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zoom RSS 人形の歌

<<   作成日時 : 2014/08/30 13:39   >>

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昔、ある小さな村に一人の男がいた。
男は独り身で、家の裏手にある畑を耕して細々と暮らしていた。

ある嵐の夜、男の住む家に一人の老人がやってきた。

「頼みます、どうか一晩だけ泊めてくだされ。この嵐ではもう歩けませんのじゃ」

青ざめて震えながら、老人は必死に頼み込んでくる。

(まあ、盗まれて困るような物はないしな)

断ったら断ったで、老人がどうなったか気にせずにはいられないだろう。
男は頼みを聞いてやることにした。
とはいえ小さな家なので、老人は離れにある納屋をあてがわれることとなった。

その翌朝、男は家のドアを叩く音で目を覚ました。
ドアを開けると、そこには荷物を持った老人が立っていた。

「嵐も過ぎたことですし、わしはもう行きますじゃ。いやはや、泊めていただいて助かりました」
「ずいぶん急いでいるんだな」
「この先の町で人を待たせておりますでの」

老人は気忙しげに荷物をあさると、中から何かを取り出して男に差し出した。

「お礼と言っては何ですが、これを」

男の子の人形だ。フェルトで作った帽子とベスト、半ズボンが着せてある。
ただし一切価値などないであろうくたびれ具合である。
手に取るとその人形は、ざくざくと音がした。どうやら薄布に豆か小石を詰めて作った物のようだ。

「何だこりゃ。じいさんが作ったのかい」
「それが、わしも人からもらっただけで、詳しくは知らんのじゃが……持ち主に幸運をもたらしてくれる人形、とか言っとりましたなあ」
「幸運ねえ」

うさん臭い、と男は思った。そもそもこの手の物を信じていないのだ。
お守りなどというものはすべて気休めに過ぎない、というのが男の考えである。
同じような効果なら、四葉のクローバーの方を摘んだ方が安上がりで良いじゃないかと言って、当時付き合っていた女を怒らせたこともあるほどだ。
だがそれは昔の話。今は、わざわざ口にするほどのことでもないと学習済みである。

「信じられん話だとは思いますがのお」

老人はしわだらけの顔をしかめ、よりしわくちゃにしてこう言った。

「寝ている時に歌が聞こえるんですじゃ。たくさんの子供がいっせいに歌うような具合で、やれ、ああして欲しいとかこうして欲しいとか、そんなことを歌っておるんです」
「歌?」
「決して空耳などではありませんぞ。その証拠に、かなえてやると必ず良いことが起こるのですからな」

(ただの偶然じゃないのか)

男はその言葉をぐっと飲み込んだ。
お礼にと言って差し出してくれる物を、無下にするわけにいくまい。男は人形を受け取っておくことにした。

「じゃあ、棚の上にでも飾っておこうかな」
「そうしてやって下され。では、わしはこれで。あなたの恩は忘れませんぞ」

老人が歩き去るのを見送った後、男は食器棚の上に人形を座らせていつものように畑仕事に出かけた。
あとはそれっきり、人形の存在など忘れてしまった。

――ららら、ららら。

それから数日後の夜、男は歌声を聴いて目を覚ました。
老人が言っていたように、それは大勢の子供がいっせいに歌っているような歌声だった。

(う、歌ってる……?)

男はこれ以上奇怪な事が起きないことを願いながら、ベッドの中で震えた。

――ららら、ららら、ぼくを窓辺に置いて。外が見たいの、お空が見たいの。

その歌は明け方まで続いた。
男はずっと怯えていたが、歌が聞こえるという以外に恐ろしいことは何も起こらなかった。

翌朝、男は寝不足の体を引きずるようにして起き上がると、人形を食器棚から窓辺に移した。
外が見たいと言っていたような気がしたので、窓を向いた状態で座らせてやる。

「これで幸運が巡ってくるって、あのじいさんは言っていたが……」

まさかなあ、と男は苦笑して、畑仕事の支度にかかった。

幸運と言えるものが巡ってきたのは、その年の夏になってからだった。
その年の夏は冷夏で、どこの家もろくに作物が育たなかったのだ。
しかし男の畑の作物だけは無事だったため、収穫した物がいつもの倍以上の値段で取引されて一財産築くことができた。
他の家ではひもじい思いをし、生活が行き詰って命を絶ったり娘を売ったところさえあったというのに、である。

