プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 魔女の住まう森 19

<<   作成日時 : 2012/12/22 15:05   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「この森はあたしのものだ。あたしの場所だ。どうして誰かに明け渡さないといけないんだ……居候させてやるならまだしも、どうしてあたしがいなくならなきゃいけないんだ」

ピートは少しずつ下がって、老婆と距離を開けた。
一目散に逃げなかったのは、それが何か、恐ろしい事態の始まりを告げそうな気がしたから。

「そうだ……あんたを消せばいいんだ。あんたがいなくなれば、木の方だってあたしを選ぶしかないんだからね! あはははははっ」

老婆が狂ったように笑い始める。

(逃げなくちゃ)

ピートは、今しがたくぐってきた扉の方へ視線を向けた。
後ろ。もう少し正確にいえば、やや右ななめ後ろの方向。
あの扉へ飛び込んで、向こうから鍵を閉めれば少しでも時間は稼げるだろう。
もう少し距離を広げてから走ろう、と決意したその瞬間。

「っつ」

手の甲に激痛が走った。
見ると、先ほど手の甲にとまった妖精がかじりつき、そこから赤い血がにじみ出している。
口がないのにどうしてそんな事ができるのだろう、と驚いていると、妖精が不意にピートを見上げた。
やはり口は無い。だが、代わりにあごが赤く染まっている。

「ひっ!?」

ピートは息をのんだ。
妖精のあごが上下に裂け、ずらりと並んだ鋭い牙と赤い下がのぞいたのである。
妖精に口が無かったのではない。人間とは別の位置にあったのだ。

「うわあっ」

得体の知れない恐怖から、妖精を振り払う。
しかしその手は当たらず、妖精はさほど離れない位置まで離れ、ひらひらと羽を動かしながら留まった。
なおも追い払おうとする手をかわし、妖精はピートの眼前に迫る。

「シャアアア゛ア゛ア”ァァッッ!!」

威嚇音を出す妖精に、可憐な姿の面影はない。
そこにいたのは、羽の生えた小さな人型のモンスターに他ならなかった。

「きゃあっ! お兄ちゃん、いたいよ、いたいよおっ!」
「メグ!?」

妖精達の威嚇音に混じって、メグの悲鳴が響く。
見れば、メグの顔や首や手足といった、衣服から露出した肌に妖精達が食らい付いているではないか。

「やめろっ」

手を振り回して払いのけるが、妖精達はひらりとかわして戻ってくる。
まるで、しつこく群がるハエのようだ。

「メグ、走って!」

ピートはメグの手を引き、扉のある方向へ駆け出した。

「くそっ! あいつらはばばあが作ったから、木の意志もおかまいなしなんだよな!」

後からクックが走ってついて来る。
「作った」というのはどういうことか。
気にはなるものの、今はそれどころではない。

「逃がすんじゃないよ、お前達! 絶対に殺しておいで!」

老婆のヒステリックな声が、背後から飛んでくる。
かすかな羽音が絶え間なく聞こえ、その度に、体のどこかにじくりと痛みが走る。
涙まじりのメグの悲鳴が、耳に、心に突き刺さる。
それでも立ち止まるわけにはいかない。
追い払っている暇も無い。
とにかく、まずこの場を離れなければ。
扉へ。そこへたどり着きさえすれば――。

息を切らせながら、あと数歩駆ければ扉に手がかかる、という位置まで来た。
扉は、開け放たれたままの状態でそこにあった。
あとは中に飛び込むだけ。

(これで逃げられる!)

ピートは勢い良く扉の中に駆け込んだ。
いや、駆け込もうとした。

「させないよ」

その時、老婆の声が、おそろしく近い位置で聞こえた気がした。

「あっ」

ピートはかすかな声を上げた。
扉が、お湯に溶ける砂糖のようにみるみる消えていったのである。
扉の向こうの風景は失われ、辺りは野原が続くばかりとなった。
逃げられたと思ったのに。
ピートはがく然として立ち尽くす。

「逃がしゃしないよ……」

低く、殺意を帯びた声に振り返る。
巨木の根元にいたはずの老婆は、いつの間にか背後に立っていた。

「死にな!」

ピートは、とっさに身をかがめた。
頭上に低くうなる音を聞きながら地面に片手をつき、支えにして地面を蹴る。
メグのことは、もはや手を引くというよりも引きずるような状態だが、かまっていられない。
出口を失った以上、何らかの対抗手段が見つかるまでは逃げるしかないのだ。
今のところ当てにできそうなのは、木の力、とやらだろう。
それも、使い方がわからなければ話にならないが。

「ちっ、こざかしい!」

悔しげな老婆の声。

「あぶねえ!」

同時に、クックが足元に転がり込んでくる。
つまづいてよろけたピートの頭上を、何かがかすめ飛ぶ。
それは、目の前の地面を深くえぐり、突き刺さった。
――薄くて透明な、鋭い刃を思わせる三日月形の物体。
見る間にそれは空気に溶け、消えた。

これが当たっていたら、一体どうなっていたことか。
先ほど低くうなりながら頭上をかすめたのも、これだったのだろうか。

体勢を立て直したその刹那、まぶたに痛みが走った。
妖精の足が視界に入り、かみつかれたのだとわかった。
今度は深くかまれたようで、だらりと生暖かい液体が垂れてきた。
手探りで傷口を探り、押さえながらピートは走った。

(まずい)

ほどなく、逃走に不利な条件が加わったことを悟る。
傷口を押さえなければ、伝い落ちる血で視界が悪くなる。
だが、両手がふさがると走る速度は落ちてしまうのだ。
速度が落ちた標的は狙い撃ちにされてしまうだろう。
その分、妖精にかまれる度合いも増える。

「ピート、あれだ!」

クックが叫ぶ。

「えっ、何だって?」
「あれだあれっ! あれに入れば、あいつらは追いかけて来れねえんだよ!」

そう言ってクックが羽を向けるのは、ピートの背丈ほどの高さの草むらだった。
よく見れば、それは植物のつるがからみ合うように密集したもので、鋭いとげがびっしりと生えている。
こんな物の中に入ったら、全身が傷だらけになってしまうだろう。

ためらいが無いわけではない。
だが、他に良い案など浮かばないのだ。

「メグ。目、つむってて」

ピートは覚悟を決め、上着を脱いでメグにかぶせると、抱きかかえて中へと突き進んだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

魔女の住まう森 19 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる