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zoom RSS 魔女の住まう森 12

<<   作成日時 : 2012/11/05 20:18   >>

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おぞ気が走る。
何が何だか、どうしてこうなっているのか、さっぱりわからない。
ピートは、不気味な枯れ枝から逃れようと、動かせる部分を駆使して懸命にもがいた。

と、ピートの眼前でうねりを見せた枯れ枝が、首に巻きついてきた。
そのまま首を絞めるのではと思ったが、枯れ枝はそれ以上きつく巻きついてこなかった。
首を絞められずに済むのは良いが、顔の向きを変えることすらままならない。

これから一体何が始まるのだろう。
ピートの胸が不安でざわつく。
この得体の知れない植物は、まさか自分を養分にするつもりだろうか。
荒唐無稽な想像だが、今のピートは笑い飛ばすことなどできない。
現に、世界のどこかには虫を捕らえて養分にする植物がいるという。

(僕、どうなるんだろう?)

恐怖に支配されきっているピートの前に、ぎりぎりと音を立てて一本の、枯れ枝が伸びてくる。
また体のどこかを拘束するつもりかと思っていると、その枯れ枝はピートの左腕の、二の腕に触れた。
何をする気かと睨みつけていると、枯れ枝はやおら、二の腕に突き刺さった。
刺さっただけではない。
皮ふを破った枯れ枝は、中へもぐりこむようにして進入してきたのである。

「うわあああっっ!」

ピートは叫んだ。
意識のすみからすみまでが、痛みに支配される。
それに加えて、枯れ枝のもぐりこんだ部分から垂れ流れる尋常ではない量の鮮血が、ピートの思考を鈍らせた。

痛い。
死んでしまう。
怖い。
嫌だ。
死にたくない。

のどの奥から、酸っぱいものが込み上げてくる。
くぐもった声を出し、えづいた瞬間、ピートの脳裏をある場面がたて続けによぎった。
いつ、どこで何があった場面なのか思い出すのを、心が邪魔する。
思い出してはいけない。早く忘れてしまわなければならない――壊れてしまわないために。

ののしる声。
大きな人影。
手の平。
ごつごつした手の甲。
悪意のある傍観者の視線。

涙が頬を濡らすのと対照的に、口の中はからからに渇く。

(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――!!)

はっ……はっ……はっ……はっ……。
ピートはもう声も出せず、妙な呼吸を繰り返す。

(じいちゃん)

不意に、懐かしい記憶がこみあげた。
祖父。
ピートにとって、両親が死んでからというもの、唯一心を開ける、頼りにできる大人だ。
深いしわを刻んだ、かさついた温かな手の感触が、ありありと思い出される。

仕事の合間に煙草を吸うのを楽しみにしていて、近寄るといつでも煙草くさかった。
笑うと、すき間だらけの歯が見えた。
野良仕事ができない冬の間は、教会で文字の読み書きを教えているからと通わせてくれた。
「いい仕事につくためには、読み書きできねえとな」――そう言って、少し悲しげに笑っていた。
おかげでピートは、読み書きができるようになった。
これがおじだったら、読み書きなど習わせてくれなかっただろう。

(じいちゃん、助けて!!)

ピートは、祖父の優しい記憶に全力ですがりついた。
おじの家に来た当初の頃、よくそうしていたように。
助けに来てくれるはずなどないとわかっていても、そうしなければ心が持ちそうになかった。

もぐりこんでいた枯れ枝は、二の腕の中を突き進む。
本来空間のなかった部分に、無理やり入り込んでいるのだから痛いはずだが、ピートの意識は朦朧としていて、痛みを感じる余裕はなかった。
……ある意味、それは救いでもあった。
枯れ枝はピートの意思など全く無視して動き続けていたのだから。
皮ふが時折盛り上がり、二の腕の中での枯れ枝の動きを想像させる。
枯れ枝は、二の腕の中で一周すると動きを止めた。

そして、ピートの精神は嫌でも現実に引き戻されることとなる。

ぼきり。

二の腕の中で、嫌な音がした。
さあっと血の気が引くのを感じ取る。
腕の内部で、そんな音を立てる物といえば、一つしかない。
――骨だ。
もぐりこんだ枯れ枝は、ピートの左腕の二の腕の骨をへし折ったのだ。

痛みはほとんど感じなかった。
使いつくした痛覚が、もはや麻痺しかかっているのかもしれない。
痛みよりも、恐怖よりも、ピートはただ、寒いと思った。
寒くて寒くて、自分の体温を感じられない。
体の中に、雪をいっぱいに詰め込まれたかのようだ。
歯をがちがちと鳴らすピートの目前で、枯れ枝が二の腕からずるずると這い出してくる。
その先に、赤い血にまみれた白い骨がぶら下がっていた。

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