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zoom RSS 魔女の住まう森 22

<<   作成日時 : 2013/01/12 13:17   >>

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たいまつを片手に、全力で駆ける。
ピートの頭には、たいまつで老婆を攻撃するという考え以外存在しない。
先ほどマッチを向けた時のような、言葉と共に退けるという甘っちょろいやり方を選ぶ気はない。
老婆は完全にこちらを殺すつもりでいるのだ。
ならばこちらもそれ相応の行動を取らなければ。
――やらなければやられる。
逃げ出すことも説得もかなわない状況なら、力ずくで道を切り開くしかない。

もしこれが勇敢な若者の話なら、『英断』と呼ばれたかもしれない。
しかし貧弱な少年でしかないピートのそれは、追い詰められたねずみの行動に近かった。

「たいまつなんか持ってたのかい、油断のならない奴だねえ!」

老婆が、薄い刃を飛ばしてくる。
ピートは走る速度をゆるめず、たいまつを体のまっすぐ前方に向けた。
さながら、特攻する兵士のように。
目の前に迫る刃を、たいまつではじき飛ばす。
いや、はじき飛ばしたという手ごたえはほとんど無かった。
何故なら刃はたいまつの炎に触れた瞬間、じゅっと音を立てて消えたからである。
ただしその影響か、たいまつの炎まで消えてしまったが。
思わずぎょっとして、立ち止まりかける。

(消えるな、お願いだから、まだ消えないでくれよ!)

祈るような気持ちで見つめると、幸い炎はすぐ元の勢いを取り戻した。

(よ……よしっ)

ともあれ、こちらが優位であることははっきりした。
たいまつがあれば、老婆の攻撃など恐るるに足りぬのだ。
臆することは何も無い。

「来るんじゃない、来るんじゃないよっ」

老婆は大量の刃を打ち出してくる。
狙いを定める余裕もないのか、でたらめな軌道で刃が乱れ飛ぶ。
以前のピートなら、怯えて足がすくむような光景だ。
しかし今は、有効な武器を持っているのだ。
そのため恐怖は感じなかった。

ピートはついに老婆の目前に迫った。
老婆が腰を抜かしてへたりこみ、両手をかざして身をかばおうとする。

「ひいいっ、や、やめとくれっ!」

たいまつを振りかぶる寸前、ピートは老婆の怯えた顔を見た。
目と目が合う。
さまざまな感情が、濁流のように脳内を駆け巡る。
だがそれは、たいまつが振り下ろされるまでのほんのわずかな時間に起こったこと。
その感情の正体をはっきり悟る前に、たいまつが老婆の頭の右側をとらえていた。
ガツッと、鈍い音がする。
老婆の体は頭から横倒しに倒れ、たいまつの当たった部分が黒く焦げていく。
やがてそれは、赤いひび割れを伴いながら全身に広がっていった。
普通の人間ならば、こんな反応などあり得ない。
まるで、燃えている薪のような変貌だった。

「……ぐ……う、うう……」

倒れた老婆が苦悶の声を上げ、地面を指先で引っかく。
起きてきたらどうしよう、という幾ばくかの不安を抱きながら、ピートは額に浮かんだ汗をぬぐう。
思えば、他人に手を上げたのは初めてだった。
故郷の家では考えたことなどなかったし、おじの家では常に殴られ蹴られする弱者だった。
それが今や誰かを痛めつけ、あまつさえ命を奪おうというのだ。
浮かんでくる感情は、これで助かるのだという安堵の気持ちとは程遠い。
身に降る火の粉を払っただけ、などと割り切れないものがあった。

「ふ、ふふ、ふ」

老婆の苦悶の声が、不意に笑い声に変わった。
ピートの顔から、さっと血の気が引く。
まだ死んでいないのか。これからまだ何かしでかすつもりなのか。
思わずたいまつを向けてしまう。

「かわいそうに……かわいそうに……はは……っはは、は……」

老婆は虚ろな声で「かわいそうに」という単語を何度も繰り返した。

「……あんたはこれから、家へ帰るんだろう? ここじゃなく、現実の世界の方が良いって選んだんだ……執着があるんだ……好んでるってことだ……何も知らないで、かわいそうに……」

真っ黒に焦げた顔の中で、灰色と化した目がぎょろりと動く。

「あんたはいつか、自分の意思でこの森に来る……何故わかるかって……? そりゃわかるとも……あんたの気持ちが一番わかるのは、あたしぐらいのもんだろうよ……」

一体何を言い出すのだろう。
ピートは戸惑い、返す言葉すら見つけられない。
しかし老婆はこちらの返答など待たず、言葉を紡ぎ続ける。

「最後に一つ、教えてやるよ……。あんたが選んだ現実は、あんたを裏切る。傷つける。現実ってのは決して、あんたが思いを寄せる程には思いを返してくれない。ひたすら、つれないものなのさ……。一途に思いを寄せれば寄せるほど、深手を負わせてくるんだ……言ってる意味がわからないって顔だね? まあいいさ、そのうち嫌でも……」 

言葉の途中で、びしり、と老婆の顔面がひび割れ、崩れた。
崩れた部分は灰となり、さらに崩れてさらさらと地面に広がる。
――老婆の命は、この瞬間をもってして燃え尽きたのだ。
みるみるうちに他の部分も白い灰に変わり、ぼろぼろと壊れていった。

魔女は滅んだ。異界から持ち込まれたマッチを火種とした、たいまつの火で。
紙切れに書かれていた通りに。

ピートは背を向け、巨木の方へと引き返した。

老婆の言葉は確かに引っかかる。
まるで、これから起こる不幸を知っているかのような物言いだった。
もしや未来を見通す力でも持っていたのではないか、と疑いたくなるような。

もしそうだったら、将来の不幸を聞き出しておくべきだったのだろうか。
それから身を守るために。

巨木のそばまでたどり着くと、クックがひょこりと顔をのぞかせた。

「音がしなくなったから、どうなったのかと思ってよ……で、どうだ。終わったのか」
「うん」

ピートは弱々しく笑い、持ったままのたいまつに目を移す。
たいまつの火は、いつの間にか消えていた。

(つける時、あんなに苦労したのにな)

一度消えた時のことを思い出し、ため息をつく。
もしあのままだったら、今こうして立ってはいないだろう。
たいまつの火がもってくれて良かった、と心から思った。

――それ以上のことは、何も考えない。
今はまだ、受け止めきれないから。

「そうか。ばばあは死んだのか」

クックがぽつりと呟いたその時、何かが飛び出してきて、ピートに抱きついた。
――メグだった。
震える手でピートのシャツを掴み、腹に顔を押し付けてくる。

「大丈夫、もう大丈夫だよ、メグ」

メグの小さな背中をさすりながら、ピートは告げる。

今までにも何度か言い聞かせた、「大丈夫」という言葉。
いつからか、単なる慰めとごまかしに成り果てていた言葉だ。
ピートはこの時、久しぶりに自信をもって口にすることができたのだった。

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