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zoom RSS Dear ジュリー 7

<<   作成日時 : 2013/12/21 16:02   >>

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騒ぎの起きた日から時間が流れて、寒い日の続く季節になりました。
最初の頃こそ様々に飛び交った噂も話題に上らなくなり、お店も以前の通りに営業しています。
毎朝の掃除も相変わらずです。
今日は寒さから身を守るためにマフラーを巻いてカーディガンを羽織って、私はお店の前に出ました。
この時期は落ち葉が増えるので、少しだけ掃除に時間がかかります。
掃除に取り掛かる前、私は手に息を吐きかけました。
吐いた息は真っ白くほわほわと湯気のように立ち上ると、空中に消えていきました。

さて掃除掃除。
ほうきを持ち直した時、後ろからコツコツという靴音がして、私は振り向きました。

「おはよう、寒いのに頑張るねえ」

靴音の正体は、近所に住むおじいさんでした。

「おはようございます」

私があいさつを返すと、おじいさんは寒さに身を縮めながら「ああ」と答えて、私の前を通り過ぎていきました。

……わかっているはずなのに。
私は白く煙るため息を吐いて、掃除を再開しました。
でも頭の中は、ある光景の記憶でいっぱいでした。

『やあ』

あの日、初めて出会った時。
アレクサンドロさんは後ろから、私に声をかけてきました。
振り向いた私に、彼はにこりと微笑みました。

『僕はアレクサンドロっていうんだ。最近、ここに越してきたばかりなんだよ。君は、この店の子かい?』

その時私は、『はい』と答えました。
一応、この店の子と呼べないこともありませんから。

『私、ジュリーといいます』

そう答えた私を、アレクサンドロさんはほんの少し驚いたように見つめ……そして、とてもうれしそうな笑顔を浮かべました。

『ねえジュリー。僕と明日、カフェに行かないか?』

初対面だというのに一体何を言い出すのだと、私は面食らって立ち尽くしました。
これが噂に聞く「ナンパ」とやらかと、衝撃を覚えたのです。
私の持っていたそれに関する知識は全ておばさん由来のもので、断るのが大変なもの、というぐらいのことしかわかっていませんでした。

『ご、ごめんなさい。私、お店の仕事があるから行けません』

私はおそるおそる、断りの言葉を唇に乗せました。
しつこくされたらどうしよう、と内心ビクビクしながら。

『そうか。じゃあ、また明日』

アレクサンドロさんはあっさりした口ぶりで答えると、背中を向けて行ってしまいました。
断られたのにがっかりした様子もなく、足取りは軽いものでした。
私はというと、生まれて初めてのことに驚いたあまり、直立不動の姿勢で彼を見送ってしまいました。

あの時すでに、アレクサンドロさんは私に、別の人を重ねて見ていたのでしょう。
――いいえ。
私を別の人だと、信じ込んでしまったのでしょう。


アレクサンドロさんが私の前に現れることは、もうありません。
彼は、ここからずっと離れたところにあるという精神病院に送られてしまったのです。
弟さんの手紙によれば、白い壁に白い床と天井の、鉄格子のついた部屋にいるそうです。
アレクサンドロさんは大声で泣きわめいたり暴れたりということを繰り返したため、薬を使っておとなしくさせているような状態なのだと、弟さんから送られてきた手紙で知りました。
もう弟さんのことすらわからないそうで、面会に行ってもうつろな目でどこかを見ているばかりだと手紙にはありました。
弟さんの手紙には、お金が同封されていました。
「迷惑料だから受け取って欲しい」と、そう書かれていました。
返そうにも、手紙の封筒には弟さんの住所がありませんでした。
配達屋さんに聞いてみると、弟さんはもうとっくに引っ越した後で、どこへ行ったかは知らないと言われました。

「もう来るなって言われたから、そうするつもりなのよ。きっと」

手紙をそっと引き出しにしまいながら、おばさんはそう言っていました。

私はこの頃、ふと思うことがあります。
真実を突きつけられて気が狂い、鉄格子のついた部屋で過ごすうようになるのと、私を別人と理解できないままカフェに誘い続けるのと、果たしてどちらがアレクサンドロさんにとってましだったのでしょうか。
私には、この考えに答えを出すことができません。
どちらにも後々辛くなるのだと思うと、どちらが良かったのかなんてわからなくなるのです。
ただ、一つだけ。
私の言葉が、取った行動が、彼の運命を決定付けてしまったことは揺るがぬ事実です。
このことを私はきっと、忘れはしないでしょう。

「ジュリー。掃除、もう終わった?」

物思いにふけっていると、おばさんがお店からひょっこりと顔を出しました。

「あ、ごめんなさい。もう少しだけかかります」

いけないいけない、すっかり掃除の手が止まっていました。
私は慌てて、ほうきを動かしました。

「別にいいけど、寒いから早く済ませて戻ってらっしゃい。風邪ひいちゃうわよ」

それからおばさんは空を見上げ、

「なんだか雪が降りそうね」

そう言って、お店の中に戻っていきました。
雪が降る……私は思わず、空を見上げました。
雨の日とは違う、重たい感じのする鉛色の雲が空一面を覆っています。
また一つ、季節が移ろうとしているのです。

季節というのは本当に、人間の気持ちや事情などおかまいなしに、一つずつ、順番に変わってゆきます。
それが普通で、当たり前のことで。
季節が変わらなかったら、それは異常。

でも、人間は、人間の心は……。

私は掃除を終わらせるために、黙々とほうきを動かしました。
うつむいた視界にひとひら、まっ白い雪が落ちてきて、地面に溶けて消えました。


<完>

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
一応反戦がテーマなんでしょうか。切ない話でした。
アレクサンドロスさんって何歳ぐらいなんですかね。イケメンですよね。きっといつか治ると妄想します。

ところで、最初から一話完結の話だけ読ませてらったのですが、すごいですね。こんなにずっと続けられてるなんて尊敬します。話のレベルがどれも高い。面白い。
 実は私も二年前から毎週一話の創作小説ブログをやってるんですが、ぜひ師匠と呼ばせてください。
 またおじゃまします。
火消茶腕
2013/12/25 22:57
感想ありがとうございます。

悲劇性を求めて突っ走ったら、こんな感じになりました。
反戦とかは考えてなかったです。
アレクサンドロさんは二十代半ばくらいのイメージで書いとります。
そしてきっと、女の子に声かけられて悲鳴上げられない程度には美形。

一話完結の話はどんでん返しとか、良いオチをつけられるように意識してます。
最近はほとんど書いてない……。

火消茶腕さんも小説書いてらしたんですね。
主にどんなジャンルで活動なさってますか?

いやいやいや、師匠なんてそんな!
まだまだ未熟者ですよ自分は。

それではまた、お暇な時にでもいらして下さい。



鈴藤由愛
2013/12/26 06:12
コメントの返事有り難うございます。
私は「なんとなくショートショート」というブログを運営しています。urlが貼れないようですので、悪しからず。
 師匠に見ていただくのは気恥ずかしいのですが、よろしければご訪問ください。
火消茶腕
2013/12/26 22:59
お返事ありがとうございます。
後々うかがいますね。
鈴藤由愛
2013/12/27 06:06
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