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zoom RSS カルネ村にて エピローグ1

<<   作成日時 : 2013/09/28 14:50   >>

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その後、カレンはリーザと共に家へ戻った。
クララはいつの間にか姿を消していて、どこを探しても見つからなかった。
夕暮れの色が濃くなる中、このまま村にとどまるわけにはいかない、と決断したのだ。

村を出る時、カレンは橋げたに引っかかる巨大な虫を見た。
オレンジ色の夕焼けの光を浴びながら、白い腹を上に向けて水に浮かんだそいつは、二人が橋を渡りきっても身動き一つしなかった。
完全に死んだ様子だった。

「ギールが死んだから……?」
「おそらく、そうでしょうね」

家に帰ると、カレンは母親に、父親が死んだことを伝えた。

「何だって、あの人が……!?」

夫の死を知らされた母親は顔面蒼白となり、その場で泣き崩れた。

「ああ、何てこと……こんなことなら、毎日でも村に行って様子を見に行けばよかった! そうすりゃ、あの人は死なずに済んだかもしれないのに!」

だが、そこからカレンにとって悲しい展開となった。
母親はカレンの話す事件の真相を、一切信じてくれなかったのだ。

「本当だよ! お父さんが死んだのはギールっていう奴のせいなの。そもそも八十年前の事件が原因で……」

だが主張すればするほど、母親は辛い顔をしてカレンを見た。

「カレン、お願いだからしっかりしておくれ。悲しいのはお前だけじゃないんだよ。あたしだって、あたしだって……」

抱きしめられて背中をなでられ、気遣わしげな声で語りかけられ……カレンは悟った。
父親の死にショックを受けて、頭がおかしくなったと思われているのだ、と。

(信じてくれないんだ、お母さん)

それがどうしようもなく悲しくて、カレンは泣いた。

一応、信じさせるに足る証拠はその場にあった。
リーザだ。
リーザの顔の左半分を覆っている布を外して見せれば、村に起きた異常を信じてもらえるだろう。
だが、それは彼女を深く傷つける行為だ。
そこまでして信じてもらう必要があるのか、カレンにはわからない。
カレンはそれっきり、母親に対して事件のことを主張するのをやめた。

リーザのことは、顔にひどいケガをしているからと伝えた。
母親は見せてごらんと言ったが、人に見せられないような傷だと言うと、それ以上追求しなかった。
しばらく家にいさせてあげて欲しい、とカレンが頼むと、母親はカレンのベッドを使ってもらうよう言った。
――家にクララが来た時のように。

後日、カレンの報告で他の村から人が駆けつけた。
彼らは、村に起きた事件を原因不明な虫の大量発生による集団失踪ということで片付けた。
大量に発生した虫のせいで食料が枯渇したために、皆どこかへ移動したのだ、という解釈である。
村長が帳簿に書き残した文面は、突然のことに精神が錯乱したためと解釈された。
誰にも何も言わず、また書置き一つ残さないままでの移動という、あまりに不自然な点の目立つ結論だった。

(本当は、違うのに)

カレンは彼らに事件の真相を話そうかどうか迷い、結局話さなかった。
信用してもらうための証が立てられないからだった。
ギールの死体や川に浮いていた巨大な虫の死体は消え失せていて、残っていたのは小さな虫の死骸ばかりだ。
だからといってリーザの顔をさらすのは胸が痛む。
異常の証拠を提示もせず、虫に食われて皆死んだなどと奇怪な話をされて、果たして誰が信じられるだろうか。
頭のおかしな奴と思われるのが関の山だ。

カレンはついに口をつぐんだまま、父親の埋葬の日までを過ごした。
カレンの父親の死は、以前から内臓を患っていたものが悪化してのこととみなされた。
家族に心配や迷惑をかけたくないあまり、ずっと隠していたのだろう、と。
父親の遺体は、駆けつけた人々の手を借りて埋葬された。

(お父さん……)

父の墓である十字架を見つめ、カレンは一人、墓場に立っていた。
一つだけ真新しい木で出来た十字架は、ほぼ荒地の墓場の中で目立っていた。

(お父さん、ごめんなさい。仇を取るって決めたのに……。お父さんのことがどうでもいいってわけじゃないの。でも、私、あの時お父さんのこと、頭になかった)

あの時、確かにギールの命を奪いはしたが、それは父の仇討ちのためというより、もっと別な感情に突き動かされてのことだ。
だから仇討ちは果たされていない、とカレンは思う。

(ごめんなさい)

「カレンさん」

もう一度詫びの言葉を心に浮かべたその時、肩に手を置かれた。
驚いてそちらに顔を向けると――リーザがいた。

「良かったんですか。お母様と一緒に行かなくて」

カレンは「うん」とだけ答え、再び父の墓に目を移した。
父親の埋葬が済んだ後、カレンと母親は別の村に移り住むことになった。
その村には宿屋を営んでいるという母親の古い友人がいて、親子で住み込みで働かないかと声をかけてくれたのだ。
職も住まいもこれで心配ないと、母親は一安心した様子だった。
だが、カレンは「行かない」と答えた。

