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zoom RSS カルネ村にて 18

<<   作成日時 : 2013/07/06 16:17   >>

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『なんということだ。
 息子よ、お前が人殺しになるとは思わなかった。
 お前が、こんな田舎の小さな村の、多少見た目と気立てが良いだけのハンナにそれほど執着していたとは。
 だが、息子に殺されたハンナのことを気の毒に思うことはできない。
 彼女が息子の告白を断ったことが、全く理解できないからだ。
 村長の息子といえば、将来の村長だぞ。
 好きな男がいたというが、そいつより息子の方が良い暮らしをさせてくれるに決まっているというのに。
 
 何にせよ、私は息子の将来を守らなくてはならない。
 つまらない村娘を殺したぐらいで、息子の将来を潰されてたまるものか。
 息子には、それなりの家柄の娘と結婚してもらわねばならないのだ。
 この事件が息子の仕業だと世間に知られてはならない。
 幸い、私には権力がある。少なくともこの村では私が支配者で、全ての決定権を持っている。
 息子には自分の部屋から出ないように言い渡して、その間に全て終わらせておこう。
 なあに、犯人を仕立てて処刑しさえすれば、村人だっていずれ事件のことを忘れるだろう』

『事件から二日が経った。
 今日はハンナの葬儀が行われた。
 都合のつく村人は全員参列し、彼女のことを哀れみながら埋葬した。
 ハンナの父親は弱りきっていて、人の助けを借りなければ立っていられないほどだった。
 母親の方は彼女の死体にすがりつき、「あんたの仇は絶対に取ってやるからね」と泣きわめいていた。
 残念だが、それは叶わない。叶えさせない』
 
『あれから村人達は毎日事件のことばかり話している。
 ハンナの両親はふさぎこみ、畑仕事はおろか家の戸も窓も締め切って引きこもっている。
 私の元には、毎日のように村人の誰かしらから「早く犯人を捕まえて、処刑してくれ」と嘆願が届く。
 自分の娘も襲われると思うと、不安で夜も眠れないのだそうだ。
 絶対にそんなことはないというのに。

 だが村人達の手前、目撃証言も無しに犯人を仕立てるのは難しい。
 犯行を目撃したという証人は、やはり必要だ。
 村のはずれに住んでいるあいつを使うとしよう。
 あいつは、金さえ積めばどんな仕事でも引き受けてくれるから便利だ。
 問題は誰を犯人として仕立てるかだ。
 身寄がなく、一人身で、あまり年老いていない男が良いだろう。
 それと、処刑が済んでから事件の洗い直しを求めてくるような友人がいる奴は、除外した方が良さそうだ。
 後々真相がばれては、せっかくの苦労も水の泡になってしまう。
 慎重に選ばなくては』

『ついに、ちょうど良い人間を選び出すことができた。
 ギールという男だ。
 あいつの身内は全て数年前に死んでいて、恋人や、親友と呼べるほど深く付き合っている奴もいない。
 あいつの処刑をいぶかしむ奴も、あいつが死んで泣く奴もいないのだ。
 まさにおあつらえ向きだ。
 あいつが良い。あいつにしよう。
 我ながら、この決断を人としてどうかと思わないでもないが、村の将来を思えば平気だ。
 身内も親しい者もいないただの村人より、村長の息子の方が村にもたらす利益は大きい。
 もうすぐだ、もうすぐ息子を部屋から出してやれる』

『今日、ギールを暴行犯として捕らえた。
 案の定、あいつは暴れて身の潔白を訴えてきた。
 無駄なことだ。私が黒だと言えば、この村では黒だと片付けられるというのに。
 村に牢屋はないので、縛り上げて家の納屋に放り込み、村はずれに住む男を見張りにしておいた。
 処刑人役をやってくれるかと言うとさらに金を要求されたが、このぐらい大したことはない。
 あの男は金を払いさえすれば、絶対誰にも口を割らない。
 あとは息子の話を元に、矛盾のない調書を作り上げてギールを犯人に仕立てるだけだ』

『全ては順調に終わった。
 ギールはハンナの暴行犯として石のつぶてを浴び、首吊り台に吊られた。
 あいつの死体は墓地のすみの穴に落とした。
 ハンナの両親が死体をよこせと息巻いていたので、好きなだけ石を投げ込んで終わりにしろと言い渡した。
 それにしても、ギールが死ぬ間際に恐ろしい形相で恨み言を吐いていたので、しばらく夢に見そうだ。
 村の外に広がって評判が落ちては困るので、事件のことは口外しないよう村人達に伝えておこう。
 これで全て片付いた。
 息子は明日から自由に外を歩けるだろう』

カレンは思わず、日記帳から顔をそむけた。

「……ひどいよ、こんなの」

うめくように呟く。
ハンナという女性のことを哀れまずにいられない。
彼女が何をしたというのだろう。
村長の息子の告白を拒んだというだけでひどい死に方をした上、真犯人が逃げおおせたというのだから、まったく理不尽な話である。
しかし、犯人に仕立てられたギールという男性のことを思うと、複雑だ。
濡れ衣を着せられて殺されたという点は同情する。
だが村に起きた異常事態の犯人もギールであり、父親があんな風になってしまったのも、ギールのせいなのだ。
父親のことを思うと、たとえどんな理由であっても許すことなどできない。
あちらに復讐する理由があるとしたら、こちらにだってある。

