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zoom RSS カルネ村にて 29

<<   作成日時 : 2013/09/21 15:26   >>

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――これでようやく、終わったのだ。
カレンは重苦しい気持ちを吐き出すようにして、ふうっと大きく息をした。
それでもまだ、胸の奥には苦々しいものが残っていたが。
振り向くと、しゃくり上げてうずくまるリーザの姿が目に付いた。

「リーザ……」
「来ないで下さい!」

歩み寄ろうとしたカレンを、鋭い声で彼女は拒絶する。

「私……私、もう生きていけない……こんな顔になって、もう、生きていけないっ! こんな顔をさらすぐらいなら私……死んだ方が」
「そんなの駄目!」

カレンは慌てて叫び、その言葉の続きをさえぎった。
誰の口からであっても、死んだ方がマシだなどというような言葉は聞きたくなかった。

「死ぬなんて、そんなこと言わないでよ! 死んじゃったら、もうおしまいなのよ。何もできないし、誰にも会えないし、話もできないし……っ」

父親の事が思い出され、カレンは声を詰まらせた。
大好きな身内が死ぬということがどれほど辛いか、嫌というほどわかる。
だから、今のカレンにとっては死を美化する言葉も求める言葉も酷な言葉だった。

「あなたはこんな顔じゃないから、そんなこと言えるんですよ!」

リーザが顔を上げる。
左目のくぼみからだらりと垂れた虫が、もそもそと表皮を動かして彼女の顔に張り付いている。
カレンは圧倒され、言葉を失った。

「ほら……この顔を見たら怖いでしょう? まともに扱おうなんて思えないでしょう!?」

そんなことはない、とは言えなかった。
先ほどの自分の反応を思えば、否定などできなかった。
もしここで違うといえば、それはただ弁解や言い訳に過ぎない。
リーザは目を伏せ、右目を乱暴に手で拭う。

「この虫、私の体に取り付いているんですよ。私の考えとは関係無しに動くくせに、私とこの虫とで一つの命なんですよ。切り離したりできないんです」
「ど、どういうこと?」
「虫を殺せば彼女も死ぬ。彼女を殺せば虫も死ぬ、ということよ。でなければ、とっくにこんな気味の悪いもの、どうにかしてるはずでしょう」

クララの言葉に、リーザがうっすらと自嘲的な笑みを浮かべた。

「事件が起きて、皆が死んで……私が今日まで、どうやって生きていたと思いますか? 村中の食べ物が虫に食われて、村の外にも出られないっていうのに」
「え……」

カレンは思い出した。
そういえば、見て回った家々の食料は全て腐って虫が湧いていた。
まともに食べられそうな物など、もう一つも残っていなかった。
人間は食わねば生きられない。
言われてみれば、何を食って生き延びたのかという疑問にたどり着く。

「……その虫が、あなたを養ってたってわけね」

クララが指摘すると、リーザは黙ってうなずいた。
つまり、虫が何らかの養分を吸収していたため、人間の食べ物が手に入らない状態でも飢えずに生きながらえたということである。
ただしそれを幸運とは絶対に呼べないだろう。

「私、もう普通じゃない……こんなの、化け物と一緒……っ、私、どうして生き残ったんだろう、皆みたいに死ねたら、こんな思いしなくて済んだのに……っ!」

うつむき、ぎゅっと手を握り締めているリーザは、今にも消えてしまいそうだった。

(リーザ……)

彼女の姿を見ていると、胸が痛む。
村長の書いた帳簿の文面の中にもあったが、本当に間の悪い娘だ。
間の悪さから事件に巻き込まれ、痛みや恐怖や絶望を味わい、挙句こんな姿にされているのだから。
その上今は、死に救いを求めている。

(こんなのって、ないよ)

何とかしてあげたい、という切実な思いがカレンの中に湧き上がった。
だが一体どうすれば良いのだろう。
言葉で励ましたって何の意味もないのだ。
もっと別の、言葉だけではない何かを示さなくては――。

「そうだ、治す方法を探そうよ!」

カレンはリーザの両肩をつかんだ。
それが最良の方法に思えた。
世の中には変わった研究をしている人間もいるというから、人間に取り付いた虫を殺す薬を専門にしている者もいるかもしれないではないか。
いるという保障はない。骨折り損で終わる可能性もある。
だが、ここでじっとしていたら、その可能性すら求められないのだ。
自ら死を選ぼうものなら、尚更に。

「方法なんて、あるんですか?」

リーザはうつむいたまま、こちらを見ようとしない。
心を閉ざした様子だ。

「世界は広いもん、きっとどこかに良い方法があるよ」

カレンは努めて明るく振る舞った。
リーザに顔を上げてほしかった。笑うことは無理でも、暗い表情をなんとかしたかった。
『生きる』という方向に考えを向けてほしかった。

「探すも何も、だいいち私、こんな姿ですよ。一人でなんて……」
「大丈夫、私も一緒に探しに行ってあげる!」

カレンは軽く自分の胸を叩いてみせた。

「ええっ!?」

リーザがようやく、カレンの顔を見た。
見開かれた緑色の右目に生気が戻っている。
それを見てカレンはほんの少しだけ、ほっとした。

「でも、カレンさんはお父様が亡くなってお母様と二人きりじゃありませんか。お母様を一人きりにしてしまうんですか?」

だがリーザはすぐにまた暗い表情を浮かべてしまう。

(あ……)

カレンは少し困ってしまった。
夫を失ったと知れば、母親はきっと嘆き悲しむだろう。
そんな母親を置いて旅に出てしまうのは、薄情な話かもしれない。

だが。
 
「どうにかして許してもらうよ……私、リーザのこと見捨てていけないもん」

カレンはきょろきょろと辺りを見回すと、先ほど地に落ちた布を拾い上げ、リーザに差し出した。
リーザの顔の左半分を覆っていた布だ。

「だから、行こうよ」

リーザの手が、おずおずと差し出された布を掴む。
降り注ぐ日の光には、夕焼けのオレンジ色が少しずつ混ざり始めていた。

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