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zoom RSS カルネ村にて 3

<<   作成日時 : 2013/03/23 15:28   >>

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父親が不在になってから三ヶ月半の時を経て、この家の食卓に並ぶ椅子は全員分が使われることとなった。
カレンと少女が向かい合わせに座り、カレンから見て右手の横に母親が座る。
今日の夕食は、野菜のスープにパンだ。肉類は一切ない。
「大した物はないけど」と言っていた母親の言葉は、謙遜でもなんでもないのである。

「あんた、名前は何ていうんだい」
「クララと申します」
「で、どこの生まれだい?」
「東ですわ。ここからずっとずっと、東にうんと離れた場所ですの」
「へえ、ずいぶん遠い所から来たんだねえ。親御さん、よく許してくれたねえ」
「わたし、親に言われて旅立ちましたから。そろそろ独り立ちしなさい、って」

母親と少女――クララがとても穏やかに会話をしているのを、カレンはぼんやり見ていた。

クララは食が細いようで、ゆっくりと食事を進めている。
パンを小さくちぎる指は真っ白で細長く、形の良い爪が生えている。

(ご両親、心配しなかったのかなあ)

カレンは思う。
自分がもしも可愛い娘の親だったとしたら、独り立ちしろなどとはきっと言えないだろう。
世間のことなどわからない美少女がうろついていたら、悪い男がうんと近付いてきそうだからだ。
ずっと家に置いておくわけにもいかないだろうが、クララほどの年齢で独り立ちさせはしない。
当の本人が幾つなのか、まだ教えてもらってないが。

「かわいい子には旅をさせろ、ってやつかね。あたしには出来ないねえ」

母親がため息まじりに首を横に振る。

「まあ、何故ですの?」
「そりゃ心配だからさ。うちは娘が一人きりなんだ、何かあっちゃ大変だよ」

その時クララがいきなりこっちを見たので、カレンはぎょっとした。

「あなた、兄弟いないの」
「そ、そうよ」
「……わたし、兄さんが四人と姉さんが八人いるから、一人娘ってうらやましいわ」

つまり十三人兄弟の末っ子ということか。
ずいぶん子沢山である。
カレンは、自分に十二人の兄弟姉妹がいるところを想像してみた。
まず第一に、食事の取り合いが起こるだろう。ベッドだってきっとぎゅうぎゅうだ。
誰かがつまらないことでケンカをするだろうし、無意味な意地悪もされるだろう。

(でも、まあ)

気が合う奴は一人ぐらいいるだろうし、それはそれで楽しいかもしれない、とカレンは結論づけた。

「ねえ、カレン。さっき、わたしをお父さんだと思ったって言っていたけれど、あなたのお父さん、いつもそんなに帰りが遅いの?」
「遅いっていうか……帰ってこないの。もう三ヶ月以上会ってない」

カレンは目の前のスープ皿へと視線を落とした。
落ち込んでいるのではなく、単にクララと目を合わせるのが怖いからだ。
まるで蛇ににらまれた蛙のようだ。
美少女相手に、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
意地悪をされるどころか、気さくに声をかけられているというのに。

「お父さん、どこへ行ってしまったの?」
「カルネっていう村。ここからまっすぐ行ったところにあるんだけど、そこで橋を直す人手が欲しいって村の人に声かけられて、行っちゃった」
「あたしは心配ないと思うんだけどねえ」

母親が身を乗り出して話に入り込む。

「何たって、うちの人は一年も帰って来なかった時もあるんだから。あの時はもう、捨てられたと思ってあきらめたね」

母親はふっと遠くを見るような眼差しを天井に向けた。

「そこへ、いきなりひょっこり帰ってくるんだもの。何のことはない、がけ崩れで道がふさがって、別の道を通ってたら一年経ってたって話だったのさ。もう笑うしかなかったよ」
「お手紙か何かもありませんでしたの?」
「あの人、めんどくさがりなんだよ。便りがないのは良い証拠、だってさ」