「この人形のおかげかなあ」

男は久々に人形を手に取り、首をかしげ、

「まさか、たまたまだよな」

笑って元のように窓辺に戻した。

人形の歌が再び聞こえたのは、それから半年ほど過ぎた後のことである。

――ららら、ららら。

(まただ)

歌声で目を覚ました男は、ベッドの中で耳をすました。
一体今度は何を要求するつもりなのだろうか。

――ららら、ららら。ぼくに花を。黄色い花を。花が欲しいよ。

人形は黄色い花が欲しいと明け方まで歌うと、ようやく静かになった。

(黄色い花、ねえ)

男はその辺に黄色い花が咲いていないか探したが、あいにく一つも見つからず、しぶしぶ花屋へと出かけて行った。
しかし花屋など、今まで縁のないところだ。何をどうすればいいのかもわからず、男は花屋の入口で声を上げた。

「すいません、あの、黄色い花を――」

男はそれ以上の言葉が出てこなかった。

「はい、少々お待ちください」

応対に出てきたのは花屋の娘に、一目で心を奪われてしまったからである。
男はその後あれこれと用を作っては花屋に立ち寄り、友人関係を経てついに花屋の娘と恋仲になることができた。
花屋の娘は気立てが良く、男を常に優しく気づかってくれた。

一財産こしらえた上に、良い恋人も手に入れることができた。
男にとってはまさに人生の絶頂だった。
ゆくゆくは彼女と結婚して、この家も新しくして、馬や牛を飼って、畑も大きくしよう。
将来を思い描きながら、男はこの上もなく満たされた気持ちだった。

だが、その幸福感もつかの間のことだった。
男がはっきりと異変を感じたのは、昔馴染みの男と道ですれ違った時だ。

「よう」

男は気さくに笑い、声をかけた。
だが昔馴染みはじろりと男をにらみ、そのまま黙って去ってしまった。
いつもなら笑い返してくれ、立ち話をするところなのに。

初めは機嫌でも悪いのかと思っていたが、すぐにそうではないと悟った。
昔馴染みだけではなく、隣近所の人間全てがそんな態度を取り出したからだ。
近所の連中は急によそよそしくなり、陰口をたたいたりことあるごとに男を仲間外れにし始めた。
必要な物を買いに行けば店主が値段をふっかけてきたり、予約済みだと言って売ってくれないこともあった。

ことここに至って、妬まれているのは明白だった。
男は幸運を得た代わり、周囲から妬まれ恨みを買ってしまったのだ。

近所の連中はみな、子供の頃から見知った顔ばかりだ。
一緒に遊んだこともあるし、大人にいたずらをしかけてはまとめてげんこつをくらった記憶もある。
大人になってからは頻繁に付き合いなどなかったものの、決して仲が悪いわけではなかったはずなのに。
周囲から受けた仕打ちに、男は傷ついた。

だがまだ、恋人はいる。
彼女は出会ったころのまま、優しく気立ての良い娘のままだ。
恋人との逢瀬を心の支えにして、男は何とか生きていた。
ただ一つ気になるのは、結婚を申し込むと決まって「まだ早いわ」と断られてしまうことだった。
自分の何が不満なのかと、男は悩んだ。

(俺の見た目が気に入らないなら、ハナから恋仲になんてならないはずだ。やっぱり、家を新しくした方が良いんだろうな。こんなおんぼろな家じゃ嫌なのかもな)

男がそんなことに思いを巡らせつつ畑を耕していると、見知らぬ人が飛び込んできた。

「おい、お前か、花屋の娘の恋人っていう男は」

どうやら彼女に関係した話らしい。
男は畑仕事の手を止めて、汗をふいた。

「そうだけど。あんたは誰だ」
「隣町の警察からの使いっ走りだよ。お前の恋人、町で強盗に刺されて殺されたんだ」
「何だって!?」

男は驚き、慌てて町へと駆け付けた。
幸い、犯人はその場で取り押さえられていた。
その町の警察が言うには、彼女が狙われたのは多額の金を持ち歩いていると見抜かれたからだという。

