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zoom RSS 魔女の住まう森 20

<<   作成日時 : 2012/12/29 16:27   >>

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草むらの中はすき間がなく、己の体でもって道を切り開くしかなかった。
ただでさえ歩きにくいというのに、びっしりと生えたとげが行く手を阻む。
一歩踏み込むごとに体や顔に傷がつき、苦しめる。
できるだけ身をかがめて歩きながら、ピートは草むらに強く拒まれているような、そんな気持ちになった。

頭上で、うぉん、と小さな音がする。
とげに頬を引っかかれながら目を上に向けると、草越しに妖精が飛び回っている様が見えた。
いずれも、草をかき分けてまでは近寄ってこない。
中に入れないというのは本当のようだ。

「クック、いる?」

足を止め、ピートは呼びかける。
とりあえず言われるがまま飛び込んだのはいいが、この後どうすれば良いのか全くわからないのだ。
不安と混乱が頭を占めた時、人間は誰かに内心を吐き出さなければ潰れてしまう。
たとえ共感を得られなかったとしても。「知ったことか」と突き放されるとしても。

「おう。後ろにいるぜ」

後ろにいると言われても、そちらに顔を向けるのも一苦労だ。
それでもと顔を向けようとしたピートの頬に、鋭いとげが食い込んだ。

「ちょっと待ってろ。とげが引っかかっちまって、なかなか進めねえんだ」

背後で、がさがさばさばさと音がする。
羽で覆われているのだから、思うように動けないのも納得である。

「……クック、これからどうしたらいいの?」

クックが近寄るのを待てず、ピートは口を開いた。

「うーん……ここにいる限りは、あいつらに手出しされるってことはねえだろうが……問題は、ばばあだな。とげさえ気にしなきゃ入ってこれるだろうし、草むら自体を吹っ飛ばされたりするかもしれねえ。っと」

足元に、白い物体が転がり出てくる。
ぶるぶるっと震え、つぶらな瞳で見上げてきたそれは、クックであった。

「なあ、お前まだ力の使い方がわからねえのか」
「力?」
「木の力だよ木の力。ばばあみたいに何かできねえのか?」
「そんな……使い方なんて、全然わからないよ」

クックの問いかけに、ピートは首を横に振る。
木の力と言われても、何が何やらである。
できたことは、老婆の過去が読み取れたぐらいのものだ。
老婆のようなことが、果たして自分にもできるのだろうか。

「力は使えねえのか。となると……」

クックが黙り込んだその時、どおん、と辺りが揺れた。
ピートはバランスを崩し、反対側へとよろけた。

「っぐ!」

メグを抱えているため、両腕は使えない。
ピートは懸命に足を踏ん張ったが、それでも体勢を立て直せなかった。
覚悟を決めて歯を食いしばり、顔面から草の中へ突っ込む。
そのため、とげに嫌というほど顔を引っかかれた。

「そんなところに逃げたって無駄さ。草むらごと切り刻んでやるよ!」

老婆の声がする。
それから間を置かず、どおん、ともう一度衝撃が来た。

いつまでもここに留まっていられないようだ。
老婆に居所が知られる前に逃げ出さなければ。
とにかく前へ進もう、と足を踏み出しかけた時。

「そうだ、さっき扉の前で使った奴をもう一回使え!」
「えっ、扉って」
「ほら、何かこう、ちっさい火を出しただろ! あれだよ!」

言われて思い出すのは、マッチをすったことである。
台所の隠されたドアからここへと続いていた、
マッチをすった途端に淡いオレンジ色の光が広がって、驚いたものだ。
小さくて、ほんのわずかな時間しか手にしていられないあれが、切り札になり得るというのだろうか。

「早く! 死にたくねえんだろ?」
「う、うん」

半信半疑で、ピートはメグを足元に下ろし、かぶせていた上着のポケットからマッチを取り出した。
元々使いかけで心もとない本数だったマッチは、先ほど一本使ったせいで少なくなっている。

(これが、どうにかしてくれるんなら)