カレンはその後のページにざっと目を通してみた。
残りの日記には、村人達の事件に関する様子が簡単に書かれていた。
村人達は事件についてしばらくひそひそ話をしていたものの、口外するなと通達されて徐々に話題にしなくなっていったようだ。
嫌がらせを命じた「村はずれに住む男」にはたっぷり金を渡し、利害関係を盾に口止めしたと書いてある。
ハンナの両親は娘を失った悲しみからか、弱りきった体を引きずるようにして毎日墓場へ通っているという。
最後のページが近付くにつれ事件のことは日記に出てこなくなり、最後のページは「息子をよその町の大きな学校へ通わせる」という内容で終わっていた。
後悔する様子は、少なくともこの日記からは感じられない。

カレンは、ちらりとリーザの表情を盗み見た。
案の定、強張った表情でうつむいている。
よく見ると唇がかすかに震えているのがわかった。
――泣き出す直前の表情だ。

「あ、あのさ」

カレンはおずおずと声を上げた。
別に、何か言いたいことがあるわけではない。
何とかしてこの場の空気を変えたい一心でのことだった。
泣いて欲しくなかった。泣かれると、どうしていいかカレンはわからなくなる。

「その……何ていうか……」

(ああもう、何か出て来い! 何か、何か、泣かせなくて済むような一言!)

カレンが必死に脳内をこねくり回していると、

「……ごめんなさい」

リーザの口からぽつりと詫びの言葉がこぼれ落ちた。

「私の先祖がこんなことしたから、だから、今、皆、こんなことになって……村の人達が皆、みん、なっ」
「お、落ち着いて」
「あなただってそう思うでしょう!? お前の先祖のせいだって言いたいんでしょう!? あなたの父親が死んだのは、元はといえば私の先祖のせいですもん、当然ですよね!」

リーザがわっと泣き伏せる。
カレンは床の上にひざ立ちになった姿勢のまま、おろおろした。

「私……私、どうしてこんな目に……! もう嫌、嫌!」 
「え、ええっと」

カレンはベッドに近寄ると、リーザの腕にそっと触れた。
触れられた瞬間、リーザがびくっと体を震わせ、顔を上げてこちらを見る。
涙に濡れた緑色の目が、限界まで見開かれていた。

「リーザさん、だっけ。その……あなたのことはその、責めたりしないから」

それだけは確かだった。
過去に村で起きた事件が、そもそもの発端だとわかった。
その事件の真犯人が、リーザの先祖ということもわかった。
だが、だからといって目の前の彼女に怒りをぶつける気にはならなかった。

おそらく、リーザも辛い目にあっているからだろう。
彼女も今回のことで祖父を失っているのだ。
両親を失って村に来たというから、もう彼女に身内はいない。
そんな相手にどうして怒りの矛先を向けられよう。

「私のお父さんがあんな死に方をしたのは、ギールって人のせいなんでしょ? だから、私が許せないのはギールって人だけだよ」

それもまた、確かだった。
どんな事情があるにせよ、父親のことを思うとそれだけは譲れない。

「私、絶対お父さんの仇を取る。どんな事情があったって、許せないものは許せないよ」

(そりゃ、濡れ衣を着せられたのはかわいそうだって思うけど……)

どうしてもそこは引っかかりを覚えてしまう。
指先に刺さって抜けない、小さな小さなとげのような引っかかりだった。

「……あなたの父親は、まだ遺体が残っていたんですね」

少しだけ落ち着いたらしく、リーザが涙をぬぐいながらつぶやいた。
その声はまだ涙声だった。

「うん……お父さん、納屋にいたの」

脳裏に、納屋で寝かせている父親のことが浮かぶ。
硬い床に寝かされている父親。
できるだけ早く、ちゃんと埋葬してやりたい。

「カレン、悠長にしてはいられないわよ。すぐにここを出ましょう」
「え?」

クララに告げられ、カレンは間抜けた声を上げた。

「窓の外を見て」

言われるがまま窓の方に目を向けて――カレンはぎょっとした。
窓の外に、細長い体の幼虫がいくつも張り付いている。
それはへびのように体をくねらせながら、窓を這い回っていた。
入り込む隙間を探すかのように。

「ひっ……」
「家を出ましょう。早くしないと、囲まれて出られなくなるかもしれないわ」
「う、うん」

急かされて立ち上がり、部屋を後にしようとして、カレンは室内を振り返った。
リーザがついて来ない。
彼女はうつむいてベッドに座ったままだ。

「ここは危ないよ、一緒に行こうよ」

返事はない。
彼女は手を握りしめ、震えていた。
怖くて体がすくんでいるのだろうか。

(放っておけない)

「リーザさんっ!」

カレンは強引にリーザを引っ張って立たせると、彼女を連れて部屋を出た。

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