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zoom RSS Dear ジュリー 6

<<   作成日時 : 2013/12/14 21:11   >>

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立ち話じゃ済まない話だろうから、とおばさんの指示で「臨時休業」の札をお店の入り口にかけて、三人で居間の小さなテーブルを囲んで。

「その、ジュリーっていうのは俺達兄弟にとって幼なじみです」

弟さんはため息をつき、少しばかり悩むような素振りを見せました。

「いや……違うか。俺にとってはただの幼なじみですが、兄にとっては初恋の相手です」

初恋と聞いて、私の胸はちくりと痛みました。
その人は私とは違って、アレクサンドロさんから本当に思いを寄せられていたのです。
そう思うと悲しくて、そしてジュリーさんのことをうらやましく思わずにいられません。

「俺が四つで、兄が八つの時にポートギーに引っ越して……近所に雑貨屋があって、ジュリーはそこの一人娘でした」
「ポートギー!?」

おばさんが目を丸くしました。
ポートギーというのはここからずっと南にある港町の名前です。
国で一番大きな港町でしたが、戦争が起きた時に真っ先に戦場になった場所です。
交通の要所だという理由で二つの勢力が何度も奪い合いを繰り返したため、破壊しつくされてしまったそうです。
住んでいた人達は大半が殺されてしまい、わずかに生き残った人達は必死に暮らしを立て直そうとしているところだと聞きました。

「あなた、よく生き残って……」

おばさんが気遣わしげに目をふせると、弟さんは「運が良かっただけですよ」と短く答えました。

「俺達、小さい頃はよく三人で遊んでいて、お互いの家をしょっちゅう行き来してました……まあ、ジュリーが店の手伝いをするようになってからは、俺、あんまり話したりしなくなりましたけど。でも兄は、何かにかこつけてジュリーに会いに行ったり、話したり、店の前を通りかかったりしてました。だから、周りもなんとなく勘付いてたんですよ。ああ、好きなんだろうなって」

弟さんは一瞬、遠くを見るような目をしました。
「懐かしい」と言って昔の話をする時の、おばさんと同じ目です。

「本格的に兄が思いを寄せ始めたのは、十五歳のあたりからかな。カフェに行かないかって誘い始めたのが、その頃だったから」
「で、そのジュリーって子とは、何回か一緒にカフェに行ったの?」
「いえ、いつも断られてました。お店の仕事があるから行けないって。でもあきらめが悪いのか、よっぽど惚れてたのか、毎日毎日、兄は雑貨屋に通ってて」

私と同じ……。
思わず目をふせてしまいました。

「半年ぐらい断られ続けて、その後戦争が起きて……結局二人が一緒にカフェに行くことはなかったんです」
「あの……ジュリーさんは、今どうしてるんですか?」

私は勇気を振り絞って、尋ねました。
もし生きているのなら、アレクサンドロさんのことを伝えた方がいいはずです。
たとえアレクサンドロさんのことを好きじゃないとしても、会ってあげて欲しい。
一緒にカフェに行ってあげて欲しい。
そうすればきっと、アレクサンドロさんの時間は進むのではないでしょうか。
戦争の起こる前の思い出にすがりついている彼の時間が。

「ジュリーは……兄の目の前で……」

弟さんの表情が、強張りました。
引き結ばれた口元が何を言おうとしているのか、わかりました。

アレクサンドロさんがジュリーさんとカフェに行くことは、もう絶対にないのです。
仕事があるからとか相手のことが嫌いだからとか、そんな理由ではなく。

私は、つい今しがたの自分の考えを恥じました。
他人の事情も知らないで、なんて傲慢なことを考えたのでしょう。

「ジュリーが殺された後、兄は兵士に志願して戦場へ行きました。きっと、ジュリーの仇を取りたかったんだろうな」

仇を取るため……。
アレクサンドロさんにとってジュリーさんは、それほど大きな存在だったのでしょう。
誰かのために武器を取るなんて、私には想像もつかないことです。
母が死んだ時、私はただ泣きじゃくるだけでしたから。

「俺は兵士に志願できる年じゃなかったから、戦場で何があったかは知らないけど……戦争が終わって帰ってきた兄はもう、おかしくなってました。戦争の始まる年と終わった年の間の記憶が、すっぽり抜けてるんですよ。ジュリーが死んだことも、兵士に志願したことも覚えてなくて……」

弟さんは、テーブルの上に置いた手をじっと見つめていました。
私にも戦場の苦しみはわかりませんが、目の前の現実を拒んでひたすらに目を背けたくなるような、そんな場所なのでしょう。
アレクサンドロさんがそうであるように。

「……俺、ジュリーのいた町から離れれば治るかもって、そう思ってこの町に来たんですけど……でも、駄目ですね。人様のところで迷惑かけて、こんな騒ぎなんか起こして……」

弟さんの言葉は、震えてかすれていました。
言い終えると彼はうつむき、拳で目の辺りを乱暴にぐいっとぬぐいました。

「その雑貨屋のジュリーって子は、うちのジュリーにそんなに似てるの?」

おばさんが尋ねると、弟さんは私の顔をじっと見つめました。
目のふちの赤い、アレクサンドロさんの面影がある顔。
私は少しだけ目線を逸らし、弟さんの口元に視線を固定しました。
とてもじゃないけれど、見つめ返すなんてできません。
……色々と思い出してしまいそうで。

「顔はあんまり似てないですよ。でも、背丈は同じぐらいだし、髪の色や目の色は一緒です。後ろから見たら、たぶんわからないんじゃないかな」

そういえば、アレクサンドロさんはいつも、私の後ろから近付いてきていました。
朝、店の前を掃除する私の後ろ姿を見て、彼は私のことをジュリーさんだと思い込んでしまったのでしょう。

「まさか、この町の雑貨屋にジュリーっていう女の子がいると思わなかった」

アレクサンドロさんは辛そうな顔をして、テーブルの上に伏せるようにして頭を下げました。

「兄の壊した物があれば弁償します。本当に、申し訳ありません」

私は、何も答えられませんでした。
同じ名前の別の人に重ねて見られていたと思うと、自分の存在がとてつもなく軽いものにされたようで、悲しくて悔しくて辛い気持ちになります。
でも、アレクサンドロさんに悪意はないのです。誰かを責めて終わる話ではないのです。
私はこの感情を、一体どうしたらいいのでしょう?
やりきれない気持ちを、どこへぶつけたらいいのでしょう?

私は……私は。

唇の震えを感じた直後、視界がゆうらり、とにじみました。
ああ、泣いているんだ。
そう自覚したのは、頬を伝う感覚があってからのことでした。

「帰ってちょうだい。弁償はいらないわ。もう二度と、店には来ないで」

私の頭を、おばさんがそっと片腕で抱き寄せました。
弟さんはしばらく何も言いませんでしたが、そのうち、ガタン、と椅子から立つ音が聞こえました。

「申し訳、ありません」

もう一度弟さんが詫びの言葉を口にして――部屋から遠ざかる靴音が聞こえました。
ドアの閉まる音が聞こえた途端、私の中で何かがぷつりと切れました。
私は泣きました。
声を上げて、おばさんにしがみついて、泣きました。
おばさんはずっと、私の背中をさすってくれました。

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