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zoom RSS 踊り子の夢

<<   作成日時 : 2013/10/19 14:07   >>

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昔、とある小さな村に、踊ることの大好きな女がいました。
女は成長とともに、踊りで生計を立てる踊り子になりたいと願うようになりました。
体のしなやかさ、きれのある身のこなし、そして整った顔立ちという、踊り子として愛されるに必要なもの全てを、彼女は持っていました。
女は心配する両親を説き伏せ、村を出てとある劇団に所属することとなったのです。

女は劇団に所属してから、新人としての辛い下積み生活を過ごしました。
様々な雑用、先輩からの理不尽ないじめ、同じ時期に入った子からの陰口……辛いことはたくさんありました。
それでもいつか舞踏劇の主役となり、観客を前に踊る日を夢見て耐えていました。
ですが、一年過ぎても二年過ぎても、いつまで経っても女は主役どころか脇役にすら選ばれず、相変わらず雑用に追われる日々でした。
雑用にかこつけて選ばれるための努力を怠ったからではありません。
毎日練習に励み、懸命に努力していたのですが、それでも、他の踊り子たちは彼女よりもずっと踊るのが上手だったのです。
才能のある者ばかり集めたら、またその中で能力の差が生まれるのは当然のことでした。

「私、このまま人前で踊れずに終わるのかな……」

雑用にも慣れきったある日、女は一人、楽屋裏で衣装の片づけをしながらそう呟きました。
次に上演される新しい舞踏劇のキャストに選ばれなかったことが不満なあまり、口に出してしまったのです。

「お前、観客の前で踊りたいのか」

すると、一人きりのはずなのに、どこかから声がしました。

「誰!?」

女は驚いて辺りを見回しました。
すると、自分のすぐ後ろに、黒い体に黒い二枚の羽があり、頭から二本の角を生やした人物がいました。
そいつは空中で寝転がり、女を面白そうに見ています。
そいつを見たら誰もが『悪魔』の文字を思い浮かべることでしょう。
女もまた、そうでした。

「おいおい、そんなに怯えるなって。取って食いやしねえよ」

強張った顔で後ずさる女に、悪魔は気さくに話しかけました。
悪魔が笑うと、真っ赤な口の中に鋭い牙が見えました。
これで怯えるなと言われても無理な話です。
女はすっかり腰を抜かし、その場にへたり込んでしまいました。

「まー……怖いのはわかるがよ。とにかく話すぞ。そんなに踊りたいのなら、俺が願いをかなえてやってもいいぜ。満員の観客の前で躍らせてやる」
「ほ、本当に?」
「ただし、条件がある。どんな観客でも文句はないな?」

一体それはどういう意味なのでしょう。
もしや、どんなに上手に踊っても文句しか言わないような観客の前で踊れというのでしょうか。
女はほんの少し迷いましたが、「はい」と答えました。
夢がかなうのなら観客の性質には目をつぶろう、と本気で思っていました。

「よし、取り引き成立だ」

悪魔はにたりと笑い、すうっと煙のように姿を消してしまいました。

次の日、劇団に騒ぎが持ち上がりました。
新しい舞踏劇の主役をやるはずだった踊り子が足を痛めてしまい、降板せざるを得なくなったのです。
すぐに代役を探すこととなり、オーディションが行われました。
女はそれに参加し、見事選ばれました。

「あの悪魔のおかげなのかしら」

悪魔の言葉が引っかかってはいましたが、女は主役をやれるという喜びから、すぐにそれを頭から追い出しました。
だいいち、主役という以上他のキャストの何倍も練習をする必要があり、毎日くたくたで気にするどころではありませんでした。

そしてついに上演の日。
女は満員の観客の前で練習の成果を十二分に発揮しました。
ささいな間違いもせず、全てやりおおせたのです。
観客の中には招待した両親もいて、感激にむせび泣いていました。

「ブラボー! ブラボー!」

喝采を送る客がいる一方、彼女の踊りを気に入らないのか終始むっつりとしていたり、ひそひそと隣同士で話す客もいましたが。
ともかく無事に舞踏劇が終幕し、カーテンコールが始まりました。
着飾った踊り子達のラインダンスが観客を盛り上げ、キャストが順に登場し、主役である女がトリを飾るのです。
自分の番が来るまでのわずかなひと時、女は椅子に座って休んでいました。
出番に備え、付き人が女の乱れた髪を結い直し、汗を拭いて化粧を直します。

