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zoom RSS カルネ村にて 16

<<   作成日時 : 2013/06/22 17:43   >>

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村長の家に入ると、クララはカレンをある一室に招いた。
そこは村長の仕事場だった。
仕事用の大きな机と帳簿の並んだ棚などがあるばかりで、生活感を漂わせるような物は何もない。

「これを見て」

クララは机の上に置かれた一冊の帳簿を手に取り、広げてカレンに見せた。
それは、村に起きた出来事を月ごとに記録している帳簿だった。
広げられたページには今から四ヶ月前の記録が書かれていた。
橋の修繕を開始したいので人手が必要だと書かれている他、村人の人数、死者やけが人、病人の人数などが書いてある。
この一月後に、父親は橋の修繕の手伝いに行ったのだ。
そう思うと、なんだか胸が切ない。

カレンは次の月のページに目をやった。
簡潔に「橋の修繕作業を開始した」と書かれ、その作業にあたった人物の名前が書き連ねられている。
その中に父親の名を見つけ、カレンはそっと指先で名前をなぞった。

しかし、その下の村人の人数の欄にカレンは目を疑った。
いきなり十八人も減り、その内訳に『虫』と書いてあるのだ。
村全体の人数はちょうど三十人である。
その半分以上が一月の間に亡くなったのだから、内訳をそのまま信用するならとんでもない事態である。

その次の月は十人の死者が出ており、同じように『虫』と内訳されている。
つまり残りの村人は二人だけということになる。
おそらくはこれを書いている村長と、カレンの父親だろう。
カレンはそう思ったのだが、次のページ、つまり今から一月前のページにはこんな文章が載っていた。

『私の他に生きているのはもう、孫娘と村はずれの家の男の二人だけだ。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 あの男は家に帰りたい、娘と妻に会いたいと嘆いている。
 孫娘は虫に取り付かれてからというもの、部屋に鍵をかけてこもってしまい、出てきてくれない。
 八十年年前の事件などと、もう村の誰も覚えていないような事件の償いを、なぜ今になって要求するのだろう。
 机の下から当時の村長だった祖父の日記を見つけたが、確かにむごたらしい話だった。
 事件のことは気の毒だと思うし、祖父のしたことは人として許しがたい。
 だが、もう当事者はいないのだ。復讐したい相手はもうこの世に誰一人生きてはいないのだ。
 なのに何故我々にその矛先を向けるのだ。
 子孫の我々を根絶やしにして、復讐とするつもりなのか。
 これでは八つ当たりと変わらないではないか。
 
 ああリーザよ、私の孫娘よ。
 なんて間の悪い子だろう、両親が死んで私をたよって村に来て、こんな目にあうなんて。
 今頃部屋の中でどうしているのだろう。
 

 これを読んでいる貴方、貴方はひどく運の悪い方だ。
 貴方はもう村からは出られない。
 あいつらは入ってくる者をすんなり迎え入れるが、村から出ようとした途端食らいつき、卵を産み付けてくるのだ。
 奴らは成長しきると体から這い出して、残った体をまるごと食べつくしてしまう。
 後に死体が残らないのだ。
 私はもう何人もそうなるのを見た。
 実は私達の体にも卵が産み付けられている。
 いつかああなるのだと思うと恐怖で気が狂いそうだ。
 死んだ後ならまだしも、生きているうちに虫が成長しきったら、意識があるまま食われるのだ。
 ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!』
 
書かれた文章は次第次第に乱れた字となり、最後の方となると読み取るのが難しいほどである。
帳簿は、その後ずっと白紙だった。

「これ、って」

カレンの発した声は、かすれて震えていた。

「八十年前に起きた事件が、ことの発端ね。怨恨がらみなんだわ」

クララは淡々と述べ、帳簿をカレンの手から取り上げる。

「あとは当時の村長の日記を見れば、何をしたのかはっきりするわ。ろくなことじゃないようだけど」

カレンは父親のことに思いをはせた。
八十年も前のことが原因で、父親はあんな無残な死に方をしなければならなかったのか。
村一つを全滅させようというのだから、犯人はその一件に関してよほどの恨みを抱いているに違いない。

