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zoom RSS 魔女の住まう森 18

<<   作成日時 : 2012/12/15 12:55   >>

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食べ物に困らない、凍えて暮らすこともないというのは願ってもないことだ。
問題は、これ以上年を取らないという点だろうか。
つまり大人になれない、ということ。

おじの家にいた時は、速く大人になりたいと思っていた。
大人になりさえすれば、彼らに手出しされずに暮らせると思っていた。
自分が子供だから、彼らは抵抗手段を持たぬ弱いものとみなしているのだと、そうピートは判断していた。
子供が大人に抱く幻想。
大人になれば何もかも自由に、好きなようにできるのだという根拠のない思い込み。
今の自分とは違うものになれる、大人とはすごいものなのだという憧れ。
実際になってみるまでは壊れることのない、幻想である。
ピートの場合は、辛い暮らしを経て幻想を捨てるどころか、すがりつく希望に変わっていたのだ。
大人になれば何かが変わる、と。

ここで暮らすのなら、それをあきらめ、捨てなければならない。

(……でも)

それでも、おじの家で味わったような苦労をしないで済むのは魅力的に思えた。
労働の辛さはまだ耐えられる。
だが、殴られるのも蹴られるのも、無意味に罵倒されるのも、さげすんだ目で見られるのも、もう嫌なのだ。

(ここにいたら、そんな思いしなくても済むんだ)

ピートは、ふらふらと手を伸ばしかけた。

「ピート、よく考えろ」

そこへ、クックが間に割り込んできた。
顔を上げ、まっすぐにピートの目を見つめる。

「お前、後悔しないのか? 帰らなくていいのかよ。さっき、じいさんのところへ帰るんだ、あそこが自分の家だって言ってただろうが」

クックの言葉は、ピートを揺さぶった。

そうだ。
ここにい続ける問題点は、大人になれないだけではない。
大好きな祖父を捨てねばならない、ということでもあるのだ。
何と言うことだろう。祖父のことなど、全く思い浮かばなかった。
先ほどまで、「ここは自分達の家ではない」「祖父の元へ帰るのだ」とあんなに息巻いていたのに。

(そんな、僕……)

ピートはがく然として、言葉も出なかった。
伸ばしかけた手を引っこめ、だらりと下げる。
自分の弱さと汚さを、まざまざと見せ付けられた思いだった。
おじ達のことを憎み、さんざん恨んできたが、結局、自分だってほめられた人間ではなかったのだ。
苦痛を避けたがるあまり、他者のことなどどうでも良くなるだけの人間ではないか。
ピートは「同類」という単語が頭に浮かび、ぞっとした。

「クック、邪魔をする気かい? だが、お前の言葉が、果たして信用されるかねえ」

老婆の、クックを見る目が細くなる。

「あー……ピート。ばばあの命令をきいたのは事実だがよ。でもそれは、ばばあの命令だからじゃねえ。最終的に木が決定したから従っただけだ」

クックは一つ呼吸を置き、続ける。

「まあ、色々言ったところで、だましたことには変わりねえわな。悪かった。許すか許さないかは、お前が決めろ」

だました、という言葉は、やはり聞こえの良いものではない。
問いかけた相手からの返答を求め、得られたものの、心はひどくざらついた。

「クック、だましてたんだ……最初からずっと?」
「ああ。にわとり小屋で会った時からな」
「ここに来る時、初めて来たって言わんばかりだったけど、それも嘘なんだね」

通路の暗さから、明かりをつけてくれと泣きついてきた時。
マッチをすった途端、辺りが一変して驚いた時。
その時のクックの態度や言葉を思い出し、まぶたの裏が熱くなる。
あの言動に裏があるとは、思いもしなかった。
――何も知らないままでいられたら良かったのに。
唇をかみしめ、手の甲で目元を乱暴にぬぐう。

クックは何も言わず、老婆に向き直る。

「たった今、木が裁定した。ばばあ、お前はもう用済みだ。木の力の使い手を二人も置く気はないそうだ。力の使い手はピートにするってさ」
「何だって?」

ピートが何かを言うより早く、老婆が眉をひそめてクックに詰め寄った。

「あたしじゃなく、ピートを、だって? 老いぼれを捨てて、若い奴を選ぶってのかい。木がそんなこと言うもんか!」

老婆の声が、震えている。

「木はあたしを受け入れて、認めてくれたんだ。この森にいて良いって言ったんだ。あたしを選んだんだ」

声が、しだいに小さくなっていく。

「嘘だろ、そんな……」

老婆が黙り込む。
ピートは思わず目をそらした。

幼い頃から辛い目にあってきた老婆。
きっと、誰かに存在を認めてもらいたかっただろう。受け入れてもらいたかっただろう。居場所が欲しかっただろう。
心は穴だらけだったのだ。
その全てを、木が埋めてくれたのだろう。
それが失われようというのだ、今。

――もしこれが、自分だったら。

自分にはメグがいた。祖父がいた。故郷の家もあった。
だが老婆には、その全てがなかったのだ。
老婆にとっては、ここが唯一の居場所であり、帰るところだったに違いない。
故に、寄せる執着も並大抵ではないだろう。

この時ピートが老婆に対して抱いた感情は、まさしく「哀れみ」だった。

「そら見ろ。何が弱いものを救う、だ。お前の覚悟だの正義感だのは、結局その程度なんだよ」

クックは指差すように右の羽を向ける。

「俺はとっくに気付いてたんだぜ。お前の優しさは偽物だってな。ついさっき、自分でもわかったんじゃねえのか? 弱いものを救うだの何だの、ずいぶんご大層なこと言っておきながら、自分の居場所が取られると知ったらこのざまじゃねえか」

老婆は答えない。

「お前はな、自分の優しさや正義感に酔ってただけなんだよ。初めは本気だったかもしれねえが、今となっちゃ身の安泰が一番になってやがる。木はそれを見抜いてたんだ」

不気味なほどの沈黙が降りた。
老婆が激昂するなり嘆くなりすれば紛れただろう静けさが、耳を圧迫する。

「認めないよ、木が、あたしを捨てるなんて」

長い沈黙の末、老婆がかすれた声を出した。
同時に、空気が張り詰めるのをピートは感じた。

「は……はは……。同情して助けてやった子供が、まさかあたしをおびやかすなんてね」

おそるおそる視線を戻したピートの目と、老婆の目がかち合う。
老婆の目は、恐ろしいほど真っ赤だった。

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