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zoom RSS 魔女の住まう森 23

<<   作成日時 : 2013/01/19 16:58   >>

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ここへ来る時に通ったドアは、老婆の死と共に再び現われた。
ピートはメグと手をつなぎ、ドアをくぐって淡いオレンジ色の通路に足を踏み入れる。
メグの手を握る力は、逃げ回っていた時とは違って優しく軽いものだ。
その後ろを、クックがついて来る。

「ばばあが死んだ以上、お前が木の契約者だ。いろんな力が使えるし、いろんなことができる。お望みとありゃ、ここから世界を操ることだってできるだろうさ。どうする?」
「そんなの、どうだっていいよ」

クックの言葉に、ピートは首を横に振った。

「僕は、メグと一緒に家に帰るよ。じいちゃんと、また一緒に畑を耕したりして暮らすんだ」

家に帰ったら、祖父におじに何をされたか、どんな目にあっていたかを全て話そう。
事情を知れば、もしおじが探しに来たとしても引き渡したりしないはずだ。
ピートはそう信じていた。

「そっかあ。ま、好きなようにすりゃいいんじゃねえの」
「でも、どうすれば帰れるのかな」
「家の前に、門があったろ。そこからお前のいた世界に出られるはずだ」
「……森を抜けるの、大変だろうな」

ピートはため息とともに一言、こぼした。
元の世界に戻れたとしても、そこはやはり森の中なのだ。
肌寒い季節に森を歩くのは辛いし。
おまけにピートは上着を失っているのだ。貴重な、唯一の防寒具を。

「ん? そんな面倒なことする必要ねえだろ」
「えっ」

森を楽に抜けられる、何か有効な手立てがあるのか。
ピートは思わず立ち止まり、クックを見る。

「お前、木の力を持ってるんだぞ。心の中で唱えりゃあ、森を抜けるのなんざあっという間だぜ。家に帰りたいとでも唱えりゃ、まばたきしてるうちに家の前に着いてるだろうさ」
「そうなんだ」

ピートは明るい声を上げた。
声だけではなく、表情にまで明るさがにじみ出る。

「なんなら、今すぐそうしてみろよ」
「……いい。ちゃんと門から出て、それからにする」
「律儀だねえ」

律儀とはまた別なものだ。
単純に、クックとの別れが寂しくてならないのだ。
――妙な話である。
目の前にいるのは裏切られた相手だというのに、別れが寂しくてならないのだから。
それだけではなく、もし一緒に来れるというのなら来て欲しいとさえ思っていた。
「それから、みんなでずっとしあわせにくらしました」で締めくくられる、おとぎ話のように。

「お兄ちゃん、にわとりさんもいっしょだよね?」

同じ気持ちなのか、メグが顔を見上げてくる。

「それは……」

ちらりと目をやると、クックが羽の先で頭をかいた。

「いやあ、そういうわけにはいかねえのよ。俺、こっちの世界でしか生きられねえんだわ」

途端、メグがしゅんとして目を伏せる。
その様を見て、クックが「うーん」とうなった。

「何て言ったらいいのやら。ここに来ればいつだって会えるんだけどよ」
「……遊びに来てもいい、ってこと?」

ピートは首を傾げた。
老婆の口ぶりでは、まるで戻ってくるのはとてつもなく悪い状況であるかのようだったが。

「あんまり良いことじゃねえな。またここに来るってことは、あっちの世界でとんでもなく不幸になるってことだからよ」
「不幸?」
「一旦この世界から出ると、戻る時にものすごく力を使うのよ。で、その時に使う力ってのが、負の感情で……んまあ、不幸にあい続けてあっちの世界に完全に見切りをつけられるぐらいになると、こっちに来れるってわけよ」

つまり、おじの家で過ごしたような日々が続けば、こちらに戻ってこれるということか。
やはり、戻ってくるのは悪い状況そのもののようだ。

「な? 良いことじゃねえだろ」
「うん」

見上げてくるクックに、ピートは静かにうなずき返した。

(不幸、か……)

その単語が出てくると、ピートはどうしても不安になってしまう。
この先の人生に何が起こるか、わからない。
幸せが待っている保障はないし、不幸続きかもしれないのだ。
たとえ善良に暮らしていたとしても、ある日突然災難に見舞われることもあるだろう。
そう思うと、目に見えない将来が恐ろしく思える。

「……でも、僕ら、幸せになれるのかな」

傷ついたり、怖い目にあったりするのは嫌だ。
だが、辛い目にあわずに済む暮らしが果たして幸せなのか、と問われるとよくわからない。
欲しい物を手に入れるためには、多少の苦労がつきものだから。

「幸せ、ねえ」

クックが目を閉じ、つぶやく。

「お前、幸せな奴ってどんな奴だと思う?」

急に問われ、ピートは戸惑う。
どんな人間が幸せといえるのだろう。

「お金があって、おいしい物を毎日お腹いっぱい食べられて、寒い思いをすることなくて、体のどこも悪くなくて、誰にも嫌われたり傷つけられたりしてなくて、大好きな人とずっと一緒に暮らせて……」

頭に浮かんだ幸せな暮らしというものを、つらつらと並べてみる。
……まだ少年のピートには、若さへの執着や満たされない性愛から来る渇望など、思いもよらない。

「そうかそうか、それがお前の思う『幸せな奴』か」

クックは数回うなずき、それからしばらく黙り込んだ。

「……ピート。人間ってのが世の中に出てきてから長いこと経つんだがよ、その中で本当に幸せな奴って、どのぐらいいたのかねえ」
「きっと、たくさんいたよ。だって……!」

ピートはおじの家にいた時に見た、近隣の住人達を思い出す。
あの近隣は高級な住宅街だったこともあり、衣食住に事欠いた人間など誰一人いなかった。
楽しげにおしゃべりに興じ、夜は明かりのついた部屋で家族とともに暖かい食事を囲んでいた。
メグが犬のえさに手をつける時まで、誰も自分達のことなど見向きもしなかった。
少なくとも、彼らは自分達よりずっと幸せに暮らしていた……そうピートは断言できる。

「そりゃ、お前が今並べたもの全部持ってる奴もいたろうよ。そいつは確かに、お前から見たら幸せだろうよ。だが、本人はどうだったんだろうな?」

しみじみとした口調でつぶやき……クックはくちばしを大きく開けた。

「はっはっは、まあ難しい話だな。ま、世の中適当に忘れるってのが幸せのこつかもしれねえよ」

笑いながら、クックは足元をすり抜けて先に行ってしまった。
ピートは、その白くて丸いお尻を、ただ突っ立って見送った。

『本人はどうだったんだろうな?』

クックの言葉が、頭から離れない。
自分達よりよっぽど良い暮らしをしていた人達にも、苦労や悲しみがあるのだろうか?
もしそうなら、ずっと貧しく弱い自分達など、一生幸せにたどり着けないのでは、という気さえする。

「お兄ちゃん」

つないだ手をメグに引かれ、ピートは我に返った。
自分を信じる、あどけない瞳。
自分が導かなければならない存在。

「……何でもないよ。さ、行こう」

ピートは、まっすぐ前を見据えて歩き出した。
たとえ辛くたって、くじけるわけにはいかない。
そう、腹を決めた。
――決めたつもりで、いた。

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