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zoom RSS 懐かしの我が家

<<   作成日時 : 2014/07/19 10:52   >>

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ある男が船旅に出た。
しかし不運なことに乗った船が嵐に遭って難破してしまい、無人島に流れ着いた。
目が覚めた後、男は他の乗客が流れ着いていないかと探してみたが、結局見つけられなかった。
男は無人島で一人、救助を待つ身となった。
幸い、島にはきれいな水の湧く泉があり、時間はかかったものの火を起こすこともできたので寒さから身を守ることもできた。
食べられる木の実こそなかったが、流れ着く海藻や貝を拾って食料にしながら、男は船の通りかかるのを待ち続けた。

「ああ、俺、もう帰ることもできないのかなあ」

水平線のかなたに目をこらしながら、男はぼやいた。
もう何日、こんな風に過ごしているかも思い出せない。
実家にいる両親は、どれほど心配していることだろう。
そう考えると家が恋しくてたまらない。ぼんやりしていると、不意に記憶がよみがえって泣きたくなるほどに。

「へえ、こりゃずいぶん大きな迷子だな」

自分以外誰もいないはずなのに、背後から誰かが声をかけてきた。
もしかしたら見逃していただけで、実はこの島にも別の乗客が流れ着いていたのかもしれない。
男は振り返り――ぎょっとした。

そこにいたのは、およそ人間とは程遠い生き物だった。
黒い体の背中にはコウモリのような二枚の羽がついている。さらに頭には二本の角、手足の先には鋭い爪が生えていた。
そんな姿の生き物が、男を見下ろしていた。

「ひいっ、お、お前、何者だっ?」

男は腰を抜かした。

(無人島での暮らしに耐えかねて、俺はついに頭がおかしくなったのか)

真っ先に考え付いたのはそれだった。
『悪魔』とでもいうしかないような見た目の生き物を、現実として受け入れるのは難し話だった。

「俺様か? 俺様はお前らが悪魔って呼んでる生き物だよ」

そいつは鋭い牙の生えた真っ赤な口をニヤリとゆがめた。

「悪魔だって? 俺を取って食うつもりか?」
「食わねえよ。ただ、ちょっと退屈なもんでな。気まぐれに願いをかなえてやろうかと思って来てみたのさ」

どういうわけか知らないが、願いをかなえてくれるつもりらしい。
男の脳裏を、あの懐かしの我が家の記憶がよぎった。
帰りたい。何をさておいても帰りたい。
金持ちになりたいとか美男子になりたいとか権力が欲しいとか、かなえてもらいたい願いは山ほどあるが、今の男にとっては、それらはどうでも良かった。

「俺、家に帰りたいんだ。頼む、家に帰らせてくれ」

二もなく三もなく、男はその話に食いついた。
待てども待てども船など通りかからないこの無人島にいつまでも居続けたくはない、その一心だった。
悪魔からこういった類の話を持ち掛けられ、破滅していった先人のことも今は頭に無かった。

「お安い御用さ。じゃあ、目をつむってな」

男は言われるがまま目を閉じた。
すると一瞬、何かに強く吸い込まれそうな感覚をおぼえ――唐突に、硬い木の床にどさりと落ちた。

「いてて……」

男はぶつけたところをさすりながら起き上った。
するとそこは、明かりこそないものの見慣れた間取りの家の中だった。

(そうか、こっちは時差の都合で夜なのか)

男は手探りで明かりのスイッチを探し当て、パチンとスイッチを入れた。
だが、明かりを付けてみて男は驚いた。
家具が違う。間取りは同じなのに、置かれたソファやテーブル、テレビ、壁紙の色などが全体的に古めかしい。
男にはどれも見覚えがあった。だからこそ不気味に思えた。

これは一体どういうことか。自分のいない間に、両親が珍妙な模様替えでもしたのだろうか。
それとも悪魔がしくじって、知らない誰かの家に送られたのだろうか。

「誰だ! そこで何をやってる!」

鋭い声に振り返ると、寝巻きにガウンを羽織った人影が、暗がりからこちらをうかがっていた。
その声に覚えがあった。父親だ。
ただ、彼の記憶にある父親の声はいつもかすれていたが、この声にはそれがなかった。

「お、俺だよ父さん。乗っていた船が難破して、無人島に流れ着いて、やっと帰ってきたんだ」
「父さんだって!?」

暗がりから父親が姿を見せた。
身を守るためだろうか、ステッキを振りかざしている。

「誰がお前の父親だ、俺の子供はまだ十歳にもなっちゃいないぞ!」

男は仰天した。
暗がりから出てきた父親は、自分と同じぐらいの年とおぼしき若さだったのだ。
その後ろから怖々とこちらをうかがい見ている母親も、同じぐらいに若い。
彼女は突然、はっとしてように隣のドアへ駆け出した。
見ればそのドアが細く開くところだった。

それが何の部屋だったかなど、たいして時間もかからず男は思い出せた。
そこは子供部屋だった。自分は大学に行くまで、その部屋を使っていたのだ。

男は悟った。
ここは確かに我が家だ。ただし大幅に時間がずれている。
若かりし頃の父の言う通りなら、自分がまだ十歳にもなっていない時代の我が家に来てしまったのだろう……悪魔によって。

「盗んだ物を置いて出て行け!」

男は、わめき立てる若かりし頃の父親の声を背に、家を飛び出した。
庭に出ると、ワンワンと犬が吠え立てる。
目を向けずとも、男には理解できる。あれは彼が子供の頃に飼っていた犬の声だ。無論、とっくに死んでしまったはずの。

男の目に、涙が浮かぶ。
ああ、懐かしい。目につくもの耳に届くもの、空気すらも自分の心を引く。
こんな状況でさえなかったら、存分に浸っていられたものを。

男は郷愁に胸を裂かれながら、真夜中の昔懐かしい町を当てもなく駆けた。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
やっぱり悪魔だ。
DNA鑑定で自分も息子だと証明してみたらどうでしょう。
火消茶腕
2014/07/19 19:43
感想ありがとうございます。
悪魔に願い事をかなえてもらう時は、微に入り細を穿って頼まないといけませんね。
でもきっと何かやらかすんだ、うん。
DNA鑑定で調べても、自分と同じぐらいの年の息子なんて受け入れがたいでしょうなあ。
きっとモルダーさん達に連れて行かれるんだ。

ではまた、お暇な時にでもいらして下さい。
鈴藤由愛
2014/07/19 19:52
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