(でも)

相手にたとえどんな事情があるにせよ、こちらは大切な父親を失ったのだ。
仇を取るという決意を曲げるつもりはない。
あんな所で一人寂しく死んでいった父親の無念さを思うと、悲しくて悔しくてやりきれない。

「カレン、あなた八十年前に何があったか知らない?」
「……知らない。お父さんもお母さんも、村の人も、それっぽい話はしてなかった気がする」

カレンは首を横に振る。
どんなに記憶をたどっても、思い当たるふしはない。
それほどの怨恨を残すような事件なら、村の老人達が知っていても不思議ではないはずだが。

「まあ、村長の方も当時の日記を見るまで知らなかったみたいですものね」

クララの方は再び帳簿に目を通している。

「村長の孫娘のリーザって子、どうしたのかしら」

クララのつぶやきに、カレンは顔を上げた。
思い返せば、確かに孫娘の記述があった。
村人の人数を計算すると一人足りないことから、彼女は村人の数は含まれていないようだ。
卵が産み付けられたと書いてあった以上、もう生きていない可能性の方が高いだろうが。

「部屋に鍵をかけてこもってるって書いてあるけど、念のため確認してみましょう」

村長の家にある部屋を見て回ると、一つだけ鍵のかかった部屋があった。
どうやらここが、リーザという孫娘のこもった部屋らしい。

「開かないわね」

つかんだノブをがちゃがちゃと回し、クララが小首をかしげる。

「きっと、もう……」

カレンは、その先の言葉を濁した。
死んでいたとしても無理はない。
きっと中に生きている人間はいない……そう考えて、カレンは立ち去っていたはずだ。
そう、そのまま、中でガタンと物音がしなかったなら。

カレンは弾かれたようにドアを見た。

「誰かいるの!?」

ドアに向かって声を上げると、小さく「ひっ」と少女の声がした。
生きているのだ。それも意識のある人間が。

「あなた、村長の孫娘の……!」

カレンはドアを叩き、必死に呼びかける。
予想外のことに頭が回らず、孫娘の名前がなかなか出てこない。

「リーザ、でしょう?」

クララが代わりに名を問うが、中から返事はない。

「お願い、返事して! 出てきて!」

カレンはドアの向こうにいる人物に向かってなおも呼びかけた。

「私、村の近くに住んでて、その、あの、お父さんが、橋を直す人手がいるって言われて、こっちに働きに来て」

一から説明しようとしているのに、ちっともうまくいかない。
頭に思いつく限りをまとまりなく片っ端から口に出す、そんな感じでカレンは訴えかける。

「あの、三ヶ月経っても帰ってこないし、連絡ないから、様子見にきて……っ、そうしたらお父さん、お父さん、死んじゃったの! 生きてるって思ったんだけど、違ったの。虫が出てきて、それで、それで……っ!」

つい今しがた見た姿が目にちらつき、涙が浮かぶ。
泣いたら声が出なくなる。泣いては駄目だと言い聞かせるが、涙腺は言うことを聞いてくれない。

「生きてるんなら、教えてよ! 私、お父さんの仇を取るって決めたの! だから、犯人を知ってるんなら教えてよ!」

カレンはドアの前にへたりこみ、しゃくり上げた。

(どうして、どうして答えてくれないの)

恨めしい気持ちにさえなった瞬間、がちゃり、とドアが細く開いた。
そこからのぞいて見えたのは、目深に布をかぶった背の高いズボン姿の少女だった。
どこかで見た覚えのある色の布だった。
少女は、布の端から唯一見える緑色の右目をさかんにきょろきょろさせ、こちらの様子をうかがっている。

「……あなたがリーザ?」

クララの質問に、少女は「はい」と固い声で答えた。

「犯人を教えてくれるの!?」

その足元にすがりつくようにしてカレンが尋ねると、少女――リーザの口元が強張った。

「……教えても良いですけど、一つだけ約束して下さい。私の体のことを詮索しない、って」

緊張した声で告げられた条件を、カレンが即座に呑んだのは言うまでもない。

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