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zoom RSS カルネ村にて 22

<<   作成日時 : 2013/08/03 12:40   >>

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「な……何やってるのよ!」

カレンは抜けた腰に喝を入れ、クララに這いずって近寄ると、かまどから力づくで引き離した。
クララは引き離されながらも鍋にかけた手を離さなかった。
結果、鍋が床に落ちて派手な音を立てた。たちまち、中身がこぼれてひどい異臭を放つ。
中身……小さな虫の湧いた、腐ったスープである。
否応なしにその臭いを嗅いだカレンは、小さくうめいて吐き気をこらえた。
そうだ。虫の湧いたスープに対して普通はこういった反応をするはずだ。
絶対に食欲など湧かないし、まず口にしようなどと思うまい。
それなのに、クララは。

「どうしたのよ、おなか空いてるの!? だからってこんな物食べるなんて……!」

揺さぶって問いかけるも、クララは何も言わない。
その口元に張り付いた虫がうごめいて、カレンの精神を圧迫する。

カレンは無我夢中で、肩掛けカバンから、ハンカチに包まれた母親お手製のビスケットを取り出す。
今、この村にある中で唯一のまともな食べ物だ。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。
ただ、クララをこちら側へ――『普通』の方へ引き寄せなくては、という気持ちだけがあった。

「これあげるから、そんなもの食べちゃ駄目!」
「どうしました!?」

慌しい足音がして、リーザが台所に駆け込んでくる。
おそらく鍋の音で異常を察知したのだろう。

「クララが……これを食べてたの」

カレンは床に落ちた鍋を指す。
中身のスープは床に広がり、小さな虫がピンピンと踊るように跳ねている。
それを見たリーザの、表に出ている右側の顔が強張る。

「……それって、普通じゃないですよ」

言われたクララは意に介した様子もなく、先ほどまで中身をすくっていた指先をなめている。
まるで、指先についたソースでもなめているかのようだった。

「わたし、きれいな食べ物は受け付けないの。こういう物しか食べられないのよ」
「え?」

カレンはけげんな顔をした。
そんな馬鹿な。こんな物を好き好んで食べる人間などいるはずがない、と培ってきた常識が訴えてくる。

「何言ってるのよ。夕べ、うちで食事したじゃない」
「ああいう席で、食べてみせないわけにはいかないでしょう」

クララはぺろりと舌先で唇をなめ、張り付いた虫をなめ取ると、気だるげにため息をついた。
さらに、口元近くについた虫を、パンくずでもぬぐうがごとく指先で取り除きにかかる。

「料理を飲み込むことはできるわ。けれど、そこから先を体が受け付けないのよ。」
「じゃ、じゃあ昨日食べた物は……」
「全部吐いたわ。真夜中に」

だから、クララは真夜中に外にいたのだ。
カレンは昨夜見た光景を思い出していた。
こちらに背を向けていたクララの後ろ姿。そして、彼女がミミズを食らっていたことを。

「……体調が悪くなったのって、朝食べた物のせいなの?」
「関係ないとは言わないわ。本調子じゃない時に身を削ったから、一気に具合が悪くなったの」

乱れた髪に手ぐしを入れ、クララが一瞬、辛そうに眉根を寄せる。
身を削る、というのはどういうことだろう。
カレンは内心首をひねった。
そういえば村長の家から逃げる時に、クララのスカートのすそから細かい粉が出ていたが、もしかしてあれに関係したことだろうか。

「朝食べた物はさっき吐き出したから、だいぶすっきりしたわ。でも、そのせいでとてもお腹が空いて、意地汚くなって……我ながら、みっともなかったわね」

そう言う彼女の顔色は血色が戻っていて、健康さを取り戻しているようだった。

「カレンさん、立てますか」
「あ、ああ、うん」

リーザに声をかけられ、カレンはよろよろと立ち上がってそちらに向き直った。
すると、リーザが「こっちへ」と小さく手招いたので、素直にそちらへと向かう。
カレンが近寄ると、リーザはそっと腕を取って台所から出、ドアを閉める。

「……カレンさん」
「何?」
「クララさんのこと、信用しても大丈夫でしょうか」

ひそめた声で、リーザが問いかける。
彼女の右目は不審の色をありありと浮かべていた。

「えっ?」
「なんだか彼女、変です。怪しいですよ」

カレンは言葉に詰まってしまった。
確かに、『食』に関して言えば、クララはまるっきり常識とかけ離れていると言える。

「そりゃ、普通じゃないみたいだけど……」

村に来る前と今とでは、クララに対する感情に変化が起きている。
納屋でのことを思い出すと、意味もなく怯えていた初めの頃とは違う目でクララを見られる。
あの時クララは迫り来る虫からカレンを助け、父親の体から虫の死骸を取り出し、泣いている間ずっとそばにいてくれた。
そこまでしてくれた人間が、果たして悪人なのだろうか?

しかし、ならば心の底から信じられるかと言われると、素直にうなずくことはできない。
カレンはごく普通の人間だ。異常な部分にはどうしても警戒心を抱いてしまう。
今のカレンは、信じられるとは言いきれないが疑ってかかるのも嫌、というどっちつかずな心境だった。

「昨日出会ったばかりだし、よくわかんないけど……きっと、悪い子じゃないよ。さっき助けてくれたもの」

カレンの答えに、リーザは「そうですか」とだけ答え、少しだけ雰囲気を和らげた。

「……早くシャベルを探して、墓場へ行きましょう」

それだけ言うとリーザは「シャベルは外にあるかもしれませんから」と外へ向かってしまった。
カレンはもう一度、シャベルの存在を確認するため台所のドアを開けた。
クララの行動のせいで、それどころではなかったから。

「お話はもうおしまい?」

中にいるクララはちょこんと座った姿勢で、先ほどひっくり返った鍋を抱えていた。
指先をなめているところを見ると、底に残ったのをすくっていたらしい。

(信用して、いいのかな……)

なんだかやっぱり不安だ、とカレンは思わず肩を落とした。

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