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zoom RSS カルネ村にて 1

<<   作成日時 : 2013/03/09 23:04   >>

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時刻はもう夕暮れであった。
一軒の家の前に座った娘は、ぼんやりとした視線を前方に向け、ため息をついた。
肩の上までの長さの金褐色の髪にぱっちりとした緑の瞳の、十六、七ほどの娘である。

「来ないなあ……」

娘がぽつりとつぶやいた時、家のドアが開いて中から中年の女が出てきた。

「カレン、もう日が暮れるよ。家に入りな」
「……うん」

返事をし、立ち上がったももの、娘――カレンはあきらめのつかない様子でもじもじしていた。

「お母さん、お父さん帰ってこないね。何かあったのかな」

視線を再び家の前方に向け、ため息をつく。

「心配ないさ。街道に熊や狼はいないし、強盗が出たって話も聞かないからね」

不安げにうつむくカレンの肩に、母親がそっと手を乗せる。

「それに、何かあったら知らせぐらい来るだろ」

カレンの父親は、少し前に近くの村へ働きに出かけた。
村の入り口にかかっている橋が古くなったため、その修繕をする人手が欲しいということで声がかかったのだ。
その村は五十年ほどの間にめっきり住人が減ってしまい、人手が常に足りない状態だった。
父親は、およそ二ヶ月ほどかかるだろうと言っていた。

父親が出かけた一ヶ月後、母子の元に手紙が届いた。
差出人は父親で、「あと半月ぐらいで帰れそうだ」という内容だった。
二ヶ月会えないと思っていた人が、一ヶ月半で帰って来るのだ。
母子は喜び、「待ってる」という内容の手紙を出した。
それなのに、一ヵ月半どころか二ヵ月半になろうという頃になっても帰ってこないのだ。
事情があって帰れないというのなら、連絡の一つもよこすはずである。
しかしいまだに何の知らせもなく、カレンは連日、暇があると家の前に座って父親の帰りを待つようになった。

「お母さん、心配じゃないの?」
「あんたが生まれる前までは、こんなことしょっちゅうだったからね。もう慣れちまったよ」

はっはっは、と母親が笑う。

「ま、帰ってきたらとっちめてやらないとね。可愛い娘が待ってるってのに、どこで何やってたか白状させなきゃ。さ、夕食にしよう」

母親に促されてしぶしぶ家に入る間際、もう一度振り返ったカレンは、夕暮れの中に黒い人影を見つけた。
人影は、家から見て右手の方からこちらに向かって歩いてくるではないか。

(もしかして、お父さん!?)

「カレン!?」

母親の声も気に止めず、カレンは人影に向かって駆け出した。
何故村のある前方からではなく、右手の方から帰ってくるのだという疑問は浮かばなかった。

「お父さん!」

そう声を上げたことを、カレンは後悔した。
近付いてみれば、その人影は待ち望んだ人物のものではなかった。
人影の正体は、黒くゆるい巻き毛を腰の辺りまで伸ばした少女だったのである。
フードつきの赤いコートにフリルつきの風変わりなワンピース、ブーツといった格好で、背丈はカレンよりほんの少し低い。
通った鼻筋。形の良い唇。おまけに雪のように色白で、切れ長な黒い目を長いまつ毛が覆っている。
彼女を見れば、誰もが「美しい」と表現したことだろう。

まるで人形みたいだ、とカレンは思った。
整いすぎているせいでもあるが、その色白さには皮膚の下に流れる温かい赤い血の存在を感じさせなかったのだ。
美しいものは、普通ならば人に好感を与えるものだ。
だが少女のそれは、カレンにうっすらとした恐怖を植えつけた。

「……わたし、男に見えるのかしら」

少女が、ゆっくりとした動きで小首をかしげる。
穏やかな、静かな声だった。
男に間違われたというのに、不機嫌な様子はない。

「ご、ごめんなさい。あの、てっきりお父さんが帰ってきたのかと思って」

カレンは慌てて謝った。
いくら夕暮れの中で遠くから見ただけとはいえ、少女と大人の男を間違えるとは相当なドジである。

「本当に、ごめんなさい。それじゃっ」
「待って」

走り去ろうとしたカレンの手首を、少女がつかんだ。
――冷たい手だった。
カレンはびっくりして、思わず「ひゃっ」と声を出した。

「あのお家、あなたが住んでるの?」

少女はカレンの家を指差して尋ねる。
家の前には母親がいて、こちらの様子をうかがっている。

「そ、そうよ。お母さんとお父さんと、私と三人で住んでて……今はお父さんいないけど」
「そう。ならお願いするわ。わたし、今夜の寝場所を探しているの。あなたのお家の玄関と、毛布を提供して下さらない?」

突然の頼みごとに、カレンは少しばかり悩んでしまった。
正直なところ、「おいでよ」と言う気になれない。
何だかよくわからないが、この少女が怖くてたまらないからだ。
凶暴さのかけらもない、むしろおっとりしている風にしか映らない一人の少女が。

しかし、もうじき夜が来るというのに、近くに村があるからそこまで行けとも言いづらい。
だいいち相手は少女なのだ。夜に一人歩きをするなどと、ほめられたものではない。
そんなことをつらつらと考えて、迷った末。

「えっと……お母さんが良いって言ったらね」

カレンは母親に全ての判断と決断をゆだねることにした。
少女がこくり、とうなずき返す。

「じゃあ、付いて来て」

少女を先導して家へと向かうカレンの足取りは、先ほどよりずっと重たかった。

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