「あら……?」

女はふと、足の違和感を覚えました。
足がびくびくと震えるのです。
初めて主役を演じた緊張が今になってきたのかと思いきや、どうも違うようです。

「どうしました?」
「わからないわ。一体どうしたのかしら」
「立てますか?」
「痛みはないけど……」

女は突然、椅子を蹴るようにして立ち上がりました。

「えっ? えっ? どうしたんです、まだ出番じゃ……うわあ!」

戸惑う付き人を体当たりで吹き飛ばし、ステージに向かって駆け出します。

「何をやっとるんだ、あいつ!」

興行主が頭を抱え、叫びました。
カーテンコールは滅茶苦茶です。
トリを飾るはずの主役がいきなりステージに飛び出した挙句、ラインダンスの踊り子をなぎ倒して観客席に向かって飛び降りたのですから。

「おい止まれ! 一体何だっていうんだ!」

女にだって何が何だかわかりませんでした。
自分の意思と無関係に体が動いているのですから。

「体が勝手に……だ、誰か止めて!!」

大騒ぎする劇団関係者とキャスト達、そしてあっけに取られる観客の視線を集めながら、女はついに劇場を飛び出していきました。
劇場前の通りを駆け抜け、街から出て行き、民家もないような荒れ野を突き進みます。
衣装はぼろぼろになり、髪は乱れ化粧は崩れ、何より眠ることすら叶わないため体力はもう限界です。

「お願い、足が勝手に動いて止まらないの! 誰か止めて、助けて!」
「おお、そりゃ大変だ!」

時折、女を止めようとする人もいましたが、女の体はその人に向かって体当たりを食らわせ、進み続けました。

「嫌、もう嫌、どうしてこんな目に……」

初めて主役をやった舞踏劇を台無しにしてしまうなんて。
それも両親の目の前で。

悪魔と取り引きなんてするものじゃなかったと後悔しても、後の祭りでした。

女はひたすらに突き進み――やがて、とある古い劇場の前にたどり着きました。
もう何年、いや何十年も人の出入りの無さそうな荒れようです。

「い、嫌よ。こんな不気味なところ、入りたくない……」

しかし、彼女の意識などおかまいなしに足は動きました。
たまったホコリやびっしりと張り巡らされたくもの巣を顔や体に貼り付けながら劇場の中を進み、穴だらけのステージに到着したところで、やっと女の足が止まりました。
ただし止まっただけで、相変わらず女の思い通りに動いてはくれません。
まさしく人形のように突っ立った状態で、女は唯一自由になる目を動かして辺りの様子をうかがっていました。

「よう、やっと来たな」

女の前に、悪魔が現れました。
空中であぐらをかいた姿勢で、にやにやと笑っています。

「いやあ悪い悪い。観客がよ、一度も主役をやったことのない踊り子じゃ嫌だって言うんで、一応主役をやってもらったんだわ」

途端、辺りの空気が冷え込みました。
女がまばたきをする一瞬の間に、風景が一変しました。
女の衣装は元の状態に戻り、乱れた髪は結い上げられ、崩れた化粧も整えられていました。
穴だらけだったステージの床は磨き抜かれたものに変わり、降り注ぐきらびやかなシャンデリアの光をてらてらと反射していました。
ステージの前には楽団がいて、指揮者のタクトが下ろされる瞬間を待っています。
観客席は満員で、皆高級そうな衣服に身を包んでわくわくとした顔をこちらに向けていました。
ただし楽団員も観客も半透明で、この世の人ではないことがうかがえました。

「さあ、踊ってやれよ。皆あんたの登場を楽しみにして待っていたんだぜ」

その言葉を聞いた途端、女は奇妙な高揚を覚えました。
――私を待っていた。私の踊りを楽しみにしていた。そう、ここにいる皆が。
それは、女が踊り子になることを夢見てから渇望していたものでした。

指揮者のタクトがすいっと空を切り、演奏が始まります。
奏でられた曲は聞き覚えのないものでしたが、踊りを合わせやすそうな曲調でした。
女は不思議なほど晴れやかな気持ちで踊りだしました。
今踊っているのが自分の意思によるものか、そうでないのかは気になりませんでした。
満足感が女の意識を麻痺させていたのです。
何せ、主役をやったあの舞踏劇の時とは違い、今この場にいる全ての観客は自分の踊りに魅了されているのですから。

「ああ、私、今とっても幸せよ」

女は半透明な観客の拍手喝采を浴びながら、恍惚とした気持ちで踊り続けました。
疲労も空腹も排泄も……いつしか生物に備わる欲求全てが抜け落ちていました。

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