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zoom RSS 魔女の住まう森 14

<<   作成日時 : 2012/11/17 17:20   >>

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家の中に、老婆の姿はなかった。
座っていた安楽椅子は空っぽで、ひざにかけていたブランケットが無造作に置かれているのみ。
台所にも姿はない。
一体どこへ行ったのだろう。

(どうだっていい)

老婆に見とがめられずに妹に会えるなら、好都合だ。
台所の食器棚の前に立ち、ピートは老婆のことを頭から締め出した。

「なあなあ、こんな棚の前でどうしたんだよ。お前の妹って、皿かボウルなのか?」

足元から見上げてくるのは、クックである。
メグを見舞うと言ってきかないので、家の中に上げたのだ。

「違うよ。ちょっと、仕掛けがあるんだ」

言いながら、ピートは食器棚を横にスライドさせる。
すると、記憶通り、その後ろからドアが現われた。

「おおっ、すげえ! こんな所にドアがあるのかよ!」

クックは両羽を広げ、興奮してはしゃいでいる。

「このドアの向こうにお前の妹がいるのかっ? 早く行こうぜ!」
「それが、さっき鍵がかかってて……」

ピートは口をつぐむ。
そう、問題はそこなのだ。
鍵がかかっているので、家のどこかにあるだろう鍵を探さなければならない。
家のどこかにあるならまだ良いが、老婆が持ち歩いているとなると、妹に会うのは難しくなる。

(開いていたりしないかな……?)

そんな都合の良いことを考えつつ、ピートはドアの取っ手を握り、引いてみた。
すると、どうだろう。
あの時は開かなかったドアが、すんなり開いたのである。

「なんだあ? 鍵なんかかかってねえじゃねえか」
「う、うーん……」

(変だなあ、さっきは開かなかったのに)

ピートは思う。
もしや老婆は、この向こうにいるのかもしれない。
それなら姿が見当たらないことも納得できる。
ただしその場合、向こうへ行った時に老婆と鉢合わせすることになるが……とにかくメグに顔を見せたいのだ。
怒りを買ったら買ったで、謝り倒す覚悟は決めている。

ドアの付近を見ると、天井も壁も床も、ざらついた古い石で覆われていることがわかる。
平らではなく、削って空間を作ったのだろうということがうかがえる。
ドアを開けてすぐに部屋があるのではなく、ゆるく曲がりながら通路となってどこかへ続いているようだ。
その先は真っ暗で、どうなっているのか全くわからない。

問題点はそれだけではない。
通路の向こうから漂ってくる空気が、やたらと冷たいのである。
この通路自体が氷でできているのでは、と思わせるほどの冷たさ。
屋内の、同じ季節の空気とは思えない。
ピートは薄いシャツに覆われた腕をさする。

「おおさむっ! 何だこのくそ冷たい風!」

体を羽毛で覆われているクックが言うぐらいだから、やはり相当な冷たさだ。
腕をさすった時に感じた、左の二の腕の違和感を無視して、ピートは考えた。

とてもじゃないが、この薄いシャツ一枚ではしのげそうにない。
もしや、向こうはとんでもなく寒い所なのだろうか。

(でも、それって変だな)

そんな所に熱を出した人間を寝かせておくなどと、常識的な判断とは言えまい。
ピートの頭の中は、湧き出す一方の疑問でいっぱいである。

(駄目だ。今は色々考えてる場合じゃない。やろうって決めたことをやるんだ)

ピートは小さく頭を振り、自分に言い聞かせる。
とにかく、寒さをしのぐための上着が必要だろう。
ピートは取って返し、寝ていた部屋から上着をつかんで戻った。

「お? 行くのか」
「うん」

上着に袖を通しながらクックに答える。
そして、戻る前と変わらず暗いままの通路の先をにらむ。

(この向こうに、メグがいるのかな)

そう思うと、いても立ってもいられない。
真っ暗なのは不便だが、壁に片手をつけて歩けば迷うこともないだろう。
ピートは表情を引き締め、通路に足を踏み入れる。
すぐそばで、クックのぺたぺたと歩く足音が聞こえて、ピートは少しばかりほっとした。
暗がりの中でも、見知った誰かがそばにいると思えば安心できるものである。

