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zoom RSS カルネ村にて 14

<<   作成日時 : 2013/06/08 22:12   >>

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全く予想できない事態、というわけではない。
村全体という規模で異常が起きているのだ。
この状況下で、探していた相手が見つかる上に何事もなく無事だったという奇跡が、果たしてどれほどの割合で起こりうるだろう。

カレンだって、それはわからなくもない。
だが、父親に関して死んでいるという前提で考えを進めたことはなかった。
そんな考えは、浮かんだそばから否定してきた。
縁起でもないことだ、と。

……特殊な話ではない。
行方のわからない肉親について、その死を真っ先に連想する人間はまれだ。
たとえ絶望的な状況だろうと、多くの者は相手が生きていることを信じ、願い、望み、死を否定して帰りを待つ。
決定的な証拠をその目で見るまでは。

カレンの目の前で、父親の身に異変が起きた。
雑に扱われるあやつり人形のように、体ががくがくと揺れだしたのだ。
ぐぼ、ぐぼ、と妙な息を吐き出しながら、父親の顔がぎこちなく上を向く。
やがて、胸の辺りが盛り上がったかと思うと、血しぶきと共に幼虫が一気に体を伸ばした。

どんな馬鹿でも気付くだろう。
この状態を「生きている」とは呼べない。
父親の生死に関しての、決定的な証拠だった。

「あ……あ……」

体が震える。涙が浮かぶ。

やっと会えたと思ったのに。
自分の呼びかけに反応があったと思ったのに。
それなのに、父親はもうとっくに死んでいたのだ。
どんな死に方をしたのか定かではない。
だが、きっと死の間際に恐怖と苦痛を味わったはずだ。
こんなところで、たった一人で。

(そんなのって……)

体から力が抜けていく。
ただひたすら、後悔ばかりが押し寄せてくる。
「心配ない」という母親の言葉に従い、ただ家の前で待ち続けた自分が恨めしい。
探しに来れば良かった。
母親の意見なんて無視して、行動していれば良かった。
たかが小娘に何が出来たかなんて想像もできないが、少なくともそばにいるぐらいはできたはずだ。
こんな所で一人ぼっちで死ぬなんて、あまりにも悲しい終わり方ではないか。

父親の口から出てきた幼虫は、ぐねりぐねりと柔らかい体をくねらせながら、辺りをうかがうように頭部を回し始めた。
冷たい石の下から暖かい日差しの下へ這い出したヘビのごとき動きだった。
幼虫の頭部には目玉がなく、わずかに出っ張った口の部分があるだけだ。
その頭部が、カレンの方を向いた。
――こちらの存在に気付いたのだ。

カレンは目をいっぱいに見開いたまま、動けなかった。
こちらを向いた幼虫は口を開け、体を伸ばして距離を縮めてくる。
開いた口は鋭く小さな牙に縁取られ、床の上にねっとりとした血の混じった液体を垂らした。

(やだ……やだ……!)

嫌悪に身がすくんだその時、耳元を何かがかすめた。
幼虫の体が途中ですっぱり切断され、ぼとりと床に落ちる。

(え……)

驚いていると、すたん、という音と共に赤いコートを着た黒髪の少女の背中が目の前に現われた。
クララだ。
脇をすり抜けて来たのではない。カレンの頭上を飛び越えて来たのだ。
恐るべき身体能力である。

「大丈夫?」

振り向き、クララが問いかける。
カレンは声が出せなかった。
父親の死。おぞましい幼虫。クララの身体能力。
立て続けに目撃した信じがたいものの数々が、彼女の精神を圧迫していた。
何も言わないカレンをしばし見つめ、クララが小さく息を吐く。

「どこにもケガはない?」

クララが問いかけ直す。
彼女と出会ってから聞いた声の中で、一番優しい声だった。
気づかっているのだ――そう悟った瞬間、カレンの中で何かがはじけた。
誰でもいいからすがりつきたい。そうしなければ、心がばらばらになってしまいそうだ。
そうしようと思った相手が、夜中にミミズを食らう得体の知れない奴だということは、思考のはるか彼方に飛んでいた。

