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zoom RSS カルネ村にて 10

<<   作成日時 : 2013/05/11 21:02   >>

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父親の姿、あるいは父親に関する手がかりを求め、カレンは片っ端から家々を見て回ることにした。
手始めに探ることにしたのは、一番近い家。つい今しがた、人を見失った家である。
この家に住んでいるのは確か、中年の夫婦だ。
そう交流があるわけではないので詳しく知らないが、夫の方は元々この村の出身で、カレンが赤ん坊の頃に妻を連れて戻ってきたらしい。
この村では一番若い夫婦だった。

「すみませーん」

家のドアを叩いてみるが、応答はない。

「あの、誰かいますかー?」

先ほどよりも声を張り、強めにドアをノックする。
それでも応答はない。
聞こえていないだけ、ということも考えられるので、カレンは横手に回って窓から中の様子をのぞき見た。
テーブルの近くで椅子が一つ転がっているものの、部屋が荒らされた様子はなく、これといった異変は感じられない。

「あ、開けますよー……」

しばらく待っても一向に家人の出てくる様子がないので、カレンは失礼と思いつつ、家のドアを開けてみた。
すると、小さくきしみながら、あっさりとドアが開いた。
鍵はかかっていないのだ。留守だとしたら、無用心な話である。

「誰もいないのかな」

戸口から顔を出し、室内をきょろきょろと見回す。
やはり、変わった様子は見られない。
首をかしげて引っこもうとしたカレンは、次の瞬間、う、と小さくうめいた。
何やら、家の奥から嫌な臭いがする。
糞尿の臭いではなく、食べ物が腐ったような臭いだ。

(く、くさ……っ)

この家の夫婦がどんな人間なのか、カレンは詳しく知らない。
だが、家の中でこんな臭いがしていても平気でいられる神経の持ち主ではないはずだ。

「とにかく調べてみましょう」

顔をそむけるカレンの横をすり抜けて、クララが中へ踏み込んでいく。

「あっ、ちょっと! 勝手に入っちゃ……」
「誰もいないのに、誰に許可を求めるっていうの?」

問われて、カレンは言葉につまる。

「だ、誰かいたらどうするのよ」

もしかしたら、先ほど見失った人物がいるかもしれないのだ。
こちらが必死に呼び止めているのに逃げ出すような人物だ、きっと何かやましいことがあるに違いない。
もし暴力的な思考の持ち主だったら、危害を加えてくる可能性だってある。
そんなものと出くわしたらどうするのだ、と言外に含めた。

「むしろ好都合よ。何かしら話が聞けるはずだわ」

クララは家の奥へと進んでいった。

「ええっ、ちょっと待ってよ」

この状況で一人にされるのは怖い。
カレンは慌ててクララを追った。
いまだに警戒心を解けないでいる相手だが、それでも一人でいるよりはましな気がした。

「ここね」

クララは家の中を進み、とあるドアの前で立ち止まった。
ドアの前に立った途端に臭いが濃くなり、おそらくこの向こうの部屋が臭いの元だろう、ということがうかがえる。

「ここに、手がかりがあるの?」
「そうよ」

できることなら入りたくない。
嫌な顔をするカレンをよそに、クララがそのドアを開けた。
途端、ぷうんと強烈な臭いが流れてきて、カレンは思わず顔を背けた。
そっと鼻先を手で覆いながら室内を一瞥すると、そこが台所だとわかった。

足を踏み入れたくない。
しかし、ここに父親の手がかりがあるかもしれないと思うと、逃げられない。
でもやっぱり入りたくない。

そんな堂々巡りをしているカレンの前で、クララは顔色一つ買えず、平然と台所をきょろきょろしている。

「ねえ、本当にここに手がかりとかあるの……?」

早く出たい一心で尋ねると、クララは短く「ええ」と答え、かまどにかかった鍋に近寄り、おもむろにそのふたを開けた。

「よ、よしなさいよ。よその家の台所を漁るなんて」
「食料を漁ってるんじゃなくて、手がかりを探しているのよ」

そう言われても、鍋の中に手がかりがあるとは思えないのだが。
疑問に思うカレンに向かい、クララが鍋の中を手で指し示す。

「見てごらんなさい」

手がかりが見つかったのだろうか。
そうとくれば黙ってはいられない。
カレンはなるべく息をこらえて台所へ入り、恐る恐る鍋の中をのぞいてみる。
鍋の底には、表面に白いかさぶたのようなものを浮かべたスープが収まっていた。
その液体の中一面に、小さな虫がぴんぴんと泳いでいる。
よく見れば、鍋の壁面を這い上がろうとしているものも――。
気がつくと、カレンはクララから鍋のふたをひったくり、バン! と叩きつけるように鍋にかぶせていた。

「あ、あ、ああ、あ」

口をぱくぱくさせ、声にならない声を上げる。
その代わり、目は思いっきり非難していた。

「虫が湧いているでしょう? 一日や二日放ったらかしたぐらいじゃ、こうはならないわ。つまり、この家の人達が家を空けてから、けっこうな日数が経っているの」
「あんた何考えてんの!? こんなもの見せないでよ!」

カレンはついに、悲鳴交じりにわめいた。
クララは驚くでも悲しむでもなく、不思議そうな顔をしている。

「こんなものって、これは大事な手がかりなのよ」
「知らないよそんなの! よく平気で見てられるわね!」

何故クララは平気なのだろう。
手がかりと思って割り切れば、あんな衝撃的な物でも平然と見られるのだろうか。
それとも、ミミズを食らう人間にとっては、この程度何でもないのだろうか。

(もしかして、おいしそう、とか思っていたりして)

カレンは何だか頭がくらくらしてきた。
思わず額を押さえて床に目を向けた、そのカレンの視界に、何やらもぞもぞと動くものが飛び込んできた。
よく見ると、白く細長い幼虫のようなものが三匹、台所のドアの方へともぞもぞ這っているのだった。

「わ!」

カレンは飛びのき、壁に貼りついた。
この幼虫は、鍋の中にいた奴らの成長した姿だろうか。

「まあ、虫だわ」

壁に貼りついて顔を引きつらせるカレンに対し、クララは幼虫どものそばへ行き、ひざを曲げて見入っている。

(……まさか、食べないよね?)

カレンは妙な警戒をした。
ゆうべ見た光景が脳裏にちらつく。
もし目の前で食われたら、今度こそ耐えられない。
糾弾して、拒絶して、嫌悪をむき出しにして、二度と近寄らないだろう。

警戒するカレンの目の前で、クララはおもむろに幼虫を一匹つまみ上げ、自分の顔の前にぶら下げた。
指先から垂らされた幼虫は、太い糸のようにぷらぷらと揺れている。
クララとしては、その方が観察しやすいのだろう。
しかしカレンとしてはやめて欲しかった。
そうされると、こちらの視界にも幼虫が入ってしまうのだ。
見たくないと思っているのに、恐ろしさからかえって目をそらせない。
おかげで、幼虫の体を一本の黒い筋が通っているという特徴さえ見出してしまった。

「そ……それ、どうするの」

震えながら尋ねると、クララは突然幼虫を床に落とし、ブーツの底で踏みつけた。
もう二匹も同様に、ブーツの底の餌食にする。
潰れた幼虫どもは透明な液体を床板ににじませ、動かなくなった。

カレンは息をひそめてその一連の光景を見ていた。
意外だ、と思った。
ミミズを食うのだから、幼虫も同じようにするかもしれないと思っていたのに、まさか危害を加えるとは。
彼女の中ではミミズと幼虫は同類ではなく、ためらいなく殺せる存在らしい。
一体何が基準なのか定かでないが。

「殺しちゃった……」

茫然とカレンがつぶやくと、クララの顔にかすかな険しさが浮かんだ。

「こいつらを繁栄させるわけにはいかないわ」

クララはもう一度幼虫を踏みつけ、ぐり、と動かした。
何だかわからないが、相当嫌っているようである。

「嫌い、なの?」
「……敵だから」

敵。
カレンがその意味を問いかける前に、クララは台所から出て行ってしまった。

(敵、ねえ)

幼虫が敵とは、一体どういうことだろう。
カレンは首をかしげた後、踏み潰された幼虫をまたいでクララを追いかけた。

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