プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS カルネ村にて 26

<<   作成日時 : 2013/08/31 21:04   >>

トラックバック 0 / コメント 0

――お願い、ギール、もうやめて――

その時、かすかな声がした。
クララの声でもリーザの声でもない、もう少し大人の女性の声だ。
まさか誰かがいるのかと、カレンは辺りを見回した。
カレンの視線がとらえたのは、声の主であろう女性の姿ではなく――遺髪の入った袋だった。
遺髪の袋が、淡い光を放っているのだ。
その光はふくらむようにして大きくなっていき、やがて、ぼんやりと人の姿を形作った。
全体的に白っぽく発光しているため、髪や目の色はわからないが、三つ編みで家庭的な雰囲気のごく普通の女性のようだった。

カレンはしばらくの間目をこらし、瞬きを繰り返してみたが、女性の姿はちゃんとそこにあった。
どうやら見間違いや気のせいというわけではなさそうだ。

これがもしや、幽霊だとか亡霊だとかいうものだろうか。
ごく一般的な感覚の持ち主ならば、目の前の女性をそういった存在とみなすだろう。
この世に強い未練を残したばかりにあの世に行けず、さまようばかりの哀れな存在。
ただいるだけでも不気味がられるというのに、時として人に危害を加えることもあるという。

だが、この女性はそういった禍々しさを感じさせない。
どこか悲しげな雰囲気をたたえるばかりで、恐怖につながるようなものは何も持っていないようだった。

――ギール……あたしのことがわかる?――

問いかけられ、ギールが女性を見据える。

「ハンナだな?」

カレンは息を飲んだ。
しがみついているリーザが、ほぼ同時に息を飲むのを感じる。
ハンナといえば、村長の息子に殺された哀れな村娘の名ではないか。

――もう、あの時の村の人達はいないのよ。この子達は関係ないの。これ以上、罪を重ねるのはやめて――

ハンナはやんわりと首を振り、悲しげな声で訴えている。
ギールを止めようとしているのだ。
そういえば、ハンナは村長の息子の告白を「好きな人がいるから」と断ったという。

(もしかして、その好きな人って……)

ギールのことかもしれないと、カレンはそう考えた。

「ハンナ……」

ギールが幼虫の部分をひねり、ハンナの幻影ににじり寄る。
まるで愛しい者に頬を寄せるかのように、ハンナの顔に己の顔を近づけていく。

「お前……」

そうして、ギールの口がハンナの耳元に寄せられた……その時だった。

「お前、よくもそんな事が言えるな?」

(えっ)

予想もしない言葉に、カレンは戸惑った。

――ギール?――

ハンナの方もそれは同じだったようで、困惑した表情を浮かべている。
よく見ればそれは、困惑というよりももっと別の……うろたえた表情だった。

「俺が復讐した一番の理由はな、別にあるんだよ」

ギールの声は次第次第に恨みのこもった、低くおぞましいものに変わっていく。

「なんで八十年も経ってから、わざわざ復讐なんかすると思う? あの時の村の連中じゃなく、その子孫を狙う? なんでそんな無意味なことをする……?」

カレンは、うつむくハンナの顔を盗み見た。
彼女はもう、緊張しきった顔で目を見開いているばかりだった。
何か後ろ暗いことがある時の人間の表情だ。

「俺が復讐した理由はなあ、ハンナ、お前だよ!」

怒気をはらんだ声が、こだまする。

「お前、死んでなかったんだろうが! 生きてやがったんだろうが! なのにお前は、自分可愛さに俺を見捨てたんだ!」

(どういう、こと……?)

「お前は生きていたんだよなあ? 死んだと思われてさっさと埋められたが、本当は生きていたんだよなあ?」

ギールは陰湿な視線を投げかけながら、ハンナの周囲をぐるりとめぐる。

「棺の中で息を吹き返して、それで地面まで掘り進んで……地上に出た後、お前、何をした?」

「生きていることがわかったら村長の息子にまた狙われる、って逃げたんだよなあ。

――あたし、あたし……出てきたら、そこにたまたま村外れのあいつがいて、あいつの家に連れて行かれて――

「人のせいにするなよ、そうしようと思えば、お前はいつだって村に戻って、事件の真相を話せたはずだぜ」

――あいつに手を出されそうになったから、逃げて――

「お前は俺の濡れ衣を晴らせるたった一人の人間だったのに、そうしなかった! 俺が地面の下で苦しんでいる間、お前はよその村でのうのうと暮らしていた! 子供や孫に囲まれて、それはそれは幸せだったろうな、ええ!?」

――ご、ごめんなさい、ギール……あたし、怖かったの、村に戻ったらどうなるかって考えたら、怖かったの――

「今さら……」

ハンナの弱々しい謝罪は、いら立ちの極まったギールの声に打ち消された。

「今さら謝罪なんか、いらないんだよ! 許す気なんか無いんだからな!」

ギールのほとんど骨だけの両腕が、ハンナの首をつかむ。
ハンナの幻影は、そこでかき消えた。

「もしかして……」

クララがゆったりした動きで首をかしげる。

「もしかして、このお墓にお参りに来たご夫婦の奥様って……ハンナさんの子孫なのかしら」
「ハハハハ! ご名答! 先祖の遺言をかなえてやろうとしたばっかりに、とんだとばっちりだぜ」

ギールは遺髪の入った袋を、ぎろりとにらむ。

「あの女ぁ……死んでからなら帰れると思ったのか? 都合のいい話だ」

ギールの幼虫部分に開いた無数の穴が、もぞもぞと動き始めた。
やがて、そこから小さな幼虫達が這い出してくる。

「ひっ……」

カレンの肌が粟立った。
したみついてくるリーザの手に、再び力がこもるのを感じる。

(気色悪いっ、気色悪い……!)

這い出してきた幼虫達は、遺髪の入った袋にたかると、恐ろしい速度で食らい始めた。
雨音にも似た音を立て、幼虫達はあっという間に袋ごと遺髪を侵食していく。
カレンは身をすくめ、目をぎゅっと閉じた。
自分の世界から、その気色悪い虫達の存在を払いのけたかった。
しかし、耳だけは、聴覚だけはどうにもできない。
音を聞いていると、真っ暗な視界にまで虫が入り込んでくるかのようだ。

カレンはリーザを抱きしめた。
驚いたらしいリーザが、びくり、と震えるのにもかまわず力いっぱい抱きしめて、彼女から聞こえる鼓動の音に耳をすませた。
落ち着きとは程遠い、早い鼓動だった。
怖いのだろう、緊張しているのだろう、と予想がつく。
いきなり抱きしめた自分を気味悪がっているかもしれない、という苦い自己嫌悪がちらりと頭をもたげてくる。
それでも、虫の動き回る音を聞き続けるよりはずっと、ずっと心地よかった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

カルネ村にて 26 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる