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zoom RSS 魔女の住まう森 17

<<   作成日時 : 2012/12/08 17:03   >>

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「クック……」

いっこうに答えもせず、こちらを見もしないクックに、うめき声がもれる。
いつぞや考えた、「クックが老婆とつながっている」という想像が当たっていたなどと。
気のいい奴だと思っていたのに。

「そいつには、あんたの行動を監視するように言っておいたのさ。あんたがあたしの言いつけを破って裏庭に行ったことだって、ちゃんと知らせにきたんだよ」
「そんなっ」
「……その後、青い実を食っただろう? あれは、あたしが命令してそうさせたのさ。木に選ばれるための準備なんだよ。青い実を食った人間は、木を引き寄せる匂いを出すからね」

あの時食べた青い実の味を思い出す。
甘酸っぱくておいしくて、夢中になってむさぼった、あの味。
それが、今は吐き気をもよおす。
クックの、こちらを気づかってくれていると思ったあの行動が、老婆の指示だったとは。
断ったりしたら悪いと思って口をつけたのに。

それでも。
ピートは心のどこかで、老婆ではなくクックの言葉で真意を聞くまでは、と思っている自分を感じ取っていた。

「クック、答えてよ。僕をだましたの? ねえ、クック」
「訊くだけ無駄だよ。実際、その通りなんだからね」

老婆は杖の先でクックをつつき、小さく笑う。
すると、それまで閉じていた目を、クックが開いた。

「俺はこの木から生まれたんだ。ガキが親にするように、木の言うことには従うし、木の利益になることなら何だってする」

こちらをちらりとも見ず、クックは言う。
にわとりが木から生まれるなどと、常識ではあり得ない。
だが他のにわとりとは違い、言葉を操れるのだから、特殊な生まれというのも納得のいく話ではあった。
何より、勝手に動く植物のつるが自生するこの世界では。

「だから木の力を得たあたしの命令にも従うのさ。あたしはいわば、親の友達といったところだからね。まあ、木の言葉を聞けるのは、こいつだけだけど」
「ふん」

クックは再び目を閉じる。
ピートはそこに、自分への拒絶を感じた。

「まあ、あれを食った人間なら誰でも木の力を得るわけじゃないけどね。体が耐え切れなかったり、木の方が拒絶したりで駄目だった奴も大勢いたよ。駄目だった奴は、みんな中途半端な木になったんだ。あんたも見ただろう。裏庭にある、人間に似た木だよ。今でも、意識だけがうっすらあるみたいだねえ」

裏庭で見たものが脳裏をよぎる。
苦痛にさいなまれる人間の姿に見えた木々が、元は本物の人間だったとは。
吹いてきた風が叫び声に聞こえたのも、あながち気のせいとは言い切れなかったのかもしれない。

(どうして……?)

ピートは目まいを覚えた。
どうして、不幸や不運というのはこうも立て続けにやってくるのだろう。

おじの家から逃げた後、森に入らなければ。
丸い光がやってきた時に、食い下がらず森を立ち去っていれば。
裏庭に行くなという言いつけを守っていれば。
青い実を食べなければ――。

どの時点から、自分は判断を誤ったのだろう。

「どうして、僕に青い実を……どうして僕なんか選んだんですか?」
「……言っただろ。あたしはあんた達のことがかわいそうで、哀れんでるって」

聞き覚えのある言葉とともに、老婆はピートに向き直る。

「世の中、弱いものいじめってのは横行してるもんだ。今逃げ出して解決したように思えたところで、後々また同じようなことが起きる。もうそんな思いをしないで済むためには、どうすればいい?」

ピートは耳をふさぎたくなった。
またいつか、おじの家で味わったような苦しみを味わう羽目になるなどと、冗談ではない。

「簡単な話さ。強くなればいい。だから力を与えてやろうと思ったのさ。あんた達がもう辛い思いをしなくて済むようにね」

それを思いやり、と取るべきか。勝手な言い分に勝手な行動、と非難すべきか。
ピートにはよくわからない。

「裏庭の連中も、元はあんた達と同じように辛い目にあったり、苦しめられていたりしてこの森に逃げ込んできたのさ。あたしの森は、弱っている奴らだけが迷い込む場所なんだ」
「みんな、あの青い実を食べたんですか……?」
「ああ、そうだよ。あいつらは木の力を得られなかったけど、もうあんな辛い世界に帰らなくて済むんだ。よほど幸せだろうさ」

ピートは、老婆の言葉にうなずくことができなかった。
苦痛にあえぐ人間のような姿をした木々に、幸せというものを見出すことはできない。
彼らには意識がうっすら残っているというが、身動きもできず変わり果てた己の姿をどう思っているだろう。

「弱いってことは、常に惨めなんだよ。誰かの世話にならなきゃいけないし、頼らなきゃいけない。頭は下げ通し。見捨てられたらもうおしまい。最初は受け止めてくれる奴もいるけどね……だんだん嫌がられ、疎ましがられられる」

老婆はとん、と地面を杖で軽く突く。

「ピート、今まで辛かっただろう? 元々貧乏暮らしだったのに、親が二人とも死んでからは、なおさらひどい貧乏になって。貧乏の上に、親切めかしたおじの申し出のせいで、今度は暴力まで加わった。嫌な人生だね」
「な……っ、どうして」
「どうしてわかるのかって? 木の力を持ってすれば、見ただけで相手の過去を読むぐらい朝飯前さ」

ピートのズボンに、メグがしがみついてくる。
見れば彼女は先ほど泣いた涙も乾かぬまま、老婆に怯えた目を向けている。
おそらく、幼い頭では詳しいことなどわかっていないだろう。
それでも、老婆の恐ろしさだけは感じ取れたのに違いない。
気休め程度にでも安心させようと、ピートはメグの頭を抱え込んだ。

「あんたにも出来るはずだ。試しに、あたしの過去を読んでごらん」

老婆の口調は淡々としたものだ。
だが、よく見れば口の端がかすかに震えていた。

(僕にもできる……?)