――どのぐらい歩いた時だろう。
ほぼ真っ暗な状態にさしかかったところで、

「ちょっと待て」

クックの声とともに、ピートの足に何かがぶつかってきた。

「うわっ」

その足は、次の一歩を刻むべく下ろしかけた足だった。
そのためあやうく転びそうになり、ピートは二、三歩たたらを踏む。
何事かと目をこらすと、白い物体が足元でうずくまっているのが見え、先ほどぶつかってきたのはクックだろうと知れた。

「どうしたんだよ、クック」

言外に「危ないじゃないか」という怒りもこめて問いかける。
すると、クックは祈るように両羽を重ね、おずおずと見上げてきた。

「ここ、暗いよな?」
「え……ああ、うん」

ピートは首をかしげる。
見ればわかるようなことを何故尋ねるのだ、と思いながら。

「俺、鳥だから暗い所じゃ目がきかねえんだよ〜。明かりを用意してくれよ〜」

クックはピートの足にすがりつき、情けない声を上げた。

「……え?」
「暗いと、ほとんど何もわからねえんだよぉ。頼む、明かりを用意してくれ!」

ピートは、あんぐりと口を開けた。

(クック、なんで一緒に来たんだろう)

この期におよんで何を言い出すのだ、このにわとりは。
呆れともいら立ちともつかぬ感情が、こみ上げてくる。

「それなら、待ってればよかったんじゃ……」

それでも、感情をそのまま吐き出せないのがピートである。
おかげで、なんともやんわりした怒りの表現になってしまった。

「ばかやろうっ、妹分に見舞いをしないでどうする!」

クックが吠える。
彼の中では、まだ会ってもいないメグが妹分として確定しているらしい。
そして、ピートは気付いてしまった。

(僕って、弟分なんだ)

どう考えてもそういうことだろう。
弟分の妹だから妹分とみなしているわけで、もし相手を兄貴分とみなしているなら、その妹を妹分呼ばわりはしないはずである。
序列としては、クック、ピート、メグの順に違いない。
にわとりの弟分とは、複雑な気分である。

「とにかく、明かりを探しに戻らないと……でも、勝手に持ち出していいのかな」

そこまで答えてから、ピートは上着のポケットに入れたマッチのことを思い出した。
つけたところで心もとないだろうが、ここから戻る手間を思うと、これで済ませたいという気持ちになる。

「これでどうかな」

ピートはマッチを探り出し、暗がりの中で落とさないよう注意深く一本取り出し、すってみた。
真っ暗な中に、ほわりと小さな明かりが生まれる。
……明かりには違いないが、やはり心もとない。

「そりゃ明かりには変わらねえだろうがよ、小さ過ぎるだろ」

ピートと同じ考えをクックがつぶやいた、その途端のことである。
それまで真っ暗だった周囲に、いきなり淡いオレンジ色の光が広がっていったのは。

「あちっ」

指先に感じた鋭い痛みに、ピートは思わず手を振り払う。
あっけに取られているうちに、マッチが燃え尽きてしまったのだ。
マッチは落ちたのだが、それでも光は消えずに残っている。
よく見ると、周囲の石が光を放っているのだった。

「はあ、こいつはたまげたな」
「う、うん」

外とは大違いな景色の庭に、奇妙な植物、しゃべるにわとり以外にも、まだ不思議な物は残っていたらしい。
マッチの火に反応したかのような変貌振りに、ピートは戸惑わずにいられなかった。

「見ろよピート。いよいよだぜ」

言われて視線を行く手に向ければ、そこには一枚のドアがあった。
鉄枠で囲まれた、頑丈そうな形状は、入ってきたドアと同じ形のものだ。

この先に、メグがいる。
もしかしたら、老婆も一緒かもしれない。

ピートはぐっと息を詰め、ドアのノブに手をかけ――押し開けた。

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