まるで退屈そうな猫のように黒い尻尾をゆらゆら揺らしている。
一般に認識される悪魔の特徴を兼ね備えた姿だ。

「これって風景画ってんだろ? 俺は開放的な風景が好きじゃなくてねえ」

そいつは鋭い爪の生えた手で器用にQ氏の絵を持ち、興味深そうに眺めていた。
見た目にそぐわぬ人間的な行動である。

「だ、誰だっ」

Q氏が勇気を出して声をかけると、

「俺様か? 俺様はお前ら人間が悪魔って呼んでる生き物だよ」

そいつ――悪魔はそう言って、楽しげに赤い目を細めた。

「あ、悪魔……」

そんなものがどうして自分の前に。
現実とは思えない事態にQ氏が驚いていると、

「お前、画家になりたいのか」

悪魔が急に赤い目を向けてきた。

「そうだ。さてはお前、才能がないってこき下ろしに来たのか」
「いいや。でも絵を描きたいんなら、別の仕事で金を稼いで、趣味で描いたっていいんじゃねえの?」
「俺は画家として生活したいんだ。ただ絵を描いているだけじゃ、その辺の子供と変わらないじゃないか」
「なるほど」

悪魔は鋭い牙の生えた口をニタリと開けて笑い、Q氏の絵を掲げた。

「……俺にこの絵をくれるんなら、立派な画家にしてやってもいいぜ」

批評家に認められなかった絵だが、彼の心の琴線に触れるものがあったようだ。

(これは……)

悪魔と取り引きをするというわけか。
Q氏は緊張した面持ちで悪魔に対峙した。

悪魔と取り引きをした人間はいずれ不幸になるのがオチだ。それはよく知っている。
だが、画家として認められたいという願望がむくむくと膨らむのを止められない。
これはチャンスだ。もう一人の自分が言う。
審査員、批評家、大家……自分の絵を認めなかった連中の鼻を明かしてやれるチャンスが来たのだ、と。
Q氏はずっと「絵を描くのが好きだから」と言い続けてはいたが、実際の所は周囲への意地で描き続けたようなものだった。
その意地が通るのだ。この悪魔に願うことで。

そう思うと、Q氏は自分を止められなかった。

「人の心を動かすような作品を書きたい。俺の描いた絵が有名になって、後世にも残って欲しい」
「そうか。じゃあそうしてやろう」

悪魔はQ氏の絵を抱えたまま、すうっと姿を消した。

(……俺、幻でも見ていたのかな)

あまりにあっけなく悪魔が姿を消したので、Q氏はしばらくあ然と立ち尽くした。

あの悪魔が本物だったかどうかは定かではないが……とにかくもう一度、絵を描こう。
Q氏はさっそく、キャンバスに向かった。
眠ることも食うことも忘れ、作業に没頭し続けた。
不思議なことに疲れは全く感じず、まるで何かに導かれるようにして手が動いた。
絵の具を買うために、売れる物は何でも売った。
伸び放題だった髪の毛、洗面器、タオル、万年筆、枕、シーツ、毛布、マットレス、今着ている以外の服まで売り飛ばしたため、部屋にはむき出しのベッドとキャンバス、画材しかない状況となった。

そうして出来上がった絵は、どこのものともわからぬ風景画だった。
それはこの辺の風景でもなければQ氏の故郷でもなかった。
広がる草原にそびえる白い石の塔。その塔に入ろうとする子供が一人。塔の頂上にも何故か同じ子供が一人。そして一羽の鳥が彼方に飛んでいるという寂しげな風景だ。
何故この風景にしたのかは、描いた本人にもよくわからなかった。
手を動かしたらいつの間にかこの絵が出来上がっていた、というのが正直なところだった。

Q氏は完成した絵をあるコンクールに出品した。
するとその絵は見事にコンクールで金賞を取り、名のある美術館に展示された。
批評家達は手のひらを返し、Q氏を天才だの何だのともてはやした。
Q氏は一気に時代の寵児となり、滞納していた家賃を清算しておんぼろアパートを出た。
とある富豪がパトロンとなったため、アトリエのある立派な一軒家に住めることになったのだ。
Q氏は毎日アトリエにこもって絵に没頭し、出来上がった絵は画商によって高値で売りさばかれた。
レプリカや贋作が作られ方々で売りつけられるという事件も起きるほど、Q氏の絵は広く人気だった。