――その金の出どころは。

男が家に戻って調べると、貯めていた金がごっそり無くなっていた。そしてその額は、彼女の所持金の額とぴったり同じだった。

「嘘だろう、気さくで良い子だと思っていたのに」

彼女がその金をどうするつもりだったかは、聞きたくもないのに男の耳に入った。
どうやら彼女は、町にいる軽薄な美男子にぞっこんになっていたらしい。
男はショックのあまり畑仕事に身が入らなくなり、ついには家にこもりがちになった。

「もしかして、こいつのせいじゃないのか」

男は急に人形のことが憎らしく思えてきた。
この人形を手に入れてから、確かにいくつかの幸福が舞い込んできた。だがその幸福の代償のようにして、とんでもない不幸にも見舞われたではないか。
全てはこの人形が家に来てからのことだ。
男にはそれが偶然などと思えなかった。

「くそっ!」

男は人形をつかむと、腹立ちまぎれに壁に向かって思い切り叩きつけた。人形は壁に当たった後、床に落ちてバラバラと音を立てた。
どこかが破れてなかみがこぼれたらしい。古い上に薄い布で作られていたのだから仕方のないことである。
何気なくそれを一つつまみ上げて、男は仰天した。
中からこぼれてきた物は、豆でも小石でもなかった。白い豆粒ほどの大きさの――人間の頭蓋骨だった。
これが人形の中一杯に詰まっていたのだ。

「ひっ……」

男はつまみ上げた物を放り捨てた。
カツンと音を立てて床の上で跳ね上がった小さい頭蓋骨は、しばらく横倒しに回り続け、やがて男の方を向いて回転を止めた。
まるで男を見つめるかのように。

――ららら、ららら。

歌が聞こえる。
男は必死に耳をふさいだ。
それなのに、忌まわしくおぞましい歌声は頭の中に入り込んでくる。

――ららら、ららら。

「やめろ、やめろっ! 歌うな、歌うなっっ!」

男が血を吐くように叫んだその途端、小さな頭蓋骨が、ぞろりとこちらを向いた。
そして、きゃきゃきゃきゃといっせいに笑いだした。

男は自分の中で、何かが音を立てて壊れたような――そんな気が、した。

「うわあああぁああぁああ!!」

男は無我夢中ではいつくばって頭蓋骨どもに向かって拳を振り上げ、渾身の力をこめて下ろした。
拳の下で、小さな頭蓋骨はあっけなく壊れて白い粉となり、男の手に白くまとわりついた。
一つ叩き潰したぐらいでは、笑い声は止まらない。
手が痛くなっても、皮膚が破れて血がにじみ出してきても、手の感触がなくなっても、男はかまわず頭蓋骨に向かって拳を振り下ろした。
何度も何度も拳を振り下ろした。振り下ろした分、たくさん頭蓋骨を叩き潰したはずだった。
それなのに笑い声はしつこくしつこく続いていた。



――翌朝、通りがかった村人によって、霧雨にしとしとと濡れながら、家の前でだらりと腕をたらして座り込む男の姿が見つかった。
男はうつろな顔で「ららら」と同じ旋律と音程を繰り返すばかりだったという。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。

ホラーな終わり方ですね。こうなると、人形をくれた老人はどんな目にあったのか気になるところですね。男が不幸になるであろうことを承知で人形はくれたんでしょうか?だとしたら人が悪い。納屋に泊まらせたから怒った?
火消茶腕
2014/08/30 16:01
感想ありがとうございます。

老人は不幸な目にあう前に男に人形を渡してしまっただけです。
なので、この後男の知らないところで不幸になってます。
人が悪いわけじゃないのでご安心ください(?)

実は悪魔シリーズにするつもりでしたが、ちょっと洒落にならんよなということでこのような形になりました。

またお暇な時にでもいらして下さい。
鈴藤由愛
2014/08/30 16:47
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