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zoom RSS 飼育と工夫

<<   作成日時 : 2014/01/11 21:53   >>

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四方を白い壁に囲まれた室内に、優雅なクラシック音楽が流れている。
部屋の中にはベッドとテーブルと椅子、そしてスクリーンが垂れ下がっている。
それと、トイレやシャワールームに続くドアがあるだけ。
これがこの部屋にある物の全てだ。
スクリーンに映されているのは、チョウチョの舞うきれいな花畑の映像。
あと一時間もすれば、また違う映像に切り替わるだろう。
音楽は、あと数分ぐらいで別の曲に変わるはずだ。

テーブルについた僕は、その映像を見ながらスープを一口飲んだ。
塩分控えめ、脂肪も少ない野菜たっぷりの健康に配慮したらしいスープ。
僕の前に置かれたトレイには、添加物を含まないパンや、農薬を使っていないオレンジなんかもある。
僕の昼食だ。

僕はここ以外の世界を知らない。
真っ白い壁に囲まれたこの空間が、生まれてこの方僕の知る世界だった。
僕は特殊な体質らしく、ここから出ては生きていけないのだそうだ。
唯一部屋の外につながっているのは、壁の真ん中に取り付けられた、横に細長い上開き式の小さな鉄製の戸だ。
戸の前に台がついていて、食事を載せたトレイが、そこから定期的に差し入れられるのだ。
食べ終わったらそこからトレイごと向こうに押し出せば、いつの間にか片付けられている。
……片付けてくれるのが人なのか機械なのか、僕にはわからないけれど。

――別に、ここから出たいとは思わない。
体質うんぬんの前に、そもそも外は人間の生きられる環境ではないからだ。
外の世界は分厚い氷と深い雪に閉ざされ、そこにいた生物は絶滅してしまった。
僕の生まれるずっとずっと前、外の世界は分厚い氷と深い雪に閉ざされてしまい、とても人の住める環境ではなくなってしまったそうだ。
外にで生きられなくなった人類は、生活と文明の基盤を移さざるを得なくなった。
人類が選んだのは、寒さの及ばぬ世界――地下だった。

スクリーンの映像が切り替わる。
目に痛いほどの青空と、一面に広がる黄色いひまわりの花。
ああ、これは確か、夏という季節の映像だ。
夏というのはとても暑く、日中をやり過ごすのが大変だったらしい。
三十度とかそれ以上の暑さって、一体どんなものなのだろう。

と、不意に映像にノイズが走った。
何だろうと思っていると、パッとノイズが消えてきれいな映像に戻った。
だけど、映っているのはさっきまでとは全然違う映像だった。
笑顔を浮かべた人間が、マイクを片手に建物へと向かっているところだ。

「さあ今日は名物の国産牛の産地にやってきました!」

こくさんぎゅう?
僕は首をかしげた。

映像の下の方に牛、の字を見つけて、僕はやっと理解した。
牛か。そういえば牛という字は「ぎゅう」とも読むものな。
牛は映像で見た事があるぞ。角があって、白黒ぶちとか茶色だったりする、あの大きな体の生き物のことだ。
野原に放って新鮮な草を食べさせたりブラシをかけたりして世話をして、乳をしぼるのだ。

もしかして「こくさん」というのはその牛の種類か何かだろうか。
そうこうしているうちに、人間は建物の中に入っていった。
大きな建物の中に、黒い毛並みの牛がずらりと並んでいる。
見たことのない牛だ。
人間が平べったいシャベルで粉っぽい物をすくい、牛たちの前の細長い入れ物に落としていく。
牛達はそれを長い舌ですくうように口に運び、もしゃもしゃと口を動かしていた。
僕の知っている牛の飼育法とは違う。

「A−5ランクの牛肉を生み出すために行っている工夫とは?」

映像の中に、そんな文字がでかでかと現れる。
ぎゅうにく……? 牛の肉、ということ?
牛っていうのはただ、乳をしぼるだけなんじゃ……?

映像がさらに切り替わる。

「何とこちらの牛は、おからを餌に混ぜているんです! こうすることによって肉質が……」
「添加物、農薬を一切含まない安全なオーガニック素材で育てた牛は……」
「さらに、クラシック音楽を聞かせて育てるという試みを……」

色々な。
色々な映像が、次々と映し出されては消えていく。

ぐえっ、と腹の底から変な息が吐き出された。
気持ちが悪い。吐き気がする。
何だろう、この感覚。

ここから出られず。
音楽を聞かされ。
食べ物は全て自然な、添加物や薬を含んでいない物ばかりで。

まるで、この部屋にいる僕みたいな……?

ブツッと音がして、急に映像が消えた。
何も映さなくなったスクリーンに、僕の黒い影が映っている。

一体何だったんだろう、今のは。





「自分の食べてきた肉の正体を知って、義憤に駆られたか」

黒い衣服に身を包んだ男が、取り押さえられている若者を見下ろす。
若者はさんざん殴られた後のようで、まぶたがはれ、切れた唇の端から血を流していた。

「冗談じゃ……冗談じゃない! 何考えてるんだよ、食肉用の人間なんて!」
「はっはっは! さんざん肉を食ってきた口で何を言うか!」

若者の頭を踏みつけ、男は笑う。

「食ってきた肉への贖罪のつもりかね? これから肉にされる人間に疑問と恐怖を抱かせて、それで何かが変わると思ったのかね」

ぐり、と強く一度踏みにじって、男は若者から足を離した。

「人間が肉を食べたいなんて言わなければ、彼らは存在しなかったんだがね。悲しきかな、地下へ潜っても人間は肉を求めずにいられなかったのだよ」

男はいくつも並んだモニターのうちの一つを見つめる。
それは、先ほど肉用牛の映像を見た人間の部屋を映すモニターだ。
モニター内の人間はうろうろと落ち着かない様子で部屋の中を歩き回り、ため息をついては頭をがしがしかいている。

気付いただろうか、自分の行く末を。
勘付いただろうか、自分が肉にされ食われるために生み出された存在だと。

ここから見るだけではわからないが、何かを感じ取った様子ではある。
泣きわめいたりしないところを見ると、明確な答にはまだ至っていないようだが。

「で、義憤に駆られた正義漢は一人なのかね?」
「ふんっ」

顔をそむける若者を、男は蹴り上げた。

「こいつの仲間がいるかもしれん。徹底して調べ上げろ。発見次第、殺せ」

口と鼻から血を垂らす若者を冷たく見下ろし、男は部下に命じる。
若者はうめき声を上げながら連行され、やがて室内には静寂が戻った。
男は再びモニターに目を移す。

「加工するには少々早いが、妙な自意識を持たれても困る。次はこいつを出荷しよう」

男の見つめるモニター内。
肉用牛の映像を見た人間はベッドに腰かけ、うなだれていた。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
ブラックですね。大好きです。藤子・F・不二雄の「ミノタウロスの皿」を思い出しました。
僕ということから主人公は男ですよね。牛は子どもを産んでない大人の雌の肉が最高で、雄は美味しくない。それで若いうちに去勢されるわけなんですが、この主人公も・・・。
次回作も期待しています。
火消茶腕
2014/01/13 10:02
感想ありがとうございます。

やっぱり連想されますよね。〈ミノタウロスの皿
私も好きなんです。マンガ持ってます。他にも二冊ほど。

こちらの方は雌は繁殖用に使われ、少年期の雄を食ってるイメージです。
去勢の事は頭にありませんでした。
やらなきゃ美味しくないですよね。

今回はなかなかネタが浮かばなくて難産の末に仕上げた話なので、正直なところ自信はありませんでした。
更新しないでおこうかと思いつつ、でもプライドが許さん!とあがいてしまいました。
なので感想を頂けてホッとしています。

ではまた、お暇な時にでもいして下さい。
鈴藤由愛
2014/01/13 12:35
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