母親はごく普通に笑って会話をしている。
やはり、こんなに警戒心を抱いている自分がおかしいのだろうか。

カレンは、スープの中にごろりと転がっている芋をスプーンで意味もなく潰した。

クララのことは置いておくとして、カレンはこの頃、ずっと考えていることがあった。
それはカルネ村まで様子を見に行くというものである。
帰ってこない上に連絡もないのだから、こちらから出向くしかないと考えたのだ。
カルネ村までは半日もあれば行き来できる距離なのだし、そうするのが一番手っ取り早いだろう、と。

「お母さん」

カレンはスプーンを置き、小さく息を吸った。

「私ね、明日、ちょっと様子を見てこようと思うんだけど」

すると、母親はきょとんとした様子で、

「様子って、まさかカルネ村まで行くってことかい?」
「うん。このままずっと待ち続けてるなんてやだよ、私。不安になるばっかりだもん」
「あの人のことなら心配いらないって」
「お母さんが心配してなくても、私は心配なのっ」

カレンは母親の言葉をさえぎり、少しだけ語気を荒くした。
心配するなと言われても、無事だという証拠が無い限り心配なものは心配なのだ。
延々と不安な日々を過ごすぐらいなら、何か行動を起こしたいというのがカレンの本音だった。

「大丈夫だよ。ちょっと、ぱぱっと行って見てくるだけだもん。朝早く行けば、お昼過ぎぐらいには帰ってこれるでしょ?」
「そうは言ってもねえ……一人でなんて危ないよ」
「じゃあお母さんも行こうよ」
「家を空けとくわけにはいかないだろ」

渋る母親に、カレンはむむむ、と眉を釣り上げた。
どうやって説得したものか、と考えを巡らせる。
父親のことは心配ないと言うくせに、娘のこととなると放っておいてはくれないのだから厄介である。
世間一般の母親というのは、そんなものかもしれないが。

「危ないことなんか、何もないってば。もう子供じゃないんだし、行って帰ってくるぐらい、一人だって大丈夫だよ」
「どの口が言うか。こないだバケツにつまづいて、顔から転んだくせに」
「う、あ、あれはちょっとぼーっとしてたからで……」
「鼻血垂れ流して痛い痛いって泣きわめいて『お母さーん』なんて呼ぶんだから、何事かと思ったよ」
「だって、本気で痛かったんだもん、しょうがないじゃない」
「大人はね、そういうのは自分で処理できるもんなの。自力でどうにもできない事にならないように、気をつけるもんなんだよ」
「あれは事故なのっ」
「とにかく! あんたを一人でなんか行かせられないね、あきらめな」
「それなら、わたしと一緒に行きましょ」

クララの突然の申し出に、カレンは目を丸くした。

「え?」
「わたしも、カルネ村にご用があるの。案内してもらえると助かるわ」

クララはカレンに微笑んでから、母親に向き直る。

「要するに、一人というのが問題なのでしょう? なら、わたしが一緒なら問題はありませんわよね?」
「まあ、誰かが一緒っていうんなら……」

母親は渋々ながら、賛成しそうな雰囲気である。
あとはカレンが「うん」と言えば決まるだろう。

(えー……)

カレンは素直にうなずけなかった。
理由もなく警戒心を抱いてしまう相手と道中ずっと一緒などと、耐えられるのだろうか。
一晩だけならごまかせそうなものの、それではさすがに勘付かれそうだ。
態度を突っ込まれたら、どう答えれば良いのだ。
「よくわからないけどあんたが怖い」と打ち明けられるほど、カレンの神経は太くない。

「カレン、これは取り引きというものよ。わたしは道案内を得て、あなたは村へ行く許可をもらえる。決して損な話ではないと思うけど」
「う……うん」
「良いんだね? それなら、明日はちょっと早めに起きないと」
「は、はーい」

結局、カレンはクララと一緒に出発することになってしまった。

(だって、一人で行くって言ったらお母さん許してくれそうにないし……)

だから事態は好転したのだ、と自分に言い聞かせるカレンだった。

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