――「私、一緒に行かない。やりたいことがあるから」――
――「どうして!? 一人で生きていくなんて、お前にはまだ無理だよ」――

カレンはリーザをちらりと見、それから母親の顔をまっすぐに見て答えた。

「……リーザの『ケガ』を、治してあげたいの。終わったら、私もそっちに行くから」

娘の決意を見て取ったのだろう、母親はそれ以上何も言わなかった。
そして今朝、古い友人と共に荷馬車で出発していったのだ。

「良かったんですか。一緒に行かなくて」
「良いの。これが今生の別れってわけじゃないもん」

母親にはまた会える。寂しくなんかない。だって、生きているのだから。
カレンは自分にそう言い聞かせた。

この後、カレンとリーザは旅立つつもりでいる。
リーザに取り付いた虫を取り除く方法を探し求めるという、いつ終わるかもわからない旅だ。
とりあえずは情報の集まりやすいであろう大きな街を目指すつもりでいる。

「クララさん、どこ行ったんでしょうね」

隣に並び立ち、リーザがつぶやく。
結局あれから、クララの姿を見ていない。
何故、何も言わずに去ってしまったのだろうか。彼女は今頃どこでどうしているのだろう。

「クララさんって、人間じゃなかったんですね」
「そうだね」

カマキリに似たクララの姿が思い浮かぶ。
もしかしたらあれは人目にさらしたくない姿で、見られてしまったために黙って去ったのだろうか。

(助けてくれたのにな)

カレンは、お礼を言っていなかったことを今さらになって思い出した。

「どこかでクララに会ったら、お礼言わなきゃ」

しみじみとした口調でつぶやいたその時、辺りにふわっと良い香りが広がった。
花のようなその香りに、カレンは覚えがあった。

「わたしのこと、呼んだかしら」

聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。
そちらを向くと、赤いコートに白いワンピース姿の見知った少女が黒い髪を揺らして立っている。

「クララ!?」
「いつからそこに……」

驚く二人をよそに、クララは小さくため息をついた。

「ずっと村にいたわよ。二回目の粉を出した後、もう疲れてしまって……人間の姿を取る力もなくなったから、森の中で休んでいたの」

どうやら、カマキリに似た姿の方が本来の彼女ということらしい。
確かに、あの姿のままでは人前に出られまい。

「よく人に見つからなかったわね」

カレンは、村に来た人々のことを思い返していた。
彼らは村の中だけではなく、村を囲む森の中にも立ち入っていた。
人間の少女ほどのカマキリに似た生き物を見たとなれば、絶対に大騒ぎになっているはずだ。
しかしそんな話、一度として聞かなかったのだが……という目でクララを見ると。

「だって大きさを変えていたもの」

クララが髪の毛先を指でいじりつつ、しれっとした表情で答えた。
白く細い指先に髪を巻き付け、ある程度のところでするりと指を抜き取っている。

「……そうなんだ」

大きさまで変えられるとは知らなかった。

(ひょっとして、まだ何かあったりして)

カレンは何となくそう思った。
例えば全く別の人間に化けられるとか、姿を消して行動できるとか。
聞き出す勇気は全く無いが。

「あなた達、これからどうするつもり?」
「リーザの虫をどうにかする方法を、探しに行くの」

クララはきょとんとした顔つきになり、しばらくしてから「ああ」と声を上げた。

「そういえば、そんな話をしていたわね」
「うん」
「……わたしも着いて行こうかしら」

カレンはそこで、ふと思い出した。
そういえばクララは「カルネ村に用があるから」と自分に案内を頼んだはずだ。
村に来てからはそれどころではなく、すっかり頭から抜け落ちていたが、あの最中に、クララが用事らしきものを済ませたような覚えがない。
まあ、自分の見ていないところで用事を済ませていた可能性もあるのだが。
彼女は、一体どんな用事があってカルネ村を目指していたのだろう。

「着いて来るって……用事の方はもういいの?」

すると、クララが小首をかしげた。
指先に柔らかな黒髪を巻き付けてのその仕草は、おそらく世の男性の心臓を射抜くであろう、妙な魅力を放っていた。

「ほら、カルネ村に用があるって言ってたじゃない。ちゃんと済ませたの?」
「ああ、そのことね。用事はそもそも無いの」

あっさりした口ぶりに、カレンはぽかんと口を開けた。

「は?」
「興味本位で着いて行きたい、なんて言ったら……あなたはきっと、同行を許してくれないでしょう? だからよ」
「つまり、着いて来るための口実、ってこと……?」
「そういうこと」

カレンはがくっと肩を落とした。
確かに、消息不明の父親の安否を確かめに行くという時に「面白そうだから着いて行く」などと言われたら頭に来るだろうし、同行だって絶対認めなかっただろう。

(うう……)

次に会ったらお礼を言わなきゃ、などと言ったことを撤回したくてたまらないカレンである。
村に着いてからはクララに助けられ通しで、彼女への見方も改めたというのに、それなのに、実は興味本位で着いてきただけだったとは。
それはつまり、興味が湧かなかったら着いてくることもなく、助けてくれることもなかったという意味になる。
そう考えると何だか、助けてくれてありがとう、と素直に感謝する気持ちになれない。

(クララが興味持ってくれなかったら、今頃私、どうなってたんだろ……)

ふ、と何だか遠いところを眺めたくなってしまうカレンだった。

「クララさん」

リーザがカレンをやんわりと後ろへ押しやり、下がらせる。

「着いて来るっていうなら、私はかまいません。でも条件があります。あなたが何者か話してくれませんか」

カレンは冷や汗をかいた。
リーザの言い方は『信用していない』と暗に伝えているようなものだ。
信用されていないと知って気を悪くしない奴はいまい。

(ど、どうか穏便に済みますように)

カレンが緊張ととも見守る中、クララは毛先をいじくるのをやめ、リーザをじろりと見た。

「そうね。いいわ、話してあげる」

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