「お、とう、さんが」

カレンはクララのワンピースをつかみ、声をしぼり出す。
風変わりな形のワンピースだとは思っていたが、素材自体も変わった物を使っているようだ。
ありふれた布の柔らかさではなく、固くざらついた薄皮のような感触が手から伝わってくる。

「お父さんが、お父さんが」

しゃくり上げるのを止められない。
クララの黒い目が、カレンを見つめている。

「お父さんが死んじゃった……」

それだけを告げた途端、涙があふれ出した。

(お父さん……)

父親は死んでしまった。
もういない。どこにもいない。
三ヶ月以上も前に「行ってらっしゃい」と見送った、あの姿が最後の姿。
カレンは、最後に交わした会話を思い出そうとした。
大事な大事な、絶対に忘れたくない会話。
それなのに、ちっとも思い出せない。
きっと、いちいち覚えてもいられないような他愛ない内容だったのだろう。

(やだ、やだよ……なんで、こんな……)

カレンはぎゅうっと目を閉じ、クララのスカートから手を離して耳をふさいだ。
父親が死んだという現実に引き戻すのなら、何の音も聞きたくなかった。
それなのに自分の泣き叫ぶ声がくぐもって聞こえて、それが胸をかき乱す。

そんなカレンをクララは何も言わず見ていたが、不意にちらりと後ろへ顔を向けた。
そこにいる、カレンの父親の亡き骸へと。

「ああ、これがお父さんなのね」

クララのつぶやきは、くぐもった泣き声をかき分けて明確に聞こえた。
瞬間、カレンの頭に血が上った。
大事な人を「これ」と呼ばれる――そんな些細な点を我慢することもできないほど、神経が高ぶっていた。

「これって何よ、この人は私のお父さんなのよ!」

顔を上げ、クララをにらむ。
涙で顔がぐちゃぐちゃになっているが、そんなことはどうでも良かった。
だが、クララはうろたえるでも驚くでもなく、カレンを見つめ返す。

「ごめんなさい。わたし、お父さんっていうのがどんなものか、全然知らなかったから」

その一言に、カレンは次にぶつけるべき言葉を失った。

「知らない、って」

そんな人間がいるはずもない。
世の中の人間は父親と母親がいて生まれてくるものだし、父親のいない家に育ったとしても、よその家庭にいる父親を見かけることぐらいはあるだろう。
察するに、クララの発言は生まれてこのかた父親の顔など見た事がない、という意味合いだろう。
だからつい無神経な物言いをしたのだ、と。

カレンはいたたまれず、黙りこんだ。
振り上げた拳の振り下ろし先を見失ったような、そんな気持ちだった。
生まれた時から父親がいないなんて、そんな人は今まで身近に居なかった。
きっと悲しくて寂しいんだろうとは思うが、一体どう扱えばいいのかさっぱりわからない。

「カレン、落ち着いた?」

黙っていると、クララが身を屈めて視線を合わせてきた。

「え……」
「わたしの話、聞けるかしら?」

そう言って首をかしげるクララに、カレンはうつむいた。
人の話が聞けないほど、もう取り乱してはいない。
だが、だからといって平気なわけでもない。
何かのきっかけがあれば、また泣き叫んでしまうだろう。

「取りあえず言っておくわ。気になる物が見つかったの。この事態の原因がわかりそうな物よ」

クララの手が、カレンの目元に添えられる。
ぎょっとして固まっていると、その手はそっとカレンの目元をこすった。
涙をぬぐってくれているのだ。
そう理解すると、胸がずきりと痛んだ。
ぬぐわれたばかりの目から、ぼたりと大粒の涙が落ちる。
心の弱った時にもたらされる優しさというものは、何より染みるものだ。

「……やっぱり、もう少し後にしましょう」

クララがそう言う頃には、カレンの頬は再び涙に濡れていた。

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