地球から、別の惑星に向けて宇宙船が旅立った。 半月ほどかけて荷物を運搬するための宇宙船で、積み荷は緑地化を進めるための植物の種子だった。 もう何度も行き来した航路であり、作業も慣れたものである。 宇宙船の操縦も航路を指定すれば機械がやってくれるし、向こうに着くまではほとんど仕事もない。 つまりよほどのことがない限り、持ち場で待機しているだけなのだ。 そのため乗組員の誰もが、いつもの仕事をこなして帰るだけの単調な旅になると予想していた。 船長などは自分の船室に趣味である盆栽を持ち込み、暇つぶしがてら手入れをしていたほどである。 しかし、その旅は突如として緊迫したものとなった。 進路に見慣れぬ不審な宇宙船が立ちふさがり、こちらの船体に張り付いて出入り口をこじ開け、そこから人員がなだれ込んできたのである。 彼らは丈の長い奇妙な衣服と手袋で頭からすっぽり身を覆い隠し、さらに見たこともない奇妙な武器を持っていた。 それはいわば長い鞭のような武器で、こちらの武器を叩き落とし、取り上げてしまうのだ。 抵抗手段が奪いつくされるまでにさほど時間はかからなかった。 かくて、あっけなく船員と船長はそろって捕えられ、縛り上げられて一か所に集められた。 「な、何だお前達は。船員に暴力を振るうなら、承知しないぞ」 床に寝転がされた船長は、震えながらにらみつけた。 室内には数名の見張りがいて、武器をこちらに向けていた。 ここにいるのは全員ではない。船内を制圧した後、彼らは二手に分かれていた。 こうして船員と船長を見張る者と、あとは船内をバタバタ走り回って何かを探す者とである。 一体何を探しているのやら、といぶかしんでいると、見張り役の中から一人が前へ進み出てきた。 「あなたが船長のようですね。私はあの宇宙船のリーダーです」 これが連中のリーダーか、と船長はじっと見つめた。 行いとは裏腹に、意外にも丁寧な言葉づかいだ。 しかしその声音からは礼儀正しさよりも、冷えた感情がくみ取れた。 「一体何が目的だ、俺達を捕まえて、身代金でも取ろうっていうのか」 「あなた方から金など……。私達はこの船の積み荷を奪いに来たのですよ」 「か、海賊だ!」 怯えた声で船員の一人が叫ぶ。 宇宙で海賊とは妙な言い回しだが、略奪行為を行う者を俗に海賊と呼んでいるだけのことである。 彼らは昔の海賊と同じように略奪し、身代金を要求し、時には命を奪う。 そのため有名どころともなると賞金がかけられることもあった。 だが、この船の積み荷といえば植物の種だ。珍しい種類の物ではないし、こうしてわざわざ奪いにかかるほど貴重な物でもない。 何でこんな物を狙ったのだろう、と船長は内心首をひねった。 「いえ、正確には救出しに来た、といったところでしょうか」 何を言っているのかわからない。 船長がますます混乱していると、あちら側の部下が室内に飛び込んできた。 「リーダー、いました! 子供達が大勢、閉じ込められています! 幸い全員生きてます」 船長は青ざめた。 子供がこの船に乗っているはずなどない。 青ざめた船長の脳裏を、「人身売買」という言葉がよぎる。 まさか、自分の知らない所でこの船がそんな犯罪に利用されていたのだろうか。 だがこの船には子供の隠れられるスペースなどないはずだ。 「船長、まさか人身売買になんて手を出したんじゃ」 「馬鹿野郎、そんなことするか!」 船員からの疑いの眼差しを向けられ、船長は怒鳴る。 「寝ぼけたことを。私達は、この船が大勢の子供達を積み荷として乗せているという情報を得ているのですよ」 「そんな馬鹿な、何かの間違いだ。だいたい、この船にそんなスペースは無い!」 しかし、あちら側の部下が横切るのを見て、船長は首をひねった。 それはどう見ても積み荷の、植物の種子を収めたケースの一つだったからだ。 「残らず運び出しなさい。弱っている子がいたら、あちらの船の医療室に運ぶように」 部下達が積み荷を次々と運び出していく。 ――植物の種に向かって、「子」だって? 人間の子供のように扱うなんて、こいつら、いかれてるんじゃないのか。 船長は疑問に思い……ふと、答えに行き当たった。 「環境保護の過激派ってわけか」 それならこの行動にも納得がいく。 おそらく、他の惑星に地球の種子を持ち込むな、という一派の回し者だろう。 地球の種はあくまでも地球にとどまるべき、という思想の派閥があると以前聞いたことがある。 宇宙に人類が進出し、居住するこの時代に何を言うのか。 あざけるように吐き捨てた船長に、リーダーがにじり寄った。 「環境……? 汚らわしい。それはあなた方にとって都合の良い環境を差す言葉に過ぎない」 憎しみと嫌悪を露わにした、冷たい言葉が突き刺さる。 「我々の祖先はあなた方の文明に翻弄されてきた。住みかを作るからと追いやられたかと思えば、環境保護とやらのために酷使され続け……だがそれは仕方のないことだった。動物とは違い、痛いとも辛いとも訴えなかったから。生きていたいとばかり、涙を流すそぶりすらなかったから。声一つ、上げなかったから」 リーダーが手袋を外す。 その下から現れたのは、細長いつるを棒状に巻き付けたものだった。その先に、まるで手のように肉厚の緑色の葉がついている。 後ろの方で「ひっ」と聞こえた小さな悲鳴は、船員のものだろう。 「人間は愚かなのだ。目に見える形で訴えられなければ、耳に届かなければ、その者の痛みを感じ取ることができない。いつまでも知らぬふりをして、犠牲を押し付けていられる――」 船長は震えた。 今自分の目の前にいるのは、まぎれもなく人類が初めて遭遇した種族である。 だが奇妙なことに、人類と長い時を共にしてきた種族でもあるのだ。 『植物』 長い時間を共にしながら意思の疎通が図れなかった故に、人類によって蹂躙された歴史の持ち主。 その恨み、一体どれほどのものなのだろう。 そういえば、自分は盆栽を趣味にしているが、肝心の盆栽自身の気持ちなんて気にしたことなどない。 知っているのは良い手入れ方法ぐらいのものだ。 「リーダー、こいつはどうします?」 そこへ部下が船長の盆栽をうやうやしく運んできた。 「ああ、かわいそうに。まさしく人間の美観とやらの犠牲者だ。一方的な価値観のために、こんな酷い仕打ちを……」 リーダーが憐れみの声を上げ、緑色の葉で盆栽を愛おしげになで……船長たちを見下ろした。 「我々には安住の地がある。我々は先祖とは違い、行動できる。物を言う口もある。生き残れたなら他の人間に伝えよ。我々は――哀れな同胞をあなた方人間の手から救い出す」 憎み切った声音で宣言すると、リーダーは盆栽を抱き込むようにして運び、部下を伴って宇宙船から出て行った。 ほどなく二つの船は離れ、片方はすうっと星の海の彼方へと飛び去った。 |
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読ませていただきました。 |
火消茶腕 2014/07/26 15:59 |
感想ありがとうございます。 |
鈴藤由愛 2014/07/26 16:38 |
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