「あの悪魔ってやつ、本当は悪魔じゃなかったのかもな。あの絵の代価に、こんな良い思いをさせてくれるなんて」

作業の合間にコーヒーを飲みながら、Q氏はそんなことをふっと考えるのだった。

だが栄光の日々は長く続かなかった。
Q氏の絵を買った人間が、次々に自ら命を絶ったのだ。
首をくくった者、体を傷つけた者、高い場所から飛び降りた者、死に方は様々だった。
一つ言えることは皆、悩んでいる様子など微塵もない、死を選ぶ理由が見つからないということだ。
皆、生活面でも金銭目でも、健康の面でも問題などなかったのだ。

それでも初めは偶然だと思われていたが、ある時、Q氏のパトロンである富豪が首をくくった事が決定打となった。
幸い彼は運よく家族に発見されて生き延びたのだが、こう言ったのだ。

「この絵を見ていたら、何だかとても死にたくなったんだ。絵を見るまでは、別に死にたいなんて考えていなかったのに」

その絵は富豪の肖像画で、彼の誕生日にQ氏が描いて贈った物だった。
富豪はほどなくパトロンをやめるとQ氏に宣告した。

「嘘だろう。あの悪魔、俺をだましたのか」

やはり悪魔と取り引きした者は、ろくな結末を迎えないのか。
この事態をどうすることもできず、Q氏は嘆くばかりだった。

その後も自殺者が相次ぎ、Q氏の絵は「持ち主に死をもたらす、呪われた絵」と呼ばれ、展示していた美術館では撤去して倉庫にしまいこんだ。
画商は次々にQ氏との取り引きをやめ、世に出回った絵も捨てられ焼かれ、所在がわからなくなった。
名誉も財産も全てを失ったQ氏は、ある年の冬、路地裏でぼろきれに包まった姿で凍え死んでいるのを発見された。





――そのQ氏の死から数世紀を経た時代の、ある国のバラエティー番組にて。

「はい、ではこちらが『持ち主に死をもたらす』と言われている、いわくつきのQ氏の絵のレプリカです」

観客を前にした舞台の中央に、赤い布をかけられた四角い物体がある。
女性司会者が赤い布を取り払うと、その下からQ氏の絵のレプリカが現れた。
途端、スタジオの観客がざわめきだす。だが本気で怯えているというより、好奇心が勝ったようなざわめきである。

「ええ〜? 何これレプリカなのぉ?」

おちゃらけたスーツ姿の出演者が不満げな声を上げる。

「本物は現在、美術館の倉庫に厳重に保管されています。取材も貸し出しもできないそうです」
「でもあんまり怖いって感じしませんよね。怖いっていうより、なんか寂しい感じが……」

隣に立つアイドルがレプリカの絵をしげしげと眺め、コメントをする。

「いやレプリカだからじゃない? 本物だったらきっとゾゾッとくるんだよ」

スーツ姿の男性が、「ゾゾッ」の部分でやや大げさに自分自身を抱きしめるようにさする。

「Qって人は何を考えてこの絵を描いたんでしょうか?」
「Q氏はこれを描いた頃、精神的に追い詰められて悩んでいたと言われています。一説によると、おそらく精神状態の表れで、知らない場所、どこか遠い場所へ逃げ出したいという願望がこめられているそうです」

女性司会者の解説に、一同が「なるほど」とばかりうなずく。

「実在しない風景ですもんね、これ」
「俺だったら裸の姉ちゃんを題材にするね。時間かけてゆーっくり丁寧に細部まで観察して、再現して」
「芸術を冒涜するのはやめろー!」

スーツ姿の男性に、眼鏡をかけた若者が突っ込みを入れる。二人はコンビを組んで芸人活動をしているのだ。
観客の笑い声にスタッフの笑い声が混じる。

「それでは次のコーナーです。次は実在した凶悪な殺人鬼をご紹介したいと思います――」

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。

やっぱり悪魔の所業でしたね。

一つ疑問があります。レプリカですが、作った人は大丈夫だったんでしょうか?直接見ないで、写真かなんか取って、それを見て作った?それだったら大丈夫?やっぱり死んでる?さて?
火消茶腕
2014/09/06 19:20
感想ありがとうございます。

レプリカ作った人は無事です。あくまで持ち主が死ぬだけなのです。
所有さえしてなきゃいいわけでして。
でもレプリカの話は唐突過ぎたかな。反省。

(ちょっと書き直しておきました)

よろしければまた、お暇な時にでもいらして下さい。
鈴藤由愛
2014/09/06 19:33
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