祈るような気持ちで、マッチの火をつける。
火はたちまち先を燃やしつくし、柄の部分を黒くこがし始めた。
……あの時のような劇的な変化は起こらない。
これから起こるのか、いや、でもあの時はすぐ淡いオレンジ色の光が広がったはず。
ピートは内心焦れながら、マッチの炎を見つめていた。
そして、その火が指先に触れようかという時、変化が起きた。

周囲の草が、赤い色に染まった。
それだけではない。まるでピートのいる場所から風が吹いているかのように、ざあっと開けていったのだ。
そのため、ピートの周囲はがら空きとなった。
これでは妖精にかまれ、老婆に見つかってしまう。
そう思ったのも束の間、赤く染まった草は方々に伸び、妖精達を絡め取り始めた。
捕らえられた妖精達は、おそらく悲鳴のつもりだろう、おぞましい叫びを上げながらもがく。
赤く染まった草はぎりぎりと妖精の体を嫌な角度にねじ曲げ、へし折り、次々と始末していった。

「よし、これでうざったい連中は退治できるな」

クックが満足そうにうなずいている。
ピートは何も言わなかった。
身を覆う空恐ろしさが、口を開かせなかった。
この様が、退治というより虐殺のように思えたのだ。
痛い思いをさせられた妖精達だが、だからといって惨たらしく殺されても胸が痛まぬわけではない。

「……まさか、異界から火種を持ちこんでいたとはね」

赤く染まった草のぐねぐねと動き回る向こうから、老婆がこちらを見ていた。
まるで、炎の向こうに立っているかのようだ。

「まだ子供だからと思って油断したよ。森で火を炊いたんだから、火種を持っているはずなのに、調べて取り上げなかった。ああ、我ながら馬鹿なことだ」

老婆が口元をゆがめ、薄く笑う。
火種とはマッチのことに他なるまい。
ピートは、上着のポケットに入れた紙切れのことを思い出した。
あれには、『魔女は異界の炎でしか死なない』という内容のことが書いていたはずである。
異界とはこことは異なる世界、ピートにしてみれば元いた世界のこと。
ピートがこの世界に持ちこんだマッチは、異界から持ち込まれた火種。
すなわち、異界の炎というものを起こす火種。
何の変哲もないちっぽけなマッチの火が、老婆にとって脅威をもたらすということだ。

ちりっと指先が痛む。
目を落とすと、指に挟んだマッチが、燃え尽きて真っ黒になっていた。

「おばあさん。僕達、家に帰ります。だから、邪魔しないで下さい。帰らせて下さい」

ピートは老婆を見据えながら、手探りで新たなマッチを一本取り出した。

「そうはいくもんか。あんたが生きてる限り、あたしが木の契約者でいられなくなるんだ」
「なら、メグだけでも家に帰して下さい。メグは関係ないんでしょう?」
「……そういうわけにもいかないね」
「なら、こうです」

ピートはマッチをすり、突き出した。
魔女の顔が強張る。

「このマッチの火が怖いんですよね? これで焼かれたら死んでしまうんですよね? 帰してくれないって言うのなら、僕、ひどいことをしますよ」

語尾が震える。
今まで脅されることはあっても、他人を脅す羽目になったことは一度もなかった。
それが、今はそうしなければならないのである。
今のピートは、脅すことに慣れた人間から見れば、弱腰でこっけいと映るだろう。

ピートは気付かないが、マッチの火は奇妙なことに、それ以上燃え上がることなく先端でちろちろと揺れるばかりだった。

「あたしを脅すつもりかい、ピート」

老婆の目が、ぎらりと光ったような気がした。

「確かにそいつは異界の炎だ。だけど、そんなちっぽけな火で、あたしに何ができると思ってるんだい?」

言うが早いか、老婆が手を突き出す。
その途端、マッチの火がふっとかき消えた。

「その程度なら、消すことぐらいわけないのさ。あたしもなめられたものだねえ」
「くっ、この程度じゃ切り札にならねえ! 逃げるぞピート!」

クックが駆け出す。
ピートはメグの手を引き、後に続く。
駆け出した背後で、赤い草が一斉に老婆に伸びて行ったことには気付かなかった。

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