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zoom RSS 魔女の住まう森 8

<<   作成日時 : 2012/10/06 12:51   >>

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家の裏側から逃げ出し、まき割り場まで戻ったところで、ピートはようやく足を止めた。
切り株に腰かけ、頭を抱え込む。
荒くなった呼吸と、激しく波打つ胸の鼓動が、痛いほど耳を打つ。

(どうしよう)

今さらながら、大変なことをしたという実感が湧いてきた。

家の裏には、老婆の言う底なし沼など存在しなかった。
その代わり、耐え難い苦痛にさいなまれる人間を思わせる木々を見つけた。
相手が嘘をついて隠そうとしたものを、暴いてしまったのだ。
あれを見たと知られたら、果たしてどんな目にあわされるか。
想像すると恐ろしさで震えが走る。

これが、相手を蹴落としたい、陥れたいと願う人間だったなら、良い材料が手に入ったとほくそ笑むところなのだろうが。

「よお!」

出し抜けに声をかけられ、ピートは跳ね上がるほど驚いた。
驚きのあまりバランスを崩し、切り株から転げ落ちる。

「おおい、大丈夫かあ? ったく、お前、涼しい顔して案外どじだな」

ひっくり返り、空を一面にした視界にクックが割り込む。
その、小さな頭についた赤いとさかを見つめながら、ピートは考え込んでいた。

(信用して、いいのかな)

目の前のにわとりを、である。
クックが老婆とつながっていて、ピートの行動を報告する役目を負っている――というのは、考え過ぎだろうか。
でも今は、誰かを安易に信じる気持ちになれないのだ。
もし、想像の通りだったなら、うかつな発言は命取りになってしまう。
探らなければ、とピートは思った。

「クック、みんなと一緒に庭にいたんじゃ……」

ピートはのろのろと起き上がり、座り込む。

「あいつら、三歩歩くと今話してたことも忘れやがるんだぜ? 一緒にいると頭痛がすんだよ。選ばれしものってのも、案外辛いもんだぜ」

クックが、はあああ……と心底うんざりしたようなため息をつく。

「で、散歩していたら、お前がここにいるのが見えたってわけよ。こんな所で何やってんだ?」

その質問に、ピートはぎくりと身を強張らせる。

「ええと、その……さっき、まき割りを頼まれて……」
「そうかそうか、まき割りか。ばばあも毎回機嫌悪そうにやってるよ。気乗りしねえ仕事らしいな」

クックはピートの様子に不審を抱く様子もなく、けらけら笑っている。
その表情を見つめながら、ピートは思った。
果たしてこのにわとりに、心とは裏腹の態度を取る複雑さは備わっているだろうか。
素直になれずにひどい態度を取る、ということはありそうだが。

「ま、言いつけられたんなら早くした方がいいぜ。あのばばあ、怒らせるとえらいことになるからよ」
「例えば?」

ピートは、やや緊張した顔で尋ねた。
あの老婆の正体は見た目通り魔女で、魔法でどうこうされるという話かもしれない。

「いやあ、昔、足を持って逆さにぶら下げられた事があってな」

しみじみとした口調でクックが答える。

「『生意気な口を叩きやがって! お前なんか、あたしの気分次第でいつでも肉になって食われる身分なんだからね! 覚えておきな!』って、ばばあが怒鳴るのよ。あん時は死ぬかと思ったね。俺達にわとりにとっちゃ、肉にされるってのが一番の恐怖だもん」

クックが深いため息をつき、首を振る。
魔法でどうこうされたことはないようだ。
にわとり相手だから使わなかったのか、使えないのかまではわからないが。
それにしても、選ばれしものを自称する割に、普通のにわとりと同じ点で恐怖するとは、何だか妙な話である。

「って、立ち話よりほら、まき割り済ませちまえよ。ちんたらしてると、お前も逆さにぶら下げられるかもしれないぜ」
「う、うん」

さすがに、老婆に足を持って逆さにぶら下げられることはないだろうが……仕事を済ませた方が賢明なのは確かである。
立ち上がり、割るための丸太を準備しようとしたその時、とん、と切り株の上に丸太が載せられた。
ぎょっとして見つめると、緑色の植物のつるが巻きついているのがわかった。
つるには白い小さな花がついており、今朝方ピートを起こしたのと同じ物のように見える。
植物のつるは丸太を離し、するすると戻ったかと思うと、次の作業を待つかのごとく空中にとどまった。

「えっ、い、今のって」

ぎこちない動きでクックを見、今しがた置かれた丸太を指差すと、クックはくちばしの下の赤いひだを羽先でいじりつつ、

「あ? ばばあもそうやって、そいつに手伝わせてまき割りしてたぞ」

何かおかしなところがあるのか? と言わんばかりの口調である。

「えっ、ええっ?」
「そいつに木を置かせて、割ったまきを拾わせてるんだよ。自分はひたすら斧を振り下ろすんだ」

そこまでさせるなら、割る作業も任せた方が良いような気もする……と考えかけて、ピートはそれを打ち消した。

(気にするのはやめよう。今はそれどころじゃないんだ)

何せ今後は、老婆に注意して臨まねばならないのだから。
まき割り用の斧を握りしめる手に、思わず力がこもる。

――ピートは気付いていなかった。
この時点で、すでに取り返しのつかない事をしでかしていることに。

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