そんなことを言われても、一体何をどうするのか見当もつかない。
どんな方法だろう、と意識した途端、ぎっ、と首筋が強張るような感覚を覚えた。
痛みに首をすくめた瞬間、頭の中に様々な場面が浮かんできた。

初めに見えたのは、酔って顔を真っ赤にした男に痛めつけられ、泣く母子の姿。
『やめとくれ。この子だけは殴らないでっ』
『うるせえ! 何もかも、てめえが勝手にガキなんざ産んだせいだろうが!』
途切れ途切れに聞こえる、怒声と悲鳴。
やせ衰えた母親は、必死に小さな娘をかばっている。
小さな娘には、老婆の面影があった。

次に見えたのは、暗い部屋で酒びんを母親を前に、ぼろぼろの格好の少女が立ち尽くす場面。
母親の足元には大量の空きびんが転がっており、
『母さん、あたし、もうやだよ……』
少女の声に、母親が顔を向ける。
その目はどんよりとしていて、だらしなく口が開いていた。

次の場面は、どこかの屋敷で床を磨く若い娘の姿。
這うようにしてブラシをかける娘の手はあかぎれだらけで、時折顔をゆがめてはその手をさすり、息を吹きかけている。
『おい、まだ終わらないのか』
雇い主らしい男が娘をにらむ。
『すみません……』
『早くしろ、まったく使えない奴だな。もうじき客が来るんだぞ』
男がいら立ちながら立ち去った後、彼の息子らしい子供が若い娘に向かって走ってきた。
『わあ! パパ、こいつが僕を突き飛ばしたよ、痛いよー!』
子供は思い切り若い娘にぶつかると、わざとらしい声を上げる。
『ぼ、ぼっちゃま』
『お前っ、拾ってもらった恩を忘れたか!』
男は、持っていた杖を若い娘に振り上げた。

さらに場面は変わり、ベッドのある部屋で若い女が男女と向き合っている風景が見えた。
下着姿の女は男に腕をからめ、若い女をせせら笑っている。
『あなた、自分がまともに相手してもらえてると思ってたんだ?』
『……あんたも……あんたも……あいつらと同じだっっ!』
若い女は男をののしると、悔しげに涙を流して部屋を飛び出した。

頭に浮かぶどの場面も、およそ幸せとは程遠いものばかりだ。
これが、老婆のたどった人生なのだろう。

やがて場面は、あちこちから炎の上がった町の風景に切り替わる。
剣を持った男達が逃げる人々を蹂躙し、家々から財産を奪い取っていく。
その中で、女はすすだらけになりながら逃げ惑っていたが、ついに一人の男に目を付けられ、追い詰められた。
『ヒヒヒヒヒッ、女だ、女だあああ!』
剣を持った男は、狂った笑い声を上げながら女の髪をつかんで引き倒し――。

唐突に、ピートは今の風景の中に引き戻された。

「今のが……?」

ピートはおずおずと老婆の顔を見つめた。
何を言えばいいのか、全くわからない。
同病相哀れむというが、老婆も不幸な目にあっていたのだと思うと、恐ろしさよりも奇妙な親近感を覚えてしまう。
対する老婆はただ一つ、小さなため息をついたのみだった。

「ピート、なんで、辛い思いをした人間の方が負い目を感じなくちゃいけないんだろうね? 悪党が平然としていられるんだろうね? こんなのおかしいだろう? 一度は思ったはずだ。神様がいるなら、いつかあいつらを罰してくれるはずだ、って。いつかじゃない、本当は今すぐ罰して欲しいのに!」

思わず目をふせる。
全て、身に覚えのあることだった。
神様がきっと見ている。いつかあいつらは天罰で苦しむに違いない――それは、一度ならず考えた。
そして、そのたびに失望を味わってきた。
おおっぴらに言ったことはないが、心の中では何度もつぶやいたものだ。
神様なんていないんだ、と。

「いいかい、今のお前には、それができるんだよ。悪党に、いつだって罰を与えることができる。弱いものを救ってやれる。神なんてあやふやなものにすがりつかなくていいんだ」

老婆はピートの眼前まで歩み寄り、手を差し出す。
ピートは反射的に、一歩退いた。
と、メグの頭を抱え込んでいた手に、何かが触れる。
目を向けると、妖精が一人、ピートの手の上に降りていた。

「ここであたしと一緒に、悪党どもに罰を与えよう。存分に思い知らせてやるのさ。ここにいれば年を取ることも、ひもじい思いをすることも、凍えて震えることもない。元の世界とは違って、傷つけるような連中もいない。もちろん妹だって一緒に暮らせる。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」

ピートは、しわだらけの節くれだった老婆の手を見つめた。
――老婆の手を取るか、否か。

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