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zoom RSS 醜いマガモの子

<<   作成日時 : 2014/08/02 10:44   >>

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昔、ある湖のほとりに卵を抱えたマガモの母親がいた。
やがて卵は無事に孵ったのだが、そのうちの一番最後に孵った卵からは、何とも言えない醜いものが生まれた。

大きさは他のヒナと変わらないが、全身が赤黒くつるりとしていて羽毛など一枚もなく、鳥ならばあるはずの羽も無かった。
その代わりとでもいうのか、にょろにょろとした足が四つもついていた。
目玉は二つ。くちばしは無く、口を開けると体の半分ほども開いた。
動きはのろく、水に浮くだけで泳ぐことはできない。
おまけ他のヒナ達のようにピヨピヨと鳴かず、「くあぁ、くあぁ」と聞くに堪えない声を上げていた。

「まあ、これはどうしたことでしょう」

母親マガモは驚き嘆いたが、それでも腹の下に抱えて温めた我が子なのだから他の子と同じように愛情を注ごうと決意した。
他のヒナ達と一緒に羽の下に入れてやり、エサを与え、泳ぎを教えたりと世話を焼いた。

そんな末っ子マガモを兄弟マガモ達は毛嫌いし、母親マガモの目の届かないところでいじめた。
母親の手を煩わせ、結果、自分達よりも長い時間独占する末っ子。
ただでさえ気に入らない性質に加え、同じ種族とは思えないほど醜い見た目が、兄弟マガモ達の心を遠ざけたのだ。
――出来損ないのくせに、お母さんを独占して許せない。こんなものが兄弟だなんて思えない。他の仲間にこれが兄弟などと知られるのも嫌だ。
それが兄弟マガモ達の本音だった。

唯一の救いは、どんな目にあっても末っ子マガモが平然としていたことだろう。
ただしそれはじっと耐えている風ではなく、はなから何も感じ取っていないかのような不気味な静けさだった。

時は経ち、成長したマガモ達の巣立つ季節がやって来た。
この頃になると兄弟達は末っ子マガモをいじめるのをやめ、遠巻きにして気味悪がるようになっていた。
何をしても反応が薄い上、いつまで経ってもちっともマガモらしい姿にはならず、むしろ遠ざかっていく醜さは、兄弟マガモ達に別の感情を抱かせたのだ。
ずばり「恐怖」である。
それは兄弟マガモ達だけではなく、他のマガモ達も同様だった。

無理もない話だった。
末っ子マガモの姿は、見る者に底知れぬ恐怖をもたらす変貌を遂げていたのだから。
他のマガモを圧倒するほどの巨体、数を増して伸びていくにょろにょろとした足、ギョロギョロと動かして辺りを見回す目玉。
まさしく怪物の名にふさわしい相貌である。
そのくせ泳げるようにはならず、自分でエサも取れず、相変わらず母親マガモに世話をされながら日々を過ごす様は、未熟さよりも異様さを際立たせた。

そのため、兄弟マガモ達は飛び立てるようになると、皆いっせいに巣立っていった。
まるで厄介ごとから逃げ出すように。

「お前は母さんと一緒にいなさい。大丈夫、他の子より育つのがゆっくりなだけなのよ」

少し年老いた母親マガモは、残った末っ子マガモに優しくそう言った。

やがて夏が終わりに近づいた時のことである。
親子が眠っていたところへ、突然、ズダーン、という聞いたこともない音が響き渡った。
末っ子マガモが気付いた時には、母親マガモが羽をばたつかせて苦しんでいた。
胸の辺りがみるみるうちに真っ赤に染まり、母親マガモの動きが次第に弱まっていく。

末っ子マガモはその赤い物の名前を知らなかったが、感じ取ることはできた。
これは母親マガモの命を形成しているものだ、と。

と、こちらに向かって走ってくる者がいた。
末っ子マガモにとって、初めて見る生物である。

「逃げなさい。あいつは人間の狩人よ。あいつの持っている鉄砲で撃たれたら、私達はおしまいなの」

息も絶え絶えに、母親マガモが伝える。
それを聞いた末っ子マガモは、にょろにょろした足で地面にすっくと立ち上がった。
にょろにょろとした足を動かして、狩人の方へと向き直る。

「なんだっ!?」

狩人が慌てて立ち止まるのを末っ子マガモは見た。
どうやら今まで、自分の存在には気づいていなかったようだ。

「くそっ、化け物め!」

何事かをわめきながら、狩人が細長い棒のような物を末っ子マガモに向けた。
どうやらあれが鉄砲というらしい。末っ子マガモはそう察した。
ズダーン、とさっきと同じ音がして、体にちくりと痛みが走る。
続けざま、狩人は末っ子マガモに銃弾を浴びせる。
避けるどころか、ズダーンズダーンとやられっぱなしの末っ子マガモは――平然としたまま、鉄砲というのはうるさい物だ、と解釈をした。ただしそれ以上の解釈はできなかった。
だが、母親マガモをひどい目にあわせた物を持ち、こちらに敵意を向けている存在をどう扱うべきかは本能がきっちり教えてくれた。
この状況で生き延びるためには、殺すか、追い払うか、敵意を奪うか――とにかく排除にかからねばならないのだ。

末っ子マガモは狩人に向かって、にょろにょろした足を伸ばした。

「うわああっ、な、なんだこいつっ!」

体を絡めとられた狩人が叫び、逃れようともがく。
末っ子マガモは狩人に近寄ると、彼の持つ鉄砲を別の足でつかんだ。
鉄砲が、急にぐにゃりと細くなって地面に垂れ下がる。まるで柔らかな飴細工のようだった。

末っ子マガモは狩人の顔をのぞきこんだ。
狩人の顔はもじゃもじゃとした毛で口元が覆われている。末っ子マガモはそれを見て、妙な生き物だな、と考えた。

「ひ、ひ、ひい、ひ」

狩人が笑う。
狂ったように――いや、もう狂っているのだろう。
その目に光はなく、どこを見ているのかも定かではなかった。

末っ子マガモは急に興味を失ったように、狩人を離した。
狩人はどさりとその場に落ちた。あとは焦点の合わない目を空中に向けたまま、時折思い出したように「ひ、ひ」と笑うばかりだった。
何が起きたか定かではないが、とにかく狩人から敵意は消えうせたようだ。
末っ子マガモは母親マガモのそばに近寄ると、「くあぁ」と鳴き、にょろにょろした足で赤く染まった羽毛の部分をなでた。

「くあぁ、くあぁ」

呼びかけ続け、なで続け――母親マガモの胸元から赤い染みが消え去る。
すると母親マガモは眠りから覚めたかのように起き上がり、首をもたげ、

「あれ? 私、鉄砲で撃たれたんじゃ……」

羽を広げ、胸元を注意深く見る。
当然ながら、何が起きたのか彼女に理解できようはずもないが。

「良く分からないけど、もう痛くないわ。羽もちゃんと広がるし……何だったのかしら。不思議なこともあるものね」

それを見ていた末っ子マガモの背中から、にょきりと二枚の肉片が伸び出してくる。体の色と同じ赤黒い色の、皮の羽である。
兄弟マガモ達や母親マガモのそれとは違う形だが……かろうじて羽と呼べそうではある。
末っ子マガモはそれを、母親マガモに見せるようにして広げた。

「……そうか。ちょっと時間がかかったけど、お前にも巣立ちの時が来たんだね。良かった。元気でね」

末っ子マガモは飛び上がり、母親マガモの上空を「くあぁ」と鳴いて旋回すると、やがて湖に波紋を投じていずこかへ飛び立って行った。


――『世にもおぞましい怪物が現れた』と人間の間で伝わり、撃滅せよと兵が差し向けられることとなった事の発端である。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
何やら不気味な、奇妙な味のするお話でしたね。
この訳のわからないやつをうまく飼いならして、傷の手当専門の便利動物にできないでしょうか。まあ、無理かなあ。
火消茶腕
2014/08/02 22:54
感想ありがとうございます。

飼い慣らせないから怪物なのですよ、と言ってみたりして。
それはさておき、この怪物は人間には良い感情を持っていないような気がします。
育ち故にマガモには優しくしてくれそうですが、他の動物はどうなんだろうなあ。

よろしければ、またお暇な時にでもいらして下さい。
鈴藤由愛
2014/08